『ミッドナイトスワン』(2020年、内田英二監督)で日本アカデミー賞主演男優賞に輝いた草彅剛。ますます演技の幅を広げる彼が、受賞後初の映画出演作となる『サバカン』が8月19日より公開される。
小説家の久田孝明(草彅)は、本業の小説だけでは生活できず、ゴーストライターで何とか食いつなぎ、別居中の妻と娘への仕送りも滞りがち。何も書けないパソコンの画面から目を離すと、台所に常備されているサバの缶詰が目に入る。久田は、小学5年生の夏、サバ缶にまつわる長崎でのある少年・竹本との日々を思い出す……。
主人公の現在、そして回想シーンをナレーションで豊かに描き出した草彅剛に、本作について語ってもらった。
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――『ミッドナイトスワン』で日本アカデミー賞主演男優賞を獲得されました。『サバカン』は受賞後初の出演作となりましたが、演技に対して何か心境の変化がありましたか。
映画の仕事がまたあってよかったな、と思いますが心境が大きく変わったということはない気がします。先日、配信ドラマ『拾われた男』の撮影で仲野太賀くんとアメリカのカラマズという町に行ってきまして。こういう役に出会って、自分では行けないところに来れて。“役に感謝”という気持ちは以前より増したかな、と思いますね。
――しかし『サバカン』の導入部で、草彅さん演じる久田孝明が娘と会うシーンで、監督が草彅さんのお芝居を完璧と思っていたものの、「芝居に対する欲が出たから、もう1回やらせて」と草彅さんがおっしゃったそうですね。
妻と別れて暮らしている久田が、娘と会って水族館に行った後、海を見ながら話すシーンのことかな。撮影に入って間もなくで、僕はいまひとつ感じが掴めていなかったんです。金沢監督とは親しい間柄だから、単に「もう1回やらせて」って言っただけなんです。「芝居に欲が出たから」なんて、大袈裟だなぁ(笑)。
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――草彅さんは、主人公の現在のシーンで、映画の冒頭とラストに登場されます。その間は、長崎での少年時代の物語が展開し、草彅さんはナレーションを務めていらっしゃいますね。
昔から結構、ナレーションのお仕事を褒めていただくことがあって。若い頃は、ナレーションがいいと言われても「顔出してないのに、芝居が認められていないのかな」と考えてしまったりしてました。でも演技をする上でナレーションもできれば、ひとつ自分の武器が増えると気づいてからは、素直によかったなと感じられるようになって。最近は「ナレーション、いいね」と言われると、しめしめと思っています(笑)。
――ナレーションの録音時に、少年時代の物語をどのような思いでご覧になりましたか。
久ちゃん役の番家一路くんと竹ちゃん役の原田琥之佑くんが、ひと月以上、長崎の海辺の町に滞在した時間がそのまま映し出されている、彼らが本当に島の子どもになっていると感じました。監督がオーディションで選んだ子どもたちは、演技経験がなくても滲み出るものが十二分にあり、ふたりの相性、息がぴったり合っていて。演技経験云々でなく、芝居というのは、その役を掴んだ時点で、その人はその役を生きる才能を備えているという気がしましたね。
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――映画を見ながら蘇ってくる、草彅さんご自身の少年時代の夏の思い出がありますか。
愛媛の祖母の家で過ごした夏休みを思い出しました。映画と同じく、海や山があるところで。朝の8時から10時は夏休みの宿題の時間と決まっていたんですが、早く海に遊びに行きたいから、勉強がいやでいやで仕方なくて、10時になった途端に海に飛び出して行っていました。本当に祖母の家、四国が大好きだったんです。
――草彅さんの夏の思い出と『サバカン』の物語は、重なるイメージがあったということですね。映画の中にも尾野真千子さん演じるお母さんに、久ちゃんが「早く宿題やりなさい」と叱られるシーンもありますね。
そうですね。当時の僕の年齢も、ジャニーズに入る以前の、ちょうど映画の少年たちと同じくらいの小学5、6年生でしたから。祖母の愛媛の田舎と映画の中の長崎の舞台はもちろん、僕の中で全く同じとは言えませんが、でも海と緑に囲まれていて、イメージとしてはとても似ていました。
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――映画は、年を重ね、慌ただしい日常の中で忘れがちな大切な記憶を思い出すことで、新しい一歩を踏み出す主人公の物語を描いていますね。草彅さんにも、いまに通じる友だちとの記憶がありますか?
当時、親友と呼べる友だちが何人かいて、映画の久ちゃん、竹ちゃんのように、一緒に自転車に乗って隣町に行ったりして遊んでいました。そういう親友から受けたもの、友情と言えるものはいまでも心に残っています。大人になると、いろいろ事情が絡んで、親友だの友情だのを感じるのは難しくなってきますが、小学5、6年生の頃は「お前といると楽しいよ!」と、お互いストレートに感じることができて。そんな親友とも、仕事を始めた後は会う機会がなくなってしまいました。でも、幼い頃に感じた気持ちは本当だと思うし、その想いがいまでも僕の礎になっていて、彼らとの別れも含めて、いまの僕を作り、成長させてくれていると思っているんです。
●監督/金沢知樹
●出演/番家一路、原田琥之佑、尾野真千子、竹原ピストル、貫地谷しほり、草彅 剛、岩松 了ほか
●2022年、日本映画
●96分
●配給/キノフィルムズ
●8月19日(金)より全国にて公開
https://sabakan-movie.com
interview & text:Reiko Kubo, photography:Mirei Sakaki