クリエイターの言葉 100%監督自身を反映させた『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』とは?

インタビュー 2023.05.08

いまの世界に繋がる、80年代のカタストロフィ。

ジェームズ・グレイ/映画監督

デビュー作がヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞を受賞するという快挙を成し遂げた『リトル・オデッサ』(1994年)から『エヴァの告白』(2013年)までの5作品で、生まれ育ったニューヨークの光と影を描き続けたジェームズ・グレイ。その後、ブラッド・ピット主演の『アド・アストラ』(19年)など大作に挑戦した彼が、久しぶりにホームタウン、ニューヨークのクイーンズを舞台に撮った新作が第75回カンヌ国際映画祭でワールドプレミアされた『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』だ。

「どれくらい自分自身が反映されているかと言えば、100%だと思いますね。自分自身と作品の間に壁を作ることに辟易していたんです。虚飾を排除し、真実を描きたいと思いました。最近、兄がこの映画を観たんですが、『うちの夕食の様子をそのまま映画にするなんて信じられない。本当にあのとおりだったけどね』と言っていました。母親が夕食を用意してくれたにもかかわらず、餃子をデリバリーしたり(笑)。いまは申し訳なかったと猛省しています」

アーティストになることを夢みるユダヤ系の少年が、親友の黒人の少年との友情や冒険を通して、差別や格差など厳しい現実を目の当たりにする。80年代の音楽やファッションなどカルチャーが見どころであることは間違いないが、当時をノスタルジックに振り返り、美化することを周到に避けており、その洞察力にも魅了される。

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レーガン政権が誕生した80年代のアメリカ、ユダヤ系中流家庭の末っ子ポールは公立学校に通う12歳。問題児扱いされている黒人の同級生ジョニーと親しくなるが、ある事件がきっかけで富裕層の子息が通う私立校へ転校させられる。理不尽な社会に対して憤りを抱えるポールは、祖父アーロンを心の拠りどころとするが、ジョニーには頼れる大人はひとりもいなかった。●『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』は5月12日より全国にて公開。

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「歴史は複雑で、タマネギの皮を一枚一枚剥がしても核に迫れないことに似ています。人生は、悪い時もありよい時もある。僕らが生きている世界はカタストロフィに満ちている。だから過去を振り返って、昔のほうがよかったと単純に言ってしまうのは危険なのです」

80年代を舞台に選んだのは、単に子ども時代をスクリーンに蘇らせたかったからではない。現在との共通点を感じたからだという。

「正直、僕はいまとても怖い。大きな民主主義国においてさえ、独裁的な政府や政治的リーダーを個人崇拝する傾向が見られる。80年代にアメリカに君臨したロナルド・レーガンは大統領になる前に俳優でした。彼は初のセレブ大統領であり、いま“起こっていること”の種を蒔いたのだと思っています。レーガンは物腰が柔らかかっただけで、トランプと大して変わらない。セレブリティ政治家を崇め奉る世の中の末路を彼らは指し示しているように思います」

どこかの美術館の壁に記されていたというフレーズ「歴史や神話は個人的なミクロコスモスから始まる」を彼は引用した。私たちは、この物語の少年たちから何を学ぶべきなのだろうか。

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JAMES GRAY/ジェームズ・グレイ
1969年、アメリカ・ニューヨーク生まれ。南カリフォルニア大学卒業。ホアキン・フェニックスと組んだ『裏切り者』(2000年)、『アンダーカヴァー』(07年)、『トゥー・ラバーズ』(08年)でカンヌ国際映画祭のコンペティション部門に選出された。

*「フィガロジャポン」2023年6月号より抜粋

text: Atsuko Tatsuta

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