描いたのは、人類の進化についての黙想。
デヴィッド・クローネンバーグ|映画監督
カナダの鬼才デヴィッド・クローネンバーグが、ヴィゴ・モーテンセン、レア・セドゥ、クリステン・スチュワートという魅力的なキャストとともに、“ボディホラー”のジャンルに戻ってきた。この映像作家の集大成ともいえる美しく過激な最新作『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』は、自らの体内で次々と生み出される臓器を人々の面前で切除するという、前衛的なパフォーマンスを行うアーティストのふたりを主人公にしたSFである。
「脚本は1999年に書いたものですが、プロデューサーからいまこれを映画化したらおもしろいのではないかと提案されたんです。元々は“ペインキラー”というタイトルでしたが、その言葉はもう使い古されてしまった感があるので、私が70年に撮った実験的な映画のタイトルを再利用しました。私なりの“エコ活動”ですね」
テーマは“人類の進化についての黙想”。プラスチックを消化する器官系を持った人間が登場するなど、環境問題、クローン、また過激化する現代アートパフォーマンスなど先見性に富んだモチーフは、到底20年前に書かれた脚本とは思えない。
「脚本は一字一句変えていないんです。当時を思い返すと、プラスチックを食べる単細胞のバクテリアが発見されたという文献を読んで、だったら人間もプラスチックを食べる日が来るのではないか、と考えたんじゃないかと思います。人間がいままでしてきたことに対する答えをジョナサン・スイフト(『ガリバー旅行記』で知られる18世紀の作家)的な風刺を加えて表現したつもりです」
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変更したのは、舞台をトロントからギリシャのアテネに移したことだけ。古代都市の質感は、この作品の美しさを際立たせている。
「パフォーマンスアートに関してはあらためて研究しました。極端な芸風がいろいろありましたが、映画ではさらに極端に描きました。この映画は痛みのない世界、感染のない世界を舞台にしており、今日の現代アートの延長線にあることは間違いないと思います」
クローネンバーグの哲学的な美意識を反映した肉体とテクノロジーに関する思索は、若い映画作家にも大きな影響を与えている。その象徴ともいえるのが、『TITANE/チタン』で2021年のカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞したジュリア・デュクルノーだ。
「彼女とはトロント映画祭で会いましたが、素晴らしい映像作家です。たとえば妊娠や出産についても話ましたが、だからといって女性の方がボディホラーに関して親和性があるかは疑問です。性差というより、“脳で何を考えているのか”ということが重要なのです」
1943年、カナダ生まれ。75年に劇場映画監督デビュー、80年代の作品のビデオ化でカルト的人気を博す。『クラッシュ』(96年)で賛否両論を呼ぶもカンヌ国際映画祭審査員特別賞を獲得、2018年にはヴェネツィア国際映画祭で栄誉金獅子賞を受賞した。
*「フィガロジャポン」2023年9月号より抜粋
photography: Caitlin Cronenberg text: Atsuko Tatsuta