『万引き家族』(2018年)でカンヌ国際映画祭の最高賞パルムドールを受賞した是枝裕和監督が3年ぶりに手がけた新作『ベイビー・ブローカー』。映画祭で顔を合わせていた韓国の国民的俳優ソン・ガンホやカン・ドンウォン、自身の作品『空気人形』(09年)にも出演したスター女優ぺ・ドゥナらとタッグを組み、世界でトップクラスの作品を制作し続ける韓国のスタッフとともに作り上げた、グローバルな作品だ。
貧乏なクリーニング屋の裏の顔は、赤ちゃんポストに預けられた赤ん坊をこっそり連れ去り、子どもが欲しいと願う家庭に斡旋しているブローカー。「子どもに温かい家庭を見つけるための善意」と開き直る彼らだが、ある日子どもを捨てた母親が戻ってきてしまい、成り行きから彼女と新たな養父母を探す旅に出ることに。刑事たちは、彼らを現行犯で逮捕することに燃え、静かに後を追っていくが……。
主人公たちを追う刑事役をぺ・ドゥナとともに演じたのが、韓国映画界の新星、イ・ジュヨン。映画『野球少女』(19年)では韓国初の女性プロ野球選手を目指した高校生を熱演し、ドラマ『梨泰院クラス』ではトランスジェンダーのシェフというキャラクターを演じ世界で注目を集めることとなった。演技派として頭角を現すイ・ジュヨンの目指す道とは? 映画のプロモーションとしての来日は初めてとなる彼女にインタビューした。
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「作品について語り合った日が、いまも忘れられません」
――カンヌのレッドカーペットを歩いていかがでしたか? 世界最大の作家主義の映画祭です。華やかさとともに、厳しい作品のクオリティジャッジがある映画祭ですが。

映画祭やレッドカーペットは、やっぱり緊張します。渡仏前に、ぺ・ドゥナさんと「楽しい場所だし、楽しみながら歩きたいよね」という話をしていました。余裕を醸し出しながら、楽しくやりたいと……(笑)。すごく緊張はしたんですが、観客や記者の皆さんが私たちに好意を持って観に来てくださるのが伝わってきて、どんどん緊張感もほぐれて……。後から考えたらぜんぜん短い時間ではなかったんですが、本当に短く感じられるくらい楽しむことができました。
――今回オファーを受ける前に、是枝監督の作品を観たことはありましたか?
はい、私が大学で映画の勉強をしていた時から全作見てると思います! 是枝監督は韓国にもファンが多く、頻繁に訪韓されていたので、チケットを買って舞台挨拶を観に行ったこともあります。また監督が釜山映画祭にいらした時も、遠くから眺めていました(笑)。いちばん好きな作品は『ワンダフルライフ』(1999年)です。監督の初期の作品の特徴でもあると思うのですが、ドキュメンタリータッチの描写が色濃く出ていて、最近の劇映画とはまた違った魅力があると感じます。
――現場では、是枝監督からどんな指示がありましたか?
是枝監督のディレクションは、いままでご一緒した他の監督とはちょっと違うアプローチでした。なるべく俳優が現場で自由に、リラックスした姿でいてほしいということを望んでいるような感じがしました。なので演技指導をする、というよりは、どのような状況下でも緊張せず自由でいられる状態を作ってくれていたように思います。
また、撮影に入る前に台本の変更があったのですが、「なぜ修正したか、どうして結末を変えたのか、俳優の皆さんの理解の仕方もちょっと変えてほしい」ということを丁寧に説明した手紙をいただいたんです。感動した私は、私なりに考えたキャラクターへのアプローチと、それから監督と一緒に仕事ができてワクワクしているという返事を書きました。ちょうどその日に衣装合わせがあり、監督と長い時間、この作品について話し合ったんですが、いまでもこの日のことを思い出します。撮影期間中のすべてが、本当に楽しくいい思い出になっています。
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「物語の中で、私に果たせる役割を探す」
――今回はブローカーの主人公たちを追いかける刑事役です。車の中で暮らすように張り込みをしたり、なかなか日常では体験しないようなシチュエーションを演じられました。コミカルな役からシリアスな役までさまざまな演技を見せてくれるジュヨンさんですが、今回はどのように役にアプローチしていったのですか?

監督から「映画のテーマは重いけれども、その旅自体が重くなってしまうとシリアス過ぎる映画になってしまうので、刑事の雰囲気も少しマイルドに」と言われていました。刑事コンビで喧嘩したり、対立もあるんですけど、食事のシーンや、車の運転のシーンなどで、ちょっと軽い感じを出して……なるべく自然なトーンを活かしました。
とはいえ、パートナーのスジン刑事(ぺ・ドゥナ)が感じているこの事件への感情と、私が演じるイ刑事は違う考え方をしているというか、観客に別の視点を与えられるようなことも伝えなきゃいけないと思ったので、常に軽い感じのワントーンではなく、アクセントを付けつつ、雰囲気をからっと変えながら演じていました。
――作品中でバディを組んだスジン刑事役、ぺ・ドゥナさんはどんな俳優でしたか?
俳優の後輩として、そして彼女のいちファンとして(笑)、ドゥナさんがどんな風に演じるんだろうと共演を楽しみにしていました。韓国で放映された『最高の離婚』というドラマがあるんですけど、そこでのドゥナさんの演技が、噓偽りの感情を出さず、いまある感情をそのまま引き出している……そんな印象を受けて。今回の作品でも、本当にそれを感じました。シチュエーションに合わせた感情を作り出すのでなく、その局面で自分の内面に湧いた感情をそのまま引き出しているような演技をする方で、それによって相手役の演技もアップグレードしてくれるような感じがするんです。
――ジュヨンさんは『野球少女』『梨泰院クラス』では、ジェンダーを超える複雑なキャラクターを見事に演じられました。今回も重いテーマに挑む刑事という難しい役だったと思います。俳優として、それぞれの役にどのように向き合っていますか?
そもそも、作品全体のメッセージとして何を伝えたいのか、いま私たちに何が必要なのかということがテーマとしてあると思います。その物語の中で、私に果たせる役割は何なのだろうかと常に考えています。『野球少女』や『梨泰院クラス』にも、作品自体が発する魅力があるんですが、その中で私の役柄が観客に伝えられるメッセージが確かにあると思うので、テーマ性を重視しながら役にアプローチして、メッセージを伝えたいと思っています。
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「大切なのは、常に正直であり続けること」
――『ベイビー・ブローカー』をはじめ、映画製作の国籍がボーダーレスになってきていると思います。そんな中『ミナリ』(2020年)で韓国の大女優がアカデミー賞助演女優賞を取るなど活躍していますが、あなたは今後どんな作品に出演したいと思いますか?

韓国コンテンツへの社会的な関心が高まっていて、グローバルな仕事ができる機会が増えていることをありがたく思っています。私も仕事の幅を広げて、チャンスがあれば積極的に外国の監督や俳優と仕事をしていきたいです。もうこれ以上、韓国に限られた撮影や作業は意味のない時代になってきていると思いますし、シナリオを選ぶ時は、その時に私が見せられる物語は何か、オープンマインドでハングリーに、挑戦したことのないキャラクターを演じたいと思っています。
――今後、どのような俳優になりたいと思っていますか?
本当に難しい質問なんですが(苦笑)、私は演技をしている時もしていない時も、変わらない俳優になりたいと思っています。俳優としてでない普段の私の姿、そのすべてが演技に還元されると思うんですね。もちろん、自分にない人格を演じなければいけない瞬間もあるんですが、本能のまま堂々と生きていれば、その自分が私に溶け込んで、それが演技に現れると思うので……。常に正直な俳優でありたいと思っています。
――『ベイビー・ブローカー』『なまず』(7月29日公開)と、出演作の日本公開が続きます。日本のファンに向けてメッセージをお願いします。
『野球少女』『梨泰院クラス』からこうして立て続けに日本の皆さんに作品を観ていただけるのは本当に光栄に思います。韓国で日本のファンの方からメッセージをいただいたり、作品の人気を伺うことはあったんですが、今回初めて日本に来て、ファンの方たちの温かさを体感して、改めてうれしくなりました。韓国とも近いですし、日本に来る機会が増えると思いますので、これからもよろしくお願いします!

●監督・脚本/是枝裕和
●出演/ソン・ガンホ、カン・ドンウォン、ペ・ドゥナ、イ・ジウン、イ・ジュヨンほか
●2022年、韓国映画
●130分
●配給/ギャガ
●TOHOシネマズ日比谷ほか 全国でロードショー上映中
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text: madame FIGARO japon