交通事故により選手生命を絶たれた走高跳の選手がカヌーと出会い、新しい人生を切り拓いていく——。ある実話から着想を得た感動作『水上のフライト』で、中条あやみ演じる主人公・遥と出会い、彼女を支える青年・加賀颯太を演じた杉野遥亮。俳優デビューから3年、着実に存在感を増していく新進俳優にインタビュー。
——『水上のフライト』は、実話が元になっている志の高い作品でしたね。どのような経緯で出演されたのですか?
兼重監督は、僕が俳優デビューした『キセキ ―あの日のソビトー』(17年)でお世話になりました。あの時は、何も知らないただの大学生が撮影現場に行っちゃった、という状態だったのに、ずっと温かく見守ってくださった。なので、またお仕事をさせていただくことで、僕にとって何か見つかるだろうし、糧になるものがあるってよくわかっていましたから、この企画を聞いた時はとてもうれしかったです。
カヌーの大会への出場を決意し、練習に励む遥の姿を動画撮影し、応援する颯太。
——ご自分でもスポーツはなさるんですか?
ずっとバスケをやっていました。小、中、高と。
——では、主人公の遥が置かれた状況は、よく理解できますね。
わかりますね。遥は走高跳び選手として未来を見ていて、そこだけが彼女の生きがいだった。でも、本音で話せる友だちはいなかった。だからこそ、自分で自分に期待していたのだと思います。だから、走高跳選手としての競技人生を絶たれた時に絶望してしまった。そういう感覚は理解できます。でも、スポーツ選手でなくても、誰でも何かに打ち込んだことってあるじゃないですか。そういう意味では、みんな遥の気持ちが理解できると思う。
——杉野さんは、いままさに俳優という職業に打ち込まれているわけですが、その道が閉ざされたら、と考えたことはありますか?
あります。でも、そのことばかりを考えていてもしょうがない。恋愛でも、好きな人と別れてしまった時、その人のことを想い続けていてもしょうがないと思うんです。前を見たり、自分の周りにいる人を見つめるとか、違うことをしていかないと。過去ばかり見ていても、起きてしまったことを悔やんでも、しょうがない。そういう時って、僕は自分の周りにいてくれる人を見つめ直すチャンスだと思うんです。遥にとってもそうだったように。だから、そういう状態の時は未来への期待というか、ワクワクのほうが大きい気がします。
カヌーを学ぶために図書館を訪れた遥と出会った颯太。
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——ポジティブですね!
そう考えたほうがいい、というか……。そう考えるしかない。だっていつまでも引きずっていたら、幸せから遠ざかってしまうでしょ?
——とても切り替えが早いタイプのように見えますが、映画やドラマに入った時は、役柄とプライベートをきっちり切り替えられますか?
それが、わからないんですよね。役柄と自分がリンクした時、役について比重が高くなったりするけれど、それが役を引きずっているということになるのかどうか。これから先、役にのめり込んだりすることもあるかもしれないけれど。そういった意味でもこれからどんな役を演じられるのか楽しみです。
——今回の作品のプロジェクトを通して、学んだことはありますか?
最初は、僕が演じた颯太と中条さん演じる遥が恋人関係になるのかなと思ったんですが、そうはならない。作品が出来上がって、こういう関係っていいな、と思いました。遥にとって、親や颯太や周囲の人たちは、すべて大切な人。そういう価値観がすんなり僕の中に落ちてきて、ものすごく納得した。人って大切な人がひとりでもいれば、強くなれるんじゃないかなと思いました。
——自分は強いと思います?
強くありたいと思います。だからこそ、本音で話せる人がひとりでもふたりでも増えていけばいいなとは思っています。
——役者は、ゴールのない仕事ですね。自分が目指している俳優像はありますか?
具体的な俳優像はないですね。でも、一生ずっと悩み続けていくのがおもしろいかな、と。70歳や80歳になっても。悩んでなければ成長がないから、ずっと悩み続けていたいです。
——いつも何かに悩んでいるのでしょうか?
あれはどうしよう、これはどうしたらいいんだろう?とか、ずっと思いながら生きてます。完璧になってラクになりたいなと、頭のどこかで思うんですが、実際に完璧になってラクになったら、人生つまらないだろうな、だから悩んでていいな、と。たとえば、演技が上手くてみんなに評価されて、人間としてもできていて……というのは理想ですが、自分はなるようにしかなれない。役者としても悩んで、ひとりの人間としても悩んで、模索して、道に迷っていければいいのかなと思って。
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今作での杉野は、他者を黙って支え、見守る青年役。
——『水上のフライト』もコロナ禍によって数カ月公開が延びましたが、オリンピックとパラリンピックも延期になってしまいましたね。
オリンピックもパラリンピックも、延期になってしまったのは残念です。でも、人の感動に頼るな、と思ったりするんです。好きな漫画の中に「人の感動で感動しているんじゃない」というセリフがあるんですが、感動は自分で作らないといけないとも思います。
——いちばん感動することは?
うーん、いまはあたたかい言葉をかけてもらうことですかね。
——Twitterは、初期からフォローさせていただいていますが、ものすごい勢いでフォロワーが増えてますね。まるですぐそこにいるかのように自然体で投げかけている言葉に、ネットの向こう側にいる多くの人が共感しているのかな、と思うのですが。SNSは、ご自身の表現ツールのひとつですか?
ありがとうございます。結果的にそうなりましたね。自分でもSNSの使い方とかよくわからずに始めましたが、気付いたらそうなっていました。最初は抵抗もあったんですよ。SNS上で自分の本音を書いたり、自分をさらけ出すのが。そんなことをしたら擦り切れてしまうんじゃないか、という怖さもあった。でも、それは逆で、こんなこと言ってクソマジメだと思われないかな、とか、変な人だと思われないかな、とか。そういうことを考えて言えなかった言葉を、SNSでは言えたりとか。むしろ、そういう場にしようと思っています。それに対して、同じように考えている人がひとりでもいれば、僕も“ひとりじゃない”と思えます。
——ファンの方と繋がっているという実感はありますか?
はい。返信はよく読みますが、そういう言葉で僕も元気をもらったり、勇気づけられたりしています。
——SNSをポジティブに活用しているいい例ですね。
そうですね。“優等生”だと思いますよ(笑)。
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——コロナ禍に対してもポジティブに受け止めている?
起きちゃったことはしょうがないし、過去に戻ることもできない。それをどう自分が受け止めるかなんじゃないかなと思っています。今年の春くらいには、外出自粛は飽きたとか、コロナは嫌だとは思っていましたけれど、途中から考え方が切り替わって、休む時間ができたぶん、いままで溜まっていた疲れが抜けたり、自分を見つめ直す時間もできた。こういう状況になったからこそ出合えた作品というのもありました。起こることすべて、必然として受け止めるようにしたら、じゃあ自分に何ができるんだろうというふうに前向きに考えられるようになりました。
——外出自粛の期間中は、どんなことをしていたんですか?
ひとりでパズルとかやっていました。
——コロナ後、いちばんやりたいことは?
海外行きたいです。
——海外旅行はよく行くんですか?
今年の頭、コロナ禍の前に初めて仕事でスペインに行ったんです。もちろん日本語ではないので、言葉だけでコミュニケーションというより、気持ちで繋がっていく感じがとても楽しかったです。
——俳優を仕事として選んでよかったな、と思う点は?
物理的なことからいうと、時間が規則的じゃないことは、自分に合っていると思います。日によって始まる時間や終わる時間も違うので単調じゃないのがいい。誰かを喜ばせることができるとか、それを大勢の方と共有できるのが喜びです。
——落ち込むこともあるんですか?
時々、自信がなくなることはあります。これ間違っているかも、と思い始めたり、思いどおりに演技ができなかったりする時。でも、そういう悔しい気持ちが次への糧にもなったりしています。
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——『水上のフライト』への出演は、兼重監督がいちばんの理由だったということですが、人生で転機になった出会いはありますか?
振り返ってみると、いままで出会っている人はその時々で自分にとって大事な人だったなと思います。何かを教えてくれた人、何かを与えてくれた人。そういう人が誰かひとりでも欠けてたら、いまの自分はなかったと思います。
——そもそも俳優になろうとしたきっかけは?
ドラマや映画をよく観るタイプではなかったので、子どもの頃から志していたわけではなかったんです。入口はモデルだったんですけど、どこかで俳優という職業に縁がある気はしていました。
——モデルより俳優のほうが楽しい?
ゴールや正解があったりすると、性格的にそれじゃ満足できない部分があったりする。でも、役者は未知の部分があるし、結局、迷い続ける部分があると思うんです。それが楽しいです。
——やってみたい役は?
どんな役でもやってみたいです。でも、いまは、こういう役がやりたいというより人を喜ばせたり、元気づけられる作品に出合えたらなと思っています。
——そういえば、出身の高校が一緒なんですよ。爽やかな優等生のイメージは、校風かな、と(笑)。
編集部注)インタビュアー立田敦子氏は、毎年フィガロジャポンの特集のため、カンヌ国際映画祭に20年以上通い続けている国際派の映画評論家。千葉県立佐倉高等学校出身。
えっ、そうなんですか? 僕はそんなに優秀じゃなかったですけどね(笑)。あの高校に入ったのにも意味があるんです。あの高校に通ってほしいという祖母の願いがあって。でも入ってはみたものの、あんまりがんばれなかった(笑)。授業を受けて部活をやって、という日々でした。
——授業とバスケットボール部——十分、青春時代という感じですが。
そうなのかなあ。あれが青春だったとは、いまは思えないんですよね。でもあと10年くらいしたら思えるのかな。
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杉野遥亮に尋ねた三問三答ムービー!
1995年9月18日生まれ、千葉県出身。2015年、「FINEBOYS」専属モデルオーディションでグランプリを受賞。2017年『キセキ―あの日のソビト―』で俳優デビュー。ドラマや映画出演が続く。19年、「スカム」(MBS/TBS)で主演。今年は「さぶ」(NHK BSプレミアム)、「必殺仕事人2020」(EX)、「ハケンの品格」(NTV)にも出演。公開待機作には、映画「東京リベンジャーズ」(2021年)がある。
『水上のフライト』
●監督・共同脚本/兼重淳
●出演/中条あやみ、杉野遥亮、高月彩良、大塚寧々、小澤征悦ほか
●2020年、日本映画
●106分
●配給/KADOKAWA
●11月13日より、全国にて公開
https://suijo-movie.jp
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photos : DAISUKE YAMADA, interview et texte : ATSUKO TATSUTA, stylisme : SHOGO ITO, coiffure et maquillage : AKIHITO HAYAMI