初監督作『汚れたダイヤモンド』(17年)で脚光を浴びたフランスの気鋭アルチュール・アラリ。第74回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門を飾った新作『ONODA 一万夜を越えて』がついに日本公開を迎えた。
終戦間近の1944年、陸軍中野学校二俣分校で秘密戦の特殊訓練を受けていた小野田寛郎(遠藤雄弥/津田寛治)は、劣勢のフィリピン・ルバング島で援軍部隊が戻るまでゲリラ戦を指揮することに。玉砕は許されないという命令のもと、過酷なジャングルで敵や飢えと闘い、ついにひとりになってしまった小野田。彼が闘い始めて一万夜を数える頃、ひとりの旅人が小野田の前に現れ......。
「フランスで最も実力のある新鋭監督」との呼び声も高いアラリ監督に、この作品にかける思いを聞いた。
---fadeinpager---
多くのことが二面性を持っている。
―『Onoda一万夜を越えて』は、終戦から約30年後に帰還した元日本兵・小野田寛郎のフィリピンのジャングルでの日々を綴ったものですが、そもそも小野田寛郎という人物に興味を持ったきっかけはなんですか?
フィリピンで小隊を率いる若き小野田を演じた遠藤雄弥(写真右端)。
最初は、父との会話でした。その頃、僕は冒険映画を撮りたいと思っていろいろ主題を探していたのですが、いいアイデアが見つからなかった。その時、父親から日本の兵士で30年間、フィリピンの島に留まり続けた人がいると聞きました。ウィキペディアで調べたら、小野田さんの出征前の写真が出てきて、とても引き込まれました。
―彼のストーリーのどこに惹かれたのでしょうか。
小野田は終戦後のジャングルで潜伏中、仲間たちが餓えや病気で亡くなっていき、部下の小塚とふたりきりになる。約30年後に日本から鈴木が迎えに来るまで、何を信じ、どうやって生き抜いたのか。その時間には、悲劇、友情、ある種の愚かさや不条理など人生における多くの要素が詰まっています。そして最後は小野田はひとりになってしまうのですが――。
---fadeinpager---
―イッセー尾形演じる谷口教官と小野田との関係性が興味深かったです。谷口は、何が起きても必ず生き延びろ、ということを教えるわけですが、小野田は、最後には、上官の命令がなければジャングルから出ることすらしようとしない。小野田の生き方は、個人と全体主義というテーマについてとても考えさせられます。
おっしゃる通り、小野田と谷口教官の間には、ある種のパラドックスがあった。この作品を作っていく中、僕が気付いたのは、多くのことが二面性を持っているということ。たとえば、小野田が命令を忠実に守ることと、自分で決断する、ということのように。伝記には、小野田と小塚がよくラジオで競馬を聞いて、競馬で賭けをしていて、勝者が翌日“隊長”ととなるいうエピソードがある。小塚は、音だけでどの馬が強いか当てるのが上手くてよく勝った。
日本の軍隊は縦割りのヒエラルキーが厳格に決まっていると思われがちですが、そういう揺らぎもあり、一概には言えないのです。竹を割ったようにはっきりしたものではなく、複雑さを含んでいる。残念ながらこのエピソードは脚本には書いたのですが、最終的には前後の関係で削りました。
---fadeinpager---
―日本文化は独特で、海外の監督が日本や日本人を描いた作品で、クリント・イーストウッドの『硫黄島からの手紙』のような成功例は少ない。その中で『Onoda』はとても素晴らしい評価を得ています。異文化のストーリー、あるいは言語で映画を撮る上で、上手く撮れるという確信はあったのでしょうか。
ジャングルの中である日、小野田は旅行者の鈴木(仲野太賀)と出会う。小野田の止まっていた時間が急激に動きだし......。
事前に「こういうやり方でやろう」とかはまったく決めてませんでしたね。確かに、時間がかかる作業だったことは確かです。フランス語で書いた脚本を日本語に翻訳して、それを検証。もう一度、フランス語に訳して、どういった言葉が落ちてしまうのか、どういう言葉が自然じゃないから使えないのか、どう意味が変わってしまうのか……。これらを見直していく作業は時間がかかりました。最初は、まさかこんなに時間がかかると思っていなかったのですが、でも、それは“問題”とは思ってないんです。
“徐々に見つけていく”ことは、俳優を見つける上でも大事なこと。文化的なことでいうと、文化の壁を感じたことよりも、文化の共通点を感じたことのほうが多かったですね。一度たりとも、文化的な問題でわかり会えない、伝わらないということはありませんでした。むしろ、みんなと歩みながら、みんなと一緒に共通のヴィジョンを描いていった。それが僕にとっては重要なことでした。
---fadeinpager---
●監督/ONODA 一万夜を越えて
●出演/遠藤雄弥、津田寛治、仲野太賀、イッセー尾形ほか
●2021年、フランス、日本、ドイツ、ベルギー、イタリア映画 174分
●配給/エレファントハウス
●TOHOシネマズ 日比谷ほか全国にて公開中
©bathysphere ‐ To Be Continued ‐ Ascent film ‐ Chipangu ‐ Frakas Productions ‐ Pandora Film Produktion ‐ Arte France Cinéma
https://onoda-movie.com
text: Atsuko Tatsuta