「ヒヤマケンタロウの妊娠」を通して、社会のあり方を斎藤工と上野樹里が考える。

インタビュー 2022.04.21

「ヒヤマケンタロウの妊娠」は、人類初の男性の妊娠が発覚して50年ほど経ったという世界観で成り立っている坂井恵理による同名コミックス(講談社「BE LOVE KC」所載)をドラマ化したものだ。とはいえ、広告代理店の第一線で活躍していた30代の桧山健太郎(ヒヤマケンタロウ)にとって、日本ではまだ症例の少ない男性の妊娠は他人事。ところが、予想外の妊娠により、自身のキャリアやパートナーとの関係性など、人生設計図を根本から見直さざるを得ない局面に突入。妊娠を機に、これまでまったく彼の視線に入ってこなかった社会の障壁にもぶち当たる。
 同時に、桧山とカジュアルな関係を築いてきたフリーライターの亜季にとっても、彼のお腹の子どもの血縁上の母親であることがわかり、彼女の生活も一変する。
2019年の世界の合計特殊出生率ランキング(※1)において日本の順位は191位。世界において特に出生率の低い国から、テレビ東京×Netflixによる共同制作によって、妊娠と出産についての再考を促すこのドラマ。主演の健太郎と亜希を演じた斎藤工と上野樹里に取り組みを聞いた。
※1 合計特殊出生率ランキングとは女性の年齢別出生率(各年齢ごとの出生数を、その年齢の女性の人口で割ったもの)を求め、出産可能年齢とされる15~49歳の年齢別出生率を、すべて合計したもの。

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――坂井恵理さんの原作コミックと今回のドラマ化では、細かな設定も含め、さまざまな変更がありました。最も大きな変化は妊娠が発覚したことでの桧山の葛藤と、身体的な変化がより時間をかけて描かれていることでした。コミックと脚本の違いをどう受け止められましたか?

斎藤工(以下、藤) 原作コミックスは2012年に連載されていて、そこから今日まで、社会のコンプライアンスがある意味厳しくなり、同時にダイバーシティ(多様性)を掲げる中、そこに追い付いていない現実との誤差が生み出す状況が結構生まれている気がします。今回のドラマは、監督が菊地健雄さんと箱田優子さんで、脚本には劇団山田ジャパンの山田能龍さん、『あの子は貴族』の岨手由貴子さん、『ミセス・ノイジー』の天野千尋さんという布陣で、桧山と亜季の仕事の描き方も含め作品の立て付けが非常に巧妙だなと思いました。世代的にもそれぞれみな、僕と年齢が近くて、天野さんは確か出産された直後でもあり、いろいろな事象がクロスオーバーして、作品に向き合えた気がします。

上野樹里(以下、上野) コロナ禍にNetflixを観始めた方がたくさんいらっしゃいますが、私もそのひとり。地上波のドラマづくりとは異なる映像のタッチに興味があったところ、ちょうど亜季役と出合いました。原作では物語の後半に少しだけ登場する亜季が、ドラマの中ではヒロインとして全話に渡ってメインで描かれるという。この男女の立場が逆転したような斬新な設定の中で、亜季のセリフが桧山に突き刺さると同時に、大切な役割をしっかり抑えられるよう、少なくても印象的に引っかかりを持たせることを意識しました。そして性別問わず、共感してもらえるよう男性側の視点からもイメージして、監督とプロデューサーと何度も時間を重ね、創り上げていきました。

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妊娠という状況に対して、ふたりはもちろん悩み、葛藤する。

――すべての男性が妊娠するという世界観についてはどう感じましたか?

 僕は昔、フジテレビの「昼顔」というドラマで、昆虫を研究する教師役を演じたんですが、その時、自分でも虫について調べたところ、昆虫って人間よりも進化を繰り返し、子孫繁栄を優先した結果、メスのみで子孫を繫栄させるようになったとか、雌雄モザイクといって、ひとつの個体の中に雄の特徴と雌の特徴を持つものが生まれたりする。たとえばアブラムシは春から秋にかけ、メスだけが出現し単為生殖で子孫を残し、秋の終わりにのみ現れるオスと交尾したメスが冬越しできる子孫を残すとか、種の反映に明確なミッションを行っている。ならば、何かのきっかけで、人間にも実際、そういうことがあるんじゃないかと、当時、男性妊娠の可能性を信じて調べている時に、この坂井さんの原作コミックのタイトルも見かけたことがあります。
 トランスジェンダーの方が、セクシャルアイデンティティは男性で、身体に残していた女性の機能を使って、男性として出産されたという事例を紹介する報道も見ました。そういう流れも含めて、フィクションではあるんですけど、もしかしたら遠い未来にデフォルトになっている可能性もあるんじゃないか。脚本チームも、現代の議題にすべき内容をアップデートしていて興奮しました。

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妊娠時の体験を、桧山もひとつひとつ体験していくが……。

上野 妊娠って心身ともに大変な変化が起きるもの。エリートでバリバリ仕事をする桧山を通して、仕事をしながら妊娠をすることの大変さを描いていくことで、社会の風当たりの強さに対して理解を深めたり、違和感を感じたり、あり方を考え直したりするきっかけになると思います。私自身、結婚してみたら、家事は当たり前に出来るようになりました。亜季と桧山も新しい生命の存在によって、互いにぶつかりながら良いパートナーになっていきました。命をいつ授かるかはどんな人にとっても計算外の授かりもの。外でどんな嫌なことがあっても家に帰ってきたらリセットできる、充電できるって無敵。このドラマを観て、そんな温かさを感じてもらえたらうれしいです。

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桧山の周りで、彼を気遣う仲間ももちろんいる。

――このドラマでは、30代での妊娠、出産がキャリアの足枷となり、会社内でも最前線からの離脱を促されるなど、理解が及ばない状況を描いていますが、ご自身のキャリアプランと照らし合わせて、そのような社会の雰囲気をどう感じましたか?

上野 これは私の知人の言葉ですけど、「働くために生きるのではなく、生きるために働くんだ」と。働くために生きるとなると、子どもを産んでもすぐに復帰しなくちゃとか、産んでる場合じゃないとか、結婚している場合じゃないとか、仕事が優先になってしまう。でも、生きるために働くとなると、いま生きるために、自分らしくいるために働きたいと変わる。私は女性だから、子どもを持ちたいと思うし、生きている上で働きもするし、やりたいこともやりたい。その優先すべき順位をはき違えると、バランスを崩して、働くだけになってしまう。ちゃんと自分が見えていて、周りの状況が見えていて、その上で自分が何をやりたいかは見失いたくないなと思います。亜季もそこは同じで、フリーライターとして日々ポジションの確立に奮闘しています。ただ、対組織から無理難題を言われても抗えず、身体に不調をきたしてまで請負ってもがいています。働くばかりだと、あっという間に時間って過ぎて行っちゃうから。別のドラマでヨガのインストラクターの役を演じているんですけど、ヨガの基本となる八支則の教えの中で、「非暴力」という考えがあるんですね。これは、相手に対して暴力を振るうことを禁じるだけでなく、自分に対して否定的な気持ちになるということも暴力に入るので、それを止めようという考え方で。本当に調和のとれた幸せな生き方はまず内側からだと思うし、全部守れなくても、心にそういう意識があるだけで違うと思っています。

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妊娠した身体について男性同士で話す機会も。

 私はまだ天涯孤独の身ではあるんですけど……逆に言うと、すごくフレキシブルでもある。いま、上野さんがおっしゃってましたけど、働くことに注力しすぎて自分のバイオリズムが崩れすぎてしまったり麻痺してしまう感覚は、自分がいるエンターテインメントの業界だけじゃなくて、日本全体にある気がします。このドラマで上野さんが演じる亜季はフリーのライターという職業ですが、彼女が孤軍奮闘する姿はみなさん他人事じゃないと思います。自分も映像の現場で働く人たちが、特にお母さんになるタイミングで事実上、職場から卒業していく姿や、お父さんになったのに、現場から離れられず、生まれたばかりの赤ん坊にまったく会えないという状況を目にしてきました。そういう状況を作る根源って何だろうって考えてきたんですけど、そこには仕事現場に対する遠慮だったり、我慢だったり、古き悪しき精神論があったりするのかな……。コロナ禍になって、リモートを多用すれば都心にオフィスを構える必要がないと気づいたり、打ち合わせが減ったことなど、いろんなことが改善される時期にいるのかなと思っています。
私の中でもリズムが変わったと言うか、何歳までに何をしなきゃとかいうことを重視した人生に対して、何の価値もないなと、確証するようになってきてます。積んできたキャリアは大切ですけど、桧山のように「いつでも手放せる」ような心持ちで生きたいと、常日頃から自分に言い聞かせてます。
 いつも海外志向みたいなことを言っちゃうんですけど、自主性を担保されたユニオンがきちんとしている諸外国の現場システムを見ているからなんです。プライベートと仕事が人道的に両立されているというのが前提で組まれているんですね。そこが担保されてこそ、良きクリエイティビティに直結すると思いますし、特に日本の制作現場で育児が乖離している状況はどうにかならんかなとずっと思っているので、まだ明快な答えは出ていないんですけど、自分の中ではこの作品は運命的なタイミングで出会えたと感じています。

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テレビ番組に出演して、インタビューに答える桧山

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雑誌での特集も出るほどに。

――このドラマを観て感じたのが、会社の中で最もマジョリティのトップにいた桧山が、妊娠によって戦線を離脱したことにより、会社だけでなく社会でも、男性妊夫という数少ない少数派になることで、彼を取り巻く人間関係がガラリと変わる皮肉でした。おふたりは、どの変化が最も憤りましたか?

上野 私が過酷だなあと思ったのは、桧山が自身の妊娠に気づかず、つわりなどで体調が悪くなった時、それを利用して同僚が桧山を蹴落とそうとする姿でした。彼は桧山にいつも嫉妬していて、自分が評価されたくてしょうがない人。桧山が妊娠を公表してからは、出産ドキュメンタリーを密着で追うということを言い出して、「桧山のプライバシーもないじゃん、全部商売にするんだ!」という、人権を無視して、すべて数字が取れればいいという、あの同僚の性格の悪さは残念だなあと思いました(笑)。ああいう人が職場にいるだけで、若干鬱っぽくなっちゃったり、仕事行きたくないな、って私なら思う。本当にいいものを目指しているなら認めますけど、自分の野心だけに燃えているああいう人は超苦手。あの方向性を目指す人間にはなりたくない!

 わかります。桧山は妊娠によって、社会の中で超絶マイノリティという立場になって、いろいろハラスメント的な行為を受けるんですが……加害者側に、加害者としての意識が全くないっていう構図が、演じていて苦しかったところでした。お腹の中に宿った命には罪はないわけで、「ヒヤマケンタロウの妊娠」の世界における命というものの尊さは変わらないのに、彼が置かれた状況が現実の世界線よりさらに追いやられた状況として描かれ、憤ります。でも、彼は亜季の助言によって、自身の状況をひっくり返していきますから、「社会の調教」がここから始まるんだなあと。この逆転現象は原作以上にドラマのほうがシビアに描かれていると思います。

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――最後に斎藤さんに伺いますが、このドラマの中では、妊娠中絶における自己決定権についての日本の現状にも言及されています。多くの男性の視聴者にはこれまで他人事だったかと思いますが、桧山を通して、自分の立場で考えるきっかけにもなるかと思います。斎藤さんはどう感じましたか?

 情報としては聞いたことはありましたが、桧山を通して追体験し、ショックを受けました。予想外の妊娠をした時に女性が直面することに対して、知らない方も多いと思うんですけど、日本の法やルールは時代とともにアップデートするべきだなと思いました。桧山の体験を通して、男性視聴者にも、「ルールと現実の間の溝」みたいなものを、身近に感じてもらえるんじゃないかなと思います。

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「ヒヤマケンタロウの妊娠」
“スマートに生きる”ことを信条に第一線で仕事をこなし、特定の恋人も作らず人生を謳歌していた桧山健太郎(斎藤工)。ある日、自分が妊娠していることを知り、社会における少数派として、数々の壁をぶつかることになる。会社内での仕事の在り方の変化、パートナーの亜季(上野樹里)との関係の見直し。マジョリティとして妊娠した男性への偏見。彼が選び取る未来とは? Netflixシリーズ「ヒヤマケンタロウの妊娠」、2022年4月21日(木)より、Netflixにて全世界独占配信。
© 坂井恵理・講談社/© テレビ東京

斎藤工:ジャケット¥292,600、シャツ¥108,900、パンツ ¥162,800/以上ザ・ロウ(ザ・ロウ・ジャパン) 上野樹里:トップ¥52,800、スカート¥63,800/ともに ロキト(アルピニスム)

●問い合わせ先:
アルピニスム
tel:03-6416-8845

ザ・ロウ・ジャパン
tel:03-4400-2656

photography: Daisuke Yamada(portrait) interview & text: Yuka Kimbara styling: Shinichi Miter (KiKi inc./T.Saitoh), Junko Okamoto(J.Ueno) hair & makeup: Shuji Akatsuka(Makeup Room/T.Saitoh) hair: Shotaro (SENSE OF HUMOUR/J.Ueno) makeup: Sada Ito for

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