混沌とした世界を読み解く、カルチャーの翻訳者。
クリスチャン・マークレー/アーティスト
現代美術と音楽を繋ぐアートの先駆者であり、最も影響力と人気のある作家のひとりであるクリスチャン・マークレー。パンクムーブメントとコンセプチュアルアートが興った70年代末のニューヨークで、ターンテーブルを使ったパフォーマンスで音の実験を始め、前衛的な音楽シーンで活躍。一方で、レコードやコミック、映画、写真など視覚情報としての音や、音楽の表象化や物質化に焦点を当てた創作でアートシーンでも評価を得る。近年では、24時間すべての時刻を新旧の映画のシーンで繋いだ映像作品『ザ・クロック』(2010年)がヴェネツィアビエンナーレで金獅子賞を受賞、日本でもヨコハマトリエンナーレ(11年)に出展されて話題になった。
「70年代のパンクは、楽譜も読めず楽器も弾けない自分のような人間にも、D.I.Y.で何かを作れば感情や主張を表現できると扉を開いてくれました。当時、コンセプチュアルアートとパンクミュージックは概念を共有し、互いに影響し合っていたんです。音楽もアートも、正しさや間違いに囚われず、誰もやったことのない新しいやり方で自分自身を探究する行為でした」

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カリフォルニアで生まれ、ジュネーブで育ったマークレーは、異なる言語、文化圏を行き来しながら成長した経験を持つ。「言語をあまり信用しておらず、視覚的言語や音楽など、異なる記号や認識に頼るほかのタイプのコミュニケーションに興味がありました」と語るように、視覚と聴覚の経験を等価に捉え、ある感覚を別の感覚に置き換えること(=翻訳)で、世界を読み解こうと試みてきた。日本で初の大規模個展では、レコード盤やアルバムジャケットを素材とした作品や、イメージと音のサンプルを組み立てたインスタレーションなど、多岐にわたる活動が紹介される。
たとえば、漫画のオノマトペ(擬音語・擬態語)ならではの激烈表現にグラフィック的なアレンジを施したシリーズは軽妙さと不穏さが共存し、独特のテンションを見せる。作家性やキャラクター志向の強い日本の漫画文化からは、決して生まれないアプローチだ。
「日本の地下鉄で、漫画を読みながら通勤する大人を見た時は驚きでしたが、素材として距離感を持って眺めると、漫画のオノマトペが、抽象的でありながらドローイングと言葉を兼ねた、自由自在に言語を超えるグラフィック表現であることに魅了されます」
美術と音楽、さらにポップカルチャーの交差点から革新的な作品世界を発信してきたマークレーは、常に混沌(=パンク)から新たな価値をすくい上げて見せてくれる、頼もしい先輩である。
1955年、アメリカ・カリフォルニア州生まれ。79年、ターンテーブルを使った最初のパフォーマンスを発表。セリーヌの2019年コレクションやコム デ ギャルソン・シャツの22年コレクションなど、近年ファッション界からも注目される。
*「フィガロジャポン」2022年1月号より抜粋
photography: The Daily Eye text: Chie Sumiyoshi