作家の原田マハとデザイナーの伊藤ハンス、ふたりが仕掛ける唯一無二のブランドの全貌とは。

インタビュー 2021.08.27

作家の原田マハと日本人デザイナーの伊藤ハンスがタッグを組んで生まれたパリ発のファッションブランド、エコール・ド・キュリオジテが、本格的にコレクションの発表を始めて10回目という節目の時を迎えた。原田マハの書く掌編小説から想像を膨らませ、伊藤ハンスが新たな息吹を与えることで成立する、美しくモダンなルックの数々。“小説を基に服を作る”という新しい形式をとる理由や、ふたりの日本人がパリに拠点を置いて活動することとなったきっかけは? いままで神秘のヴェールに包まれていたブランドの詳細を、madameFIGARO.jpに特別に語ってくれた。

アートを咀嚼し生まれる、“服”という新たなアート。

──まずは、気になるブランドの成り立ちについて教えてください。マハさんとハンスさんはどのようにして出会い、プロジェクトに一緒に取り組むことになったのですか?

原田 私の専門は19〜20世紀のヨーロッパのモダンアート。それを題材にした小説を書きたいと思い、10年ほど前からパリを頻繁に訪れていました。その中で、ハンスとははじめ友人として出会ったんです。ちょうど彼がパリの服飾学校を卒業した頃のことでしょうか。ある日、彼の自宅を見せてもらったら、その部屋がすごかった。DIYでカスタムを重ねたアーティスティックな空間の佇まいが圧倒的でした。私はもともとキュレーターとしてキャリアを積んできたので、これから出てくる才能をいち早く見抜く直感は培ってきたつもり。彼の表現を目にした時、自分のセンスと通じるものを感じて応援したいと強く思ったんです。

私の過去作である『たゆたえども沈まず』(幻冬舎文庫刊)にも登場するのですが、私の尊敬する人物で、19世紀後半に画商としてパリで活躍した林忠正という人がいます。“自分も忠正のように、いつか日本人クリエイターを支援する活動ができたら”とぼんやり考えていたので、ハンスとの取り組みはそんな想いがひとつの形になったものかなと。

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エコール・ド・キュリオジテの人気アクセサリーである「ブキニスト」と名付けられたクラッチバッグ(H16×W11.5×D4.9cm)¥59,800(予定価格)/エコール・ド・キュリオジテ

伊藤 知り合ってすぐの頃は、マハさんのプロフィール写真用にオーダーメイドのスーツを作らせてもらったり、マハさんのご紹介により日本でインテリアや雑貨、アクセサリーの展示を行ったりしました。

原田 その時、試しにお任せで作ってもらったピースがとても素敵で、一生の中で記憶に残る一着になりました。スーツには画家のクロード・モネが晩年に創作活動の礎とした土地にちなみ、“ジヴェルニー”という名前をつけて、写真撮影でも着用。そこから徐々に、彼に服を作ってもらうことが活動として具体的に見えてきました。

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原田マハは公式の場に出る時やインタビューの時などは、必ずエコール・ド・キュリオジテの服を纏う。徹底して丁寧に作られる少量生産の服ゆえ、原田でさえも欲しいアイテムすべてが毎シーズン購入できるわけではない、とのこと。©森 榮喜

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──ハンスさんのデザイナーとしての出発点は、どんなところに?

伊藤 僕はもともと日本の大学で映画の勉強をしていたのですが、何がしたいか決めかねていた時期にフランスを旅行して、“パリでファッションをやりたい”と思い立ちました。いま思えば、好きな映画を観ていても、セットや服に目がいくほうだったなと。そこからパリの服飾学校を卒業して、一流メゾンでソーイングやデザインを経験。マハさんと知り合ったのは、そんな頃だったと思います。

──服づくりの着想源に掌編小説を用いるという発想は、どちらからご提案されたのでしょう。

伊藤 僕からマハさんにお願いしました。はじめに言葉ありきで服を作ったらおもしろいのでは、と考えたんです。自分のブランドをローンチするにあたってつけた「エコール・ド・キュリオジテ」という名の「エコール」は、“学派”や“派閥”という意味。デザイナーである僕を含め、優秀なパタンナーや素晴らしい仕事をする工場の方々など、その道を極めた“先生”のような人たちが集まるブランドになればいいなと思っていました。そこに、言葉の“先生”としてマハさんが入ってくださったら、素敵なものが生まれるのではと。

原田 私はもともと、キュレーターの観点から日本人クリエイターの支援をライフワークにしていきたい、とは考えていましたが、自分がクリエイターとして参加することは頭になかったのでびっくりしました。ファッションブランドに関しては正直わからない部分も多かったですし、いまでも手探り状態な部分も。でも、作家という“クリエイターの一員”としてブランドの仲間に名を連ね、ものづくりの大河の最初の一滴をともに手がけることができるというのは、望外の喜びだと思って引き受けました。私が書いた小説に対して、ハンスがどういう反応を返すか見せてもらうのも毎回楽しいです。

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オールホワイトのルックを秋冬に纏う清々しさ。ニット「ケイト」¥112,300、中綿入りのスカート「シュゼット」¥140,500(ともに予定価格)/ともにエコール・ド・キュリオジテ

──毎シーズンのコレクションは、どのような手順でできあがっていくのですか?

原田 まずは私が小説を書いてハンスに見せます。アートに造詣の深いふたりなので、アートにまつわる題材をセレクト。何をテーマとするかは、基本的に私から提案しています。共通して深く知っているアーティストだったり、シーズンの繋がりを考えて思いついた人物だったり。

できあがった掌編については、ハンスからダメ出しされることもありますよ。けっこうストライクゾーンが狭い(笑)。臆せず意見を言ってくるし、その指摘がなかなか的確なので、私自身もそのキャッチボールを刺激的に感じています。

伊藤 服づくりのためにその小説と何ヵ月も向き合うことになるので、指摘するほうも必死なんです(笑)。マハさんの小説をいただいたら、具体的な言葉や文章のトーン、感情の機微からヒントを得て、僕の中でどんどんイメージを膨らませていきます。

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スカートの部分の緩やかなふくらみや、アースカラーのナチュラルな風合いが心地いいドレス「ダニエラ」¥136,900(予定価格)/エコール・ド・キュリオジテ

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──2021年春夏シーズンの題材は、20世紀後半のイギリスを中心に活躍した、陶芸家のルーシー・リーでした。彼女の代表的な作品に印象的なピンクの器がありますが、やはり今回のコレクションのピンクカラーのルックもそちらから着想を得られたのでしょうか?

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原田マハ所有、自宅に置いてあるルーシー・リーのうつわ。

伊藤 はい、今シーズンに関してはそうですね。普段なら、テーマとするアーティストの作品の要素をストレートに用いることはあまりしません。でも、今回はマハさんが所有しているルーシー作の器の実物を実際に触らせてもらったこともあり、その際に抱いたエモーショナルな部分を服に落とし込みました。ただ、それも作品のピンクだけではなく、生活のさまざまなところから取材して、理想の色彩に近づけていきましたね。“70年代に建設された、パリの地下鉄のナシオン駅の天井のピンク”とか……。マニアックに聞こえるかもしれませんが、それくらい本当にいろんなところから探しています(笑)。

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伊藤ハンスが撮影した、パリのNATION駅構内の天井。

僕自身、実は華やかな色があまり得意ではないのですが、今季のコレクションはいまの時代の閉塞感を明るくするような、見ていて華やぐものにしたいという想いがあったので。どの国の人でも着られて気分を上げてくれる、とっておきのピンクを探しました。

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上:エコール・ド・キュリオジテの人気の型のドレス「クララ」¥126,360 下:ニット「ケイト」¥112,300、シルクコットンのスカート「ソランジュ」¥126,400(以上予定価格)/以上エコール・ド・キュリオジテ

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──深い造詣と強い信念から生み出されるルックは、もはやそれ自体がアートピースですね。そのような服づくりに対し、ブランドのファンからはどんなレスポンスが返ってきていますか?

原田 ブランドを始めてすぐ、とてもうれしい出来事が。2018年の春夏シーズンに、画家のアンリ・マティスの助手だった女性をテーマに小説を書き、コレクションを製作したことがあったんです。彼の作品に由来したワンピースや、リネンのキャンバス素材を加工して仕立てた“マティス”という名のジャケットもありました。

ある日、うちの服を置いてくださっているパリのセレクトショップに、白髪のマダムが来店されたそうなんです。5分くらいでそのジャケットに目を留めて試着し、それが“マティス”という名前だと知ると、とても喜んでそれを購入して帰られたということでした。

その方が……のちに知ったのですが、パリでも屈指の人気を誇る美術館であるポンピドゥー・センターの、しかもマティス担当のキュレーターだったんです! 題材となったアーティストをそれほど愛し、よく知る方が見いだして、気に入ってくださるとは……それを聞いた時、“やっていてよかった”と、涙がこみ上げるくらいうれしかったですね。

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2018SSコレクション「Lydia」より、Matisse Jacket。実際、マティス担当のキュレーターが購入したのと同じ、白いジャケット。

──パリだからこそ起こりえる素晴らしいエピソードですね! 最後に、ファッションブランドを始めてご自身の中で変化したと思うことや、今後のヴィジョンがあれば、教えてください。

伊藤 そうですね。服を作る作業って、さまざまな要素が絡み合う複合的なことだと僕は考えています。時間のベクトルや計画性、偶然の発見など……いろいろなものがモヤモヤと渾然一体になって、それでもある期限までに提出しなければならない、というような。

でも、マハさんとともにブランドに取り組んでいて、服作りの題材として“言葉”をもらうと、いろいろな要素がロジカルに構築できていくような感覚があるんです。言葉との出合いや、その言葉と自分とのシンクロニシティを感じながらものづくりができるのは、素直に楽しい。毎回、“神聖な作業の新たな1ページがまた始まるな”という意識で、これからも生きざまを投影していけたらいいな、と思いますね。

原田 このブランドに関わり始めて、私自身もオフィシャルの場に出ていく時はエコール・ド・キュリオジテの服しか着なくなりました。そんなふうに自分自身のトーンができ、それがブレないということは、自分の中での大きな変化だと感じます。不思議なことに、生活の中に自分が関わる服づくりがあることが、書くことの活力にもなっていて。もちろん大変な局面もあるけれど、このブランドがない人生もあったという可能性を思うと、どんな苦労があっても、いま、このブランドを続けているおもしろさのほうが勝るな、と。

今後もものづくりを諦めないスピリットで、手間ひまがかかったとしても物語のある服を作っていきたいなと思いますね。いまは過去のアーティストやその作品にインスピレーションを受けているけれど、ブランドとして将来的にはいつか、現代アーティストたちとタッグを組んでみたいな、なんて夢も描いています。

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原田マハ
キュレーターとして活躍した後、小説家やエッセイストとして執筆活動を開始。2005年に『カフーを待ちわびて』で第1回日本ラブストーリー大賞を受賞したことを皮切りに、数々の文学賞受賞作や映像化作品で知られるように。美術への深い造詣を生かし、「楽園のカンヴァス」、「たゆたえども沈まず」など、アートに材を得た内容の小説を数多く生み出している。近作に『リボルバー』(幻冬舎刊)、『キネマの神様 ディレクターズ・カット』(文藝春秋刊)など。写真で纏っているのはもちろん、エコール・ド・キュリオジテのもの。©ZIGEN

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伊藤ハンス
東京都出身、パリ在住。日本の大学で映画を専攻し、その後パリに拠点を移して服飾の道へ。パリの服飾専門校を卒業後、大手メゾンなどで経験を積み、2015年にエコール・ド・キュリオジテをローンチ。2017年、原田マハとともにブランド設立、原田が書き下ろしたオリジナルストーリーを基に毎シーズンコレクションの発表を重ねる。©ZIGEN

問い合わせ先:
エコール・ド・キュリオジテ 
ecoledecuriosites.com

text: Misaki Yamashita, photography: Kasono Takamura

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