「音楽や映画は心の隙間を埋めてくれる」池松壮亮が語る芸術の力とは?

インタビュー 2023.10.03

デビュー時は短編王として名を馳せ、『ローリング』(2015年)、『南瓜とマヨネーズ』(17年)、『素敵なダイナマイトスキャンダル』(18年)など巧みな演出に独特のユーモアが煌めく冨永昌敬監督。そんな鬼才がジャズピアニスト、南博の原作を自在にアレンジした新作映画『白鍵と黒鍵の間に』がスクリーンに登場する。

昭和63年の年の瀬。銀座では、ジャズピアニスト志望の博(池松壮亮)が場末のキャバレーでピアノを弾いていた。博はふらりと現れた謎の男(森田剛)にリクエストされ『ゴッドファーザー 愛のテーマ』を演奏する。しかしその曲をリクエストしていいのは銀座界隈を牛耳る暴力団の熊野会長(松尾貴史)だけ、演奏を許されているのも会長お気に入りの敏腕ピアニスト、南(池松壮亮、二役)だけだった。夢を追う博と夢を見失った南。ふたりの運命はもつれ合い、先輩ピアニストの千香子(仲里依紗)、銀座のクラブバンドを仕切るバンマス・三木(高橋和也)、アメリカ人のジャズ・シンガー、リサ(クリスタル・ケイ)、サックス奏者のK助(松丸契)らを巻き込みながら、予測不可能な“一夜”を迎えることに……。

主人公を演じるのは、今年も『シン・仮面ライダー』、『せかいのおきく』と話題作が続いた池松壮亮。人生と人生の間を埋めるものについて、静かなる情熱を訥々と語る姿に、コロナ禍の規制が解かれ映画館の暗闇でスクリーンに対峙したときの万感の思いが胸に蘇った。

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SOSUKE IKEMATSU/池松壮亮 1990年、福岡県生まれ。2003年、ハリウッド映画『ラスト・サムライ』で映画デビュー。14年には『紙の月』、『ぼくたちの家族』などの演技が評価され、第57回ブルーリボン賞助演男優賞をはじめ数々の賞を受賞。その後も数多くの映画・ドラマに出演し、第93回キネマ旬報ベスト・テン主演男優賞、第32回日刊スポーツ映画大賞主演男優賞など多数の映画賞を受賞。主な近作に『宮本から君へ』(19年)、『アジアの天使』(21年)、『ちょっと思い出しただけ』(22年)、『シン・仮面ライダー』(23年)など。

――ずっと冨永監督作に出演を希望されていたそうですね。

冨永さんの映画はどれをとっても独創的で、非常にユニークかつその技法、手法は誰にも真似できない力強いものを感じます。いつか一緒に映画を作りたいとずっと願っていました。昔、冨永さんはジャズ喫茶で12年間バイトしていて「映画よりジャズの方が詳しい人で、脚本を書く時もジャズ喫茶に入り浸って書いているらしい」と多方面から聞いていました。ジャズという、冨永さんにとって特別な、パーソナルなものを映画にするという試みに参加するというのは、自分にとっても特別な体験となりました。冨永さんとともに、この作品をなんとしても特別なものにしたいと思っていました。

――池松さんご自身もジャズはお好きでしたか?

大好きなんです。僕の父親がものすごいジャズマニアで、毎日新しいCDを数枚買って帰ってくるような人でした。リビングからは朝から晩まで、寝る時とテレビを見る時以外、ずっとジャズが流れているような家で育ちました。僕自身は知識としては詳しくないんですが、体の中にあるリズムとして、いまでもジャズがあるような気がしています。音楽映画をいつかやってみたいと願っていましたが、まさかジャズで、しかも冨永作品だと聞いて、非常に興味が湧きました。

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――「昭和の夜の街に生きるジャズピアニスト」という佇まいはどのように意識しましたか?

昔、姉と妹がピアノを習っていて、ピアノは家にありました。中学3年の合唱コンクールの時、クラスにピアノを弾ける人が足りなくて、なぜか僕が楽譜も読めないままに練習してなんとか弾きました。ですが、それ以降は弾いていませんでした。今回は、まずとにかく一曲まるまる弾けるようになること、そこが馴染んできてから、今回音楽監修として入ってくださったピアニストの魚坂明未さんの真似から入りました。

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劇中でピアニストを演じる池松壮亮。Ⓒ2023 南博/小学館/「白鍵と黒鍵の間に」製作委員会

今作の「ゴッドファーザー」を編曲してくれたのも魚坂さんです。魚坂さんが立ち上がって弾いたりするスタイルを真似してみたり、同じく音楽監修で入ってくださって、付きっきりで半年間ピアノを教えてくれた、ピアニストの鈴木結花先生の真似をしたり。それから原作や写真から受ける南博さんの印象、役を作っていく中で見えてくるもの、あとは自分の好きなビル・エヴァンス、セロニアス・モンク、坂本龍一さんの映像を見て、それぞれの影響を受けていきました。ジャズで、ピアニストで、冨永さんの音楽映画となれば、おもしろいことに間違いはないはずですが、さらに艶っぽい映画、色っぽい映画、没頭できて、酔いしれるようなノンシャラントな映画を目指したいと思っていました。

――“ひとりのピアニスト”の3年前といま現在とを演じ分けるという難しい役所でしたが、何をいちばんの違いとして演じ分けていたのでしょうか。

表面的にはさまざまな表現方法があって、ちょっとチューニングして積み重ねていくことで人の印象って変わってくるものなんです。現場では時間が許される限り、ひたすら修正したり試したりしながら演じてみるんですが、今回何がいちばんかというと、それぞれにある人生のターン。3年前の博と、現在の南を同じ時間に共存させて見た時に、何が浮かび上がってくるのか。それがいちばん重要なことだと思っていました。それぞれの抜け出したいけど抜け出せない状況の切実さと、はっきりとした違い、そしてだんだん人生が重なっていくこと、一体化しどちらがどちらかわからなくなっていくことを目指していました。

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――仲里依紗さんやクリスタル・ケイさんとの演奏シーンは、池松さんもミュージシャンとしてとても楽しそうでした。

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夢を諦めかけたピアニスト南のために、仲間たちは大晦日のパーティーでセッションしながらデモテープを録音することに。Ⓒ2023 南博/小学館/「白鍵と黒鍵の間に」製作委員会

大晦日のあのシーン、素晴らしいですよね。撮っていてゾクゾクするものがありました。音楽映画としてみんなで一緒に音を奏でるという時間に加え、お客さんもいて。初めての経験でしたが、いままで味わったことのない高揚感がありました。現場も大いに盛り上がっていました。クリスタル・ケイさんの歌はもちろん素晴らしくて、仲さんも、みんなが心からその瞬間を楽しんでいる、音楽でそれぞれの移ろう人生の間を埋めているようでした。南のデモ作りのために録音テープを回しながら、みんながひとつになって時間が回り、人生の刹那が渦巻いていました。

――終盤の謎めいたビルの谷間のシーンでは、南はさらに別の姿で! この冨永監督ならではのユーモラスでシュールな世界を、どんな風に観客に楽しんでもらいたいですか。

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どんな風に楽しんでもらっても構いません。単に音楽映画としても、存分に楽しんでもらえるものに仕上がっていると思います。冨永さん流のイマジンとファンタジーが混ざり合い、人生のメタファーが詰まった映画になっています。この映画が見る人それぞれの極個人的なインスピレーションと繋がり、私的なものでありながら誰もがもつ普遍的な感覚を共有できることを願っています。そして時代の移ろい、人生の移ろいの中に、音楽がある、ということをこの作品でどうしてもやりたかった。そのことが少しでも伝わったら嬉しいです。この主人公の人生にも様々なターンがありますが、常にままならなくて、完璧ではなくて、間にいる。移ろいの間を埋めること。音楽で埋めることをこの主人公はどんなに環境が変わろうと無自覚にやっていたわけです。

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――主人公にとって、白鍵と黒鍵の間に音楽があったということですね。

そしてもう一歩踏み込むなら、やっぱり映画があるということです。映画があると思ってもらうこと。この映画を観てくれる方にとっての間を、この映画で少しだけ埋めることアフターコロナのなか、戦争はいまだに続いており、世界は蠢いていて、自分たちもどこに向かっているのかさえわからない。でも、この世界には音楽や映画によって埋められる何かがきっとあること、観ている人たちの心の隙間を埋める力が必ずあるということ。そのために音楽や映画があると言っても過言ではないこと。そんなことを考えながら今作に取り組んでいました。

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――では、池松さんにとって、いまはどんなターンだと思いますか?

2020年、21年のコロナ禍は社会の流れが止まり、堰き止められ、前に踏み出すことができない、映画を撮って公開するという当たり前だと思い込んでいた行為ができない時間でした。ミニシアターの危機があり、シネコンも含めすべての映画館から観客の足が離れましたよね。そんな中で僕の20代が終わり、30代が始まりました。自分には何ができるのか、これからどういう映画を届けていけばいいのかと、ずっと考えていました。去年公開の『ちょっと思い出しただけ』は、そのことに対する自分の中のひとつのアンサーのつもりでしたし、今年で言うと今作がそれに当たります。そして2年間ずっと向き合ってきた『シン・仮面ライダー』が公開になり、ようやくペースが戻ってきた感じがあります。今年33歳になったんですが、いまようやく30代の始まりを迎えられている感じがします。無理矢理言葉にすると、そんな感じでしょうか(笑)。

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――この後『愛にイナズマ』の公開も続きますが、来年はどんな作品が控えているのでしょうか。

撮影前、撮影済みのものも含めて、発表前の作品が4本あります。詳細はまだ話せませんが、来年はもう少し新しいものを見てもらいたい、あるいは自分も見てみたいという気持ちで臨んだ作品たちです。日本映画がどう再生に向かえるのか。日本映画がどうアップデートして新しいものを魅せていけるのか。これからも人と出会い、作品と出会い、トライし続けていきたいと思っています。ミニシアターの危機による映画全体の多様性をどうやって守っていけるのかということは、30代を通して、取り組んでいきたいと思っています。

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ジャケット¥506,000、パンツ¥209,000/以上ヴァレンティノ その他スタイリスト私物
『白鍵と黒鍵の間に』
●監督/冨永昌敬
●原作/南博『白鍵と黒鍵の間に』(小学館文庫刊)
●出演/池松壮亮、仲里依紗、森田剛、高橋和也ほか
●配給/東京テアトル
https://hakkentokokken.com
10月6日(金)よりテアトル新宿ほか全国にて公開
●問い合わせ先:
ヴァレンティノ インフォメーションデスク
Tel:03-6384-3512

 

text: Reiko Kubo photography: Mirei Sakaki styling: Babymix hair: FUJIU JIMI

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