真木よう子が主人公を務める映画『アンダーカレント』は、タイトルのアンダーカレント(undercurrent)=「底流」が指し示すように、登場人物の外見からは伺い知れない、心の奥底に潜む感情を露わにしていく物語である。
父亡きあと、地元の住民に心のオアシスとして愛される銭湯・月乃湯を守ってきたかなえ(真木よう子)。突然、夫の悟(永山瑛太)が行方をくらまし、この先、ひとりで月之湯を守っていけるのか、何もかも曖昧な状態のまま、住み込みの従業員として堀(井浦新)という謎多き男性を雇用するが……。
恋愛を巡る洒脱な会話劇で知られてきた今泉力哉監督が、余白と情感を生かした静かな大人の映画を作り上げた。原作は寡作で知られる豊田徹也による伝説的な漫画。ひとりの男が去り、新たに現れた男の話とヒロインの三角関係の物語と思いきや、この作品は過去のある出来事と向き合う大人たちの顔を浮かび上がらせる。細野晴臣の音楽と水の音とともに、真木よう子が表現した心の底について聞いた。
――日本ではイザナギとイザナミの物語から身清(みすす)ぎとして、罪や汚れを身体から取り去る禊(みそぎ)についての描写がありますが、『アンダーカレント』では銭湯という場所もあって、真木さんが演じるかなえが水に身を投げる、委ねる描写が多く、それでも水に流せない痛みを表現されています。水にまつわる撮影で印象に残っていることはありますか。
これは原作の漫画にもあるんですけど、かなえが背面から銭湯の湯船にズバンと入っていく場面があります。湯船へと倒れ込む瞬間は銭湯で撮影して、そこはうまくいったんですけど、心象風景としてそこから深い水の中に沈んでいく場面をちょっと深めのプールで撮影したんですね。服を着たまま沈まず、浮かばず、水中で漂っていなきゃいけないっていうのを、何回も撮影したんですけど、調子にのってやりすぎて、三半規管に水が入ったのか、3日間ぐらいなんの味も、なんの匂いもしなくなっちゃって、治るまでちょっとだけ辛かったんです。
私は漫画が好きで、かなり多くの作品を買ったり読んだりしていて、特に言葉にできない、説明がつかない深い心情を描いたヒューマンドラマが好きなんです。主人公の葛藤とか、混沌とか、そういうことを描いた物語が大好きだから、かなり前に読んでいた豊田徹也さんの原作も好きだったんですよね。映画化の話をもらった時、すぐにこの原作のことを思い出したんで、やってみようと思えた。漫画オタクとして、実は実写化ってあまりしてほしくないという意識があるんですけど、『アンダーカレント』に関しては、主人公のかなえに近づきたいっていう思いが、原作の世界を壊したくないっていう思いよりも強くて、だから挑むことにしました。
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――そのかなえですが、原作を読んだ時、一見して男性なのか、女性なのかわからなかったんです。ユニセックスというかボーイズライクコーデとなっていて、物語が進むにつれ彼女がこういった服を着ているのには、過去の出来事が関係しているという事情がわかってきます。
幼少期に遭遇した出来事が関係していて、おそらくかなえにはトラウマとなっていることがあり、周囲の大人たちに随分とケアされて成長したのだと思います。誰かに首を絞められるような夢や、水中に沈められるような夢を見ること、それはかなえのせいではないけれど、かなえ自身は自分のせいだと思いこんでいる出来事が関係している。私はこの役を演じると決めてから、ずっとかなえのことばかり考えていて。やっぱりかなえのことをわかっているのは自分だと思っていたから、「私にとってのかなえちゃんは、過去にあったことを決して忘れていない」ということを今泉力哉監督に伝えたかったんですよ。そこは解釈のすれ違いで、今泉監督は「かなえは過去のことを忘れている」と思っていて、いや、そうじゃない、もうちょっとこの子のことを考えてくれないと可哀想だって感情的になってしまった時もありました。
そういうことから、かなえは大人になって、意図的に服を意識して選んでいるわけでも、子ども時代に失ったものを取り込むことを意図的にやっているつもりではない。けれどそれでもずっと忘れられないことがあるということに気づく時があって、だからこそ心の奥底で水というものに反応するし、夢も見る。もしかしたら違う方法があったのかもしれないけど、傍から見たら忘れているように見えているかもしれないけれど、ずっと心の底流は揺れてはいるんだよという演技をしました。今泉監督とは、いい作品を作ろうと思っているふたりが解釈を巡って話し合って、実際いい方向に行ったと思っています。
――永山瑛太さんが突然、行方がわからなくなったかなえの夫を演じています。その後、彼の役割の穴を埋めるように、井浦新さん演じる堀さんという男が銭湯に現れます。「なぜ男は現れ、なぜ夫は消えたのか」という宣伝のコピーだけ見たら、よくある恋愛映画に思えますが、この三角関係にはとても深くて、怖いものが埋まっています。
舞台である銭湯っていうところが、女湯と男湯を分ける壁の隔たりがあって、壁越しに話しかけても、向こうの浴室にいる相手の顔は見えないし、いま何を考えているかもわからない。そこがすごくこの映画の本質だと思います。物語前半、かなえは女湯から男湯にいる堀さんに「わたしのこと、すき?」って聞くんですけど、あそこで私は新さんがどういう顔をしたのかもわからない。でも堀さんにはこのままいてほしい。誰かが突然、いなくなってしまうっていうことが、かなえにとってはいちばん嫌なことだから、堀さんが何者かはわからないけれど、この人に感じている感情がどういう類いのものかわからないけれど、何も言わずにいなくなることは二度とやめてほしいっていう本音を表すセリフだと思うんですよね。
瑛太が演じる夫の悟は、突然姿を消したこと、そして知られざる事実を抱えていたという人物。彼がやった行為が罪深いかどうかっていうのは、ちょっとわかんない。彼の意見としては「本当のことなんて誰も知りたくないんだよ」っていうのがあって、役を離れた私としたら、それはどこか共感できる。 大切な人の本当の姿、本当のことを、全部知りたいかって言われたら「いや、全部はちょっと怖いから」って思ってしまう自分もいます。そういう夫の役を瑛太がやるって、すごくおもしろいなって思いました。
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――かなえの年齢の設定がおそらくアラサー、アラフォーと言われる方たちにとても響くと感じました。積み上げてきた経験や知識を横において、新しいことをもう1回始めなきゃいけないのか、みたいなしんどさがわかるというか。また、新しいパートナーを探すとか、江口のりこさん演じる親友みたいに高齢出産をするかどうか、考えるとか。
まあね、ご新規活動はめんどくさいですよね(笑)。 なんか色々わかっちゃったら、結婚とかもめんどくさい(笑)。パートナーシップ制でいいじゃん。私も離婚したから、それはすごいよくわかる。かなえもそうだけど、結局、大変なのは女なのよ。こないだ女友だちと話し合ったのが、子どもを産むのを、男女、順番で代われたらいいのにね、ってこと。「この間、私痛かったから、今度あんたの番だよ」って。頑張れって言う側に回りたいです(笑)。
――真木さん自身が、表には見えない、ご自身が大切にされている“アンダーカレント”なものはありますか?
もちろんあります。でもそれは、誰かに向かって言うことではないし、っていう思いはあります。いま、あまりにもアンダーじゃなくて、表しか見ない人が多いなって思います。興味がある人だけ、好きな人だけ、大切な人のことだけしか知りたくないというのはわかるし、それは当然の欲求だけど、わからないことに対してわかろうとする努力とか、『私はわからないけど、でも、そうなんだね』って寄り添ってあげられることをできればいい。それは私が言わなくても、みんなしてるんじゃないかな。
●監督/今泉力哉
●出演/真木よう子、井浦新、リリー・フランキー、永山瑛太、江口のりこ ほか
●2023年、日本映画
●143分
●配給/KADOKAWA
2023年10月6日(金)から全国にて公開
https://undercurrent-movie.com/
トリー バーチ ジャパン
tel: 0120-705-710
text: Yuka Kimbara photography: Mirei Sakaki styling: Kie Fujii(THYMON Inc.) hair&makeup: Miyuki Ishikawa (B.I.G.S.)