タブーに挑み切った俳優、青木柚。映画『なぎさ』が描き出した闇とは?

インタビュー 2023.05.11

彼の名前を知らなくても、私たちはかねてから彼の作品を目にしてきた……。数々のコマーシャルフィルムを手がけてきた古川原壮志監督にとって、『なぎさ』は初の長編映画である。完全なる自主企画として制作されたため、商業映画において制作の過程で反対され、削られてしまいがちな当初からの果敢な目論見がそのまま形となった作品で、東京国際映画祭、サン・セバスティアン国際映画祭、トリノ映画祭で新しい才能として注目を受けた。

この映画は、東京で大学生活を送る青年・文直(ふみなお)の、亡き妹なぎさへの狂おしい感情を主題としている。ふたりは幼少期、親からのネグレクトなどを含めた虐待を受けた共通の記憶を擁している。成長する過程で兄と妹は離れ離れになり、妹は事故で突然この世を去る。そしてある夏の夜、真っ暗なトンネルで再びふたりの記憶が交差するーー。人間ドラマであり、サスペンスであり、狂おしい愛の物語でもある。古川原監督と、文直を演じた青木柚に映画製作の裏側を聞いた。

【撮り下ろし写真】トンネルの奥で見つけた光……俳優、青木柚を見つめて。

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――古川原監督は以前、『なぎさ』という内容の違う短編を発表されています。“なぎさ”というのは石井隆監督作品における“名美”のように、何かしらの運命の女性を具現化させた存在ですか?

古川原 いえ、自分にとっての運命の女性でも、友人の名前でもなく、逆に具体的なモデルがいたらあんなふうには描けないと思います。なぎさには「凪」と「渚」の意味を含めていて、海と陸の狭間であり、過去と現在、あの世とこの世、彼岸と此岸、伊弉諾(イザナギ)と伊弉冉(イザナミ)もそうですけど、合間にあるという意味合いが自分にとってはいちばんフィットする解釈かと。この言葉を見つけた時に、違う物語だとしてもタイトルは変えられないと思い、長編映画にも『なぎさ』と名付けました。

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Yuzu Aoki / 2001年、神奈川県生まれ。16年、『14の夜』で映画デビュー。『暁闇』(19年)、『サクリファイス』(20年)、『うみべの女の子』(21年)、『はだかのゆめ』(22年)など主演作品多数、21年公開の『MINAMATA』ではジョニー・デップと共演するなど、活躍の幅を広げている。今作の後にも、『神回』『まなみ100%』など主演作が控える。

Takeshi Kogawara/1982年、長崎県生まれ。2007年、カリフォルニア州Art Center Collage of Design映画学部を卒業。 MV、CMのディレクターとして活動。短編映画において釡山国際映画祭、ショートショートフィルムフェスティバル&アジアでのジャパン部門最優秀賞・東京都知事賞を受賞、米アカデミー賞短編部門候補に選出される。19年、初長編映画『なぎさ』が東京国際映画祭、トリノ映画祭特別表彰受賞、サン・セバスティアン国際映画祭にて上映。

――この作品が非常におもしろいのは、文直が心霊スポットと言われるトンネルに足を踏み込んでから、彼の頭に去来する過去からいまにいたるさまざまな記憶が押し寄せる行為を、暗闇を利用してまさに“体感させる”構成になっていることです。見えないけれど、音は聞こえる、あるいは気配は感じる。文直となぎさは幼少期、親の性行為の間、押し入れに閉じ込められる経験を強いられるのですが、あの押し入れの暗闇とトンネルの暗闇が結びついて、観客を異次元に連れていきますね。

古川原 それは意図してそう構成したことで、トンネルと押し入れはひとつの装置というか、母親の子宮の中というか……。井戸の底に降りて、そこでひとりで考える空間として捉えていました。文直という青年の体験として、トンネルの暗闇の中に入っていく中で、光が残像のように見える。その光はもしかしたら幻視かもしれないし、車が走るフラッシュなのかもしれない。彼が頭の中で過去に立ち返り遭遇する音や記憶を、観客にも暗闇の中で一緒に追体験していただきたいと思っていました。

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――青木柚さんは、中学生の恋とセックスを描いた『うみべの女の子』や、最近ではテレビドラマ「往生際の意味を知れ!」など、この『なぎさ』といい、タブーに一歩踏み込んだ題材に果敢に挑戦されているイメージが強いです。

_REI0405.jpgジャケット¥63,800、パンツ¥46,200/ともにdoublet シャツ¥46,200/stein シューズ¥59,400/YOKE(すべてSTUDIO FABWORK)

青木 僕はまだ22年しか生きていないんですけど、『なぎさ』を撮影した19歳の夏がいちばんしんどかったです。いまタイトルが出た『うみべの女の子』を関東近郊で撮影していた中で、1日だけ東京に戻れる日があって、その日に『なぎさ』のオーディションを受けに行ったんです。事前に脚本をいただいて、これは演じる意義がある作品だと思ったのですが、『うみべの女の子』での役も複雑な設定で、キャパオーバーした状態でのオーディションだったんです。タイミングが重なって、文直のナイーブで傷ついて、ボロボロになってる状態をそのまま出すようなことになって。文直を演じる上では結果的によかったのかなって思うんですけど、あの夏は自分の醜い部分をたくさん感じてしまった、人間の“影”を強く感じた夏としてとても強く印象に残っています。

古川原 他の参加者とはもう全然違っていて、柚君が膝を抱えて震えているのが忘れられなくて。演技ということを忘れて「え、大丈夫かな」と。他の人と違って、もう文直が出来上がっているというか。まさに文直がそこにいる姿が見えて、これはとてもおもしろいけど『うみべの女の子』の後、途切れなくこの設定を演じるとなると、大丈夫かなと心配した部分はあります。

――妹への狂おしいほどの愛情を表現されているわけですが、そこには禁忌の匂いも入り込んでくる。青木さんはどう解釈されましたか?

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出演当時、12歳だった山﨑七海演じるなぎさと、青木演じる文直の兄妹。

古川原 柚君はタブーを美しく表現することに長けているよね。

青木 そうできているのかはわかりませんが、確かに何かしらを背負う役が多いです。ただ『なぎさ』に関しては、他の作品以上に監督やスタッフさんとともに繊細に気を配ったのが、妹のなぎさを演じた山﨑七海さんで、彼女は撮影当時、小学6年生だったので……。直接、性描写のある役ではないけれど、設定として親から性的な侵害を受けている物語だったので、七海ちゃんに演じてもらう上でしっかりとケアをする環境を作る、という気持ちが強かったと思います。七海ちゃん自身、自分の意志がある女優さんでしたけど、芝居を通してでも、嫌だと思うような空気を絶対に感じさせたくなかった。彼女が妹として時折見せる無邪気で、悪戯っぽい笑い方とか、そんな表情に触れることで、文直が抱くなぎさへの愛おしさはもちろん、それ以外の感情をも抱くという側面が強まりました。当時、小学生とは思えないくらい、演者として何かが芽生えて、自分の中で何か根付いている感触を傍で見ていても感じました。七海ちゃんが演じるなぎさが、簡単な言葉では収まらない感情を呼び起こす存在でした。とても影響されながら、撮影してたなと思います。

――山﨑七海さんは生田斗真さん主演の『渇水』(6月2日公開)でも、母親に置き去りにされる姉妹を演じていて、水道局員である生田さんが職務をこえて助けるべきか、葛藤を引き起こす存在として鮮やかな印象を残しています。古川原監督は、『なぎさ』の根底にある親からのネグレクトや性的侵害という題材を山﨑さんに演じさせる上で非常に葛藤もされ、腐心もされたと聞きました。

古川原 撮影前に、山﨑さんと柚くんと脚本の1ページ目から全部、僕が意図したことと、登場人物の関係性をすべてお話しして、その都度、質問を受けて、なるべく同じページに立つようにしました。とはいえ、七海ちゃんの場合は、なぎさの環境に性的なことが絡んでくるので、そこは親御さんの力を借り、お母さまのほうから説明をしてもらいました。あくまでもこの映画は、兄妹愛を主題としていて、いろんな画が登場しますが、あくまでも兄からの妹へのひとつの愛を描いている。それは母と娘と同じ愛で、だからこそ失いたくない、失えない、そういうふたりだけの世界を描いたものだと言葉を選んで説明しました。あとは七海ちゃんのおかげで、自由に演じてもらえたと思います。

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――監督にぜひ聞きたいんですけど、保護者がうまく機能せず、早い段階で性行為を垣間見させられる体験をした人の中には、成長する過程で、受動的な意識を払拭するために、積極的に性に関わり、能動的な行為へと転換するケースがあると聞きます。ティーンエイジャーとなったなぎさの行動には、性虐待に遭った方からのリサーチがかなり入っていると感じましたが。

古川原 いまのような話はまさにリサーチの段階から聞きましたし、幼い頃に親から性行為をオープンにされることは性的虐待です。それとは別の状況にはなりますが、性的虐待を経験した少女が他の男性に自分から性的アプローチを無意識にとってしまう事例を聞き、その要素を取り入れています。文直となぎさが押し入れから見聞きしたことが、成長したふたりに大きな影響を与えていることが、後半にどんどん繋がっていく構成になっています。

――青木さん自身、トンネルでの暗闇の場面では、何を感じて演じていらっしゃいましたか?

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青木 撮影当日は暗闇の中で演じることにもう必死だったので、完成した映像を見た時に「こんな暗かったっけ」って思いました。 トンネルの暗さ、押し入れの暗さ、僕以外の登場人物の後ろ姿、そういうものが意図的に写されるんだろうなとは予測していましたが、映画を見て、文直は何かで何かを埋めることとか、見えているものが全部ぼやけているのだと。何かを探すような気持ちで見ていたことを思い出しました。

――デジタルの映像機材が発達し、なんでも明確に写せる時代ですけど、いまあえて、暗闇を描く若い監督が増えている印象を受けます。古川原監督の他にも、青木さんが昨年出演した甫木元空監督の『はだかのゆめ』や、6月に公開される福永壮志監督の『山女』も、大きなスクリーンでないと暗闇で何が起きているのか絶対にわからない作りになっています。古川原監督は暗闇を描く上で、リスペクトした監督はいますか?

古川原 暗闇に対してなのかわからないですけど、スタン・ブラッケージというアメリカの監督の実験映画作品に、目を閉じた時、瞼の裏に見える模様を描こうとしたものがあり、その言葉にできない何か、見えないからこそ想像力が膨らむ部分にインスパイアは受けています。僕も『なぎさ』のストーリーには、観客の想像力で補完するスペースを作りたいなと考えていましたから。文直がトンネルで遭遇する光景も現実なのか、過去の記憶なのか、幻視なのか、どう解釈して捉えてもらっても構わないと思っています。

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――『なぎさ』の青木さんはまだ少年の面差しが強く、いまはもうすっかり立派な青年になられているわけですが、次にタッグを組むとしたら、こういう設定が面白いというアイデアはありますか?

古川原 『なぎさ』はうまく状況が重なって、柚君のあの時期の一瞬を撮れたのは本当に幸運だったなと思いつつ、僕は刹那だけを撮りたいわけではないので、いまの柚君を撮るならば、いまの彼の精神状態や成長した部分に目を向けたいですね。たとえば今回の『なぎさ』に出てくる、虐待を受けた子を見守るガーディアンと言いますか、保護者として守る役所の職員とか、そういう見守る側の役などはいいなと思っています。演技を通して、虐待を受けた側を経験しているので、理解できる土壌があるんじゃないかな。

青木 そのときはギラギラとやらせていただきます(笑)。

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『なぎさ』
●監督・脚本/古川原壮志
●出演/青木柚、山﨑七海 ほか
●2021年、日本映画
●87分
2023年5月12日(金)からテアトル新宿にてロードショー
https://nagisa-film.com/
●問い合わせ
STUDIO FABWORK Tel:03-6438-9575

 

text: Yuka Kimbara photography: Mirei Sakaki styling: Yoshie Ogasawara hair&make: Masa Kameda

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