クリエイターの言葉 「ゲイのための空間やコミュニティを大切に守り続けたい」トッド・スティーブンスの『スワンソング』が描く、胸を打つ旅路。
インタビュー 2024.08.08
いま見つめ直す、クイアのアイデンティティ。
トッド・スティーヴンス|映画監督
サウス・バイ・サウスウエスト2021でワールドプレミア後、インディペンデント・スピリット賞で主演男優賞と脚本賞にノミネートされ、数々の映画祭で注目された『スワンソング』。ニューヨークを拠点に活動するトッド・スティーブンスによる、故郷にちなんだオハイオ3部作の完結編である。スワンソングとは死ぬ間際の白鳥は最も美しい声で歌うという伝説から生まれた言葉だが、本作は、高齢者施設で暮らすヘアメイクアーティストのミスター・パットが親友の死に化粧を施すまでのノスタルジックで胸を打つ旅路が描かれている。伝説的な俳優ウド・キアーによって演じられるミスター・パットには、実はモデルがいるとスティーブンスは打ち明ける。
「彼を最初に見かけたのは10歳の頃。私が生まれ育ったオハイオ州の小さな町サンダスキーでは、パットは宇宙から来たエイリアンかロックスターのように異質な存在。17歳の時、地元のゲイバー、ザ・ユニバーサル・フルーツ・アンド・ナッツ・カンパニーで彼が踊っているのを見て衝撃を受けました。他人と違った服装や言動だけで虐められるような保守的な町で生きていた私に、パットは、ありのままの姿で生きていいと勇気をくれたんです。直接関わりをもったことはありませんが、彼は私の人生を大きく変えてくれました」
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80年代初頭、息苦しい小さな町から逃げるようにニューヨークの大学に進んだ17歳のスティーブンスは、12年後、自伝的要素の強い監督デビュー作『Edge of Seventeen』を撮るために故郷に戻った。
「リベラルなニューヨーク生活に慣れていたので、保守的な地元の町に戻って驚きました。人種差別もホモフォビアもあることを思い知らされたんです。クイア映画だということも公に言えなかったし、苦い経験になりました。でも、あれから20年、今回は地元に到着するなりレインボーパレードに出くわしたし、多くの人が撮影を手伝いたいと申し出てくれました。まるで故郷が両手を広げてハグしてくれたようで、希望を抱くことができましたね。完璧ではないにしても、世界はこのように変われるのだということを確信できたのです」
しかしながら、本作が80年代のゲイカルチャーへのオマージュであるように、スティーブンスは、クイアであるというアイデンティティを失いたくないと言う。
「いまのアメリカ社会は混沌としています。戦ってさまざまな権利を勝ち取ってきたけれど、この先はどうでしょうか。クイアがマスに完全に同化することは、危険なことだと感じています。私としては、ゲイのための空間やコミュニティを大切に守り続けたいですね」
アメリカ・オハイオ州サンダスキー生まれ。脚本と製作を手がけた『Edge of Seventeen』(1998年)が話題に。監督作は『Gypsy 83』(2001年)、『Another Gay Movies』(06年)など。スクール・オブ・ビジュアル・アーツで映画学科の教授も務める。
*「フィガロジャポン」2022年10月号より抜粋
text: Atsuko Tatsutaxt: Takashi Goto