金森穣に聞く、東京バレエ団『かぐや姫』全幕クリエイションの軌跡。

インタビュー 2023.10.16

東京バレエ団が、日本を代表する演出振付家である金森穣に委嘱して制作したオリジナルの全幕バレエ『かぐや姫』。この作品が10月20日にいよいよその全貌を明らかにする。3年がかりの大プロジェクトの完成を目前に控えた金森氏に、『かぐや姫』全幕に対する期待、そしてこれまでのクリエイションについて語ってもらった。

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宮廷での人間模様を描いた第2幕より。帝や大臣たち殿上人の威圧的ともとれる腕の運びは、能の型から取り入れたという。

新作『かぐや姫』のクリエイションは、東京バレエ団の斎藤友佳理芸術監督が、「日本から世界に発信するグランド・バレエを」と、金森氏にその夢を託したことから始まった。日本にちなんだ題材を探していくうち、日本人なら誰しもが知っている「竹取物語」に行き着いたのは自然な流れだったと金森氏は言う。

「『竹取物語』は作者不詳だから、研究書にしてもアレンジ版にしてもいくつかあるんですが、読み漁っていくうちにこれはおもしろいなと。日本最古の物語として残っているということに、ある種の感動を覚えて、ぜひこれを形にしたいと思ったんです。かぐや姫という“この世ならざる者”の存在によって、人々がいろいろなことに気づき、想い、経験していくのですが、かぐや姫が消えていくまでが、“記憶”と呼ばれるものとして我々にも残っているわけです。またかぐや姫は最後、天女の羽衣を羽織った瞬間に記憶をなくして去っていきますが、そのように“記憶”が主題っていうのも、現代社会の問題にも通じると思うし、人間の根源的な問題というか、性(さが)なんだろうなと。この物語の奥深さ、これだけ長い年月読み継がれてきたその魅力に気づいたんです」

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時を経てドビュッシーと対峙し、音楽をシーンに配置する。

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月に魅せられたフランスの作曲家クロード・ドビュッシーの音楽が、『かぐや姫』の世界観にシンクロする。

そうして『竹取物語』をもとに、金森氏は独自の物語『かぐや姫』を構想。日本の伝承文学の世界をバレエ化するにあたって、音楽をどうするかといった問題がまず浮上した。

「これがまた大変な作業で、手当たり次第に、それこそ日本の現代音楽も結構聞いたんですが、どうもしっくりくるものがなくて。ふとした時にドビュッシーを聞いたら感じるものがあり、全集を片っ端から聞いていったら、自分が想定している台本のシーンにことごとくはまっていったので、ドビュッシーで統一しようと決めました。ドビュッシーが活躍した時代って、時代背景的にもフランスではオリエンタリズムが盛んで、異国情緒のあるものからインスピレーションを得て、絵を描いたり、音楽を作ったりしていたそう。当然ドビュッシーもガムランから影響を受けたり、東洋に触発された絵画を見ることでインスピレーションを得たりしていたので、彼の音楽は、不思議なことにフルートだけど尺八に聞こえたり、ハープが琴に聞こえたりと、東洋のエッセンスを感じるんです」

「海」や「夜想曲」など幻想的な作品を多く残しているドビュッシーの音楽は、月と光に象徴される『かぐや姫』の世界観とも親和性があったという。

「インプレッショニズム(印象派)とも呼ばれているドビュッシーですが、光とその映像、つまり視覚的なヴィジュアルを基に作曲する音楽家なので、根底に光をテーマにしているのも、『かぐや姫』とある種の共振性があると感じました。概念上もそうですが、実際に音色を聞いても、すごく色とりどりの光の煌めきが見えてくるっていうか。そういったのも含めて、『かぐや姫』とすごくマッチしているように思ったんです」

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伝統的技法に和の要素を取り入れ、新しいバレエを編み出す。

自身がこれまでの創作活動を通して得た方法論をバレエの伝統的なテクニックと融合させながら、ドビュッシーの音楽を軸にどう展開していくか。さらにすり足など和の所作を随所に取り入れた振付は斬新かつ野心的だ。

「18の頃から振付家としてやってきてるので、振付自体はそんなに苦じゃないんです。音楽を聞くと、ある世界が見えてきて、その世界を生きる人々の所作が見えてくるので、それを形にするだけで。ただ今回は、身体的な技法や衣装はもちろんのこと、バレエの技法をいかに日本の所作と融合させ、新しいバレエとしてどう提示していくかは、これまで20年間Noismでやってきたこととは異なるので、バレエを自分なりに学習しなければならなかったし、バレエを追求してきた舞踊家たちの身体と向き合いつつ、そこにどういった新たなエッセンスを入れれば、古典的なバレエとも異なる新しいバレエのスタイルになるのか、稽古や創作を通して自分自身も学んでいきました」

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かぐや姫(秋山瑛)は、心を寄せ合う幼馴染の道児(柄本弾)と再会。ふたりが宮廷から逃亡を図る第2幕より。

バレエと言えば、女性ダンサーのトゥシューズによる踊りも不可欠な要素だが、ポアントの振付は金森氏にとって初の試みだったという。ポアントは、宮廷に住まう女性たちの象徴であり、成長したかぐや姫も宮廷入りしてからポアントに履き替えているのが印象的だ。

「ポアントの振り付けは、30年間振付家として活動してきて初めての試みだったので、すごくチャレンジングだったし、2年半に及ぶ制作期間の中で、自分なりにポアントの使い方を学んで、経験値を深めていくことができたんです。いちばん上で立つポアントから、ドゥミ(半つま先立ち)、ア・テール(足の裏が全部ついている状態)、さらにすり足までやるわけですから、動きにかなり高低差がある。腰のポジションも広範囲に動かすし、踊る方は大変でしょうが、作り手としてもそれを加味して振付していきました。日本のバレエを世界に見せる時に、そういった身体的な技法をつかんでおくことがすごく大事だと個人的には思うんです。西洋の教会に象徴される、上へ上へといった考え方から生まれた芸術が、日本に輸入され、舞台芸術として発展してきたけれども、東洋にしか出せない味もあるはずなんです。腰を落とすとか、静寂を生むのって、西洋人には難しいんですよ。それは文化的に違うというのもあるのですが。だからそこを踏まえたバレエの技法というか、新しいバレエの表現を生み出せたら、西洋人は驚くだろうし、東洋のバレエはこうなんだって提示できるんじゃないかと。それを目指しています」

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3年がかりの断続的なクリエイションの先に得られたものとは。

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4人の大臣たちに振付指導を行う金森穣。「稽古場で音楽を流し、舞踊家と対峙した時に得られるエネルギーを反映しながら、ゼロから作り上げていくのが自分の理想。そうやって自分の想像を超えた振付が生まれた時が、振付家としての醍醐味」と語る金森氏にとって、振付のプロセスは舞踊家とのセッションというべきもの。

そうして2021年春に始まった『かぐや姫』のクリエイションは、同年11月に第1幕、2023年4月に第2幕を初演。そして第3幕を含めた全幕がこの10月に披露される。断続的な創作活動は異例であったものの、利点も大きいと金森氏は振り返る。

「この創作が3年がかりの大プロジェクトであるっていうことに、価値や意義があると感じますね。今回2年ぶりに1幕の稽古をしましたが、以前より舞踊家たちの身体に当然入ってるし、2幕、3幕と一緒に創り上げてきているので、彼らも金森の振付の身体の使い方に慣れてきてるんです。2年前だったら無理だったよねっていう動きも彼らとともに生み出せているし、それにはやっぱり時間が必要だったと思います。最初はお互いにどうアプローチすればいいか、どこまで要求していいか、どこまでこっちに興味を持つかって、ちょっと探り合ってる部分もありましたけど、ここまで来ると腹を割って互いに向き合えているので、遠慮なく要求するようになりました。彼らも、バレエ団にとって大事なレパートリーになるものを一緒に作っていることにリアリティが伴ってきてるんじゃないかな。これだけ長い時間をかけて彼らと稽古をしてきたので、個々の性格も分かってきたし、どうガイドすればいいか、指摘すべきところとそっとしておくべきところも把握できるようになりました。創作ってコミュニケーションから生まれるものなので、時間とともにそれが互いにわかってきたっていうのは大きかったと思います」

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説明的なものは省き、より抽象的なヴィジュアルへ。

全3幕を完成させるにあたり、刷新されたこともある。衣装や美術は、第1幕の昔話を彷彿させる民話調のものから、第2幕では抽象的で無機質なものへと大きく様変わりしたが、今回の全幕上演でもそれを踏襲。全てを抽象的な世界観に統一するという。

「衣装と美術については、色彩、そしてできるだけシンプルでミニマルにしたいっていうのと、色に象徴される光としての意匠の有り様を表現したいとリクエストしたんです。つまり色や質感ですね。素材のテクスチャーとかで表現したいと伝えたところ、結果的にそれがミニマルであったり、空間的にシンプルであったり、光をどう扱うかってなった時に、すごくフューチャリスティックなものになったんですよね。それが月の世界観にも通じるものになっていた」

振付でもこれまでの第1幕、第2幕でいくつか変更が生じている。

「初演時に3回本番を見て、直そうと思っていた部分がありますし、それこそ最初の制作は2年以上前なので、これまでの歳月の中で時折思い出すわけですよ。気づいたものを全部ノートにとってあるので、その修正をしつつ、演出面でもいくつか台本を書き換えています。たとえば第2幕では、かぐや姫と道児がもっと早い段階で再会できるように設定し直していますし、帝を演じた(大塚)卓の孤独というか、もの悲しさにぐっと来るものを感じたので、そこをもっと掘り下げるべく(秋山)瑛のかぐや姫とのデュエットシーンを追加で加えました」

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第3幕のリハーサルより、孤独を抱える帝(大塚卓)を拒みながらもシンパシーを寄せるかぐや姫(秋山瑛)。

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登場人物に深みを与える、東京バレエ団の多様なダンサーたち。

さらに東京バレエ団の個性豊かなダンサーたちが、『かぐや姫』で登場するキャラクターの人物像を掘り下げることにひと役買っているのは間違いない。タイトルロールのかぐや姫には、秋山瑛と足立真里亜がダブルキャスティングされている。

「ふたりは持ち味が全く異なります。瑛はおてんばで元気で、身体も強い。そんな彼女が、悲哀や儚さ、柔らかさといったものを、かぐや姫を通してどう表現してくれるかに期待しています。対照的に、真里亜はすごく繊細。ふとした時の悲哀のようなものは出るんだけど、逆に無鉄砲さがない。ある種のセンシビリティーが彼女の魅力だけれども、全幕を背負わなきゃいけないので、もっと芯の強さみたいなものを持たなきゃいけない。ふたりの魅力と課題が対照的だから、お互いを見つめることで気付くことが多いんじゃないかな。かぐや姫をどう解釈して、その運命をどう生きるかを、両キャスト見ていただくことでその多様性を感じてもらえるかもしれない。後世に残していきたいバレエなので、次世代にも受け継がれてほしいし、そのためにもいろんなタイプのダンサーが踊っていれば、その受け皿にもなると思います」

懐の広い作品なり役を作りたいといった金森氏の思惑は、他のキャストについても反映されているようだ。

「働き者の道児は(柄本)弾がいたからつくったキャラクターなのですが、(秋元)康臣の道児はまた全く違うんですよ。帝をやる(大塚)卓と(池本)祥真、影姫の(沖)香菜子と(金子)仁美もそれぞれ全然違う。それを意識してキャスティングしたわけではなく、オーディションを行って、踊る彼らを見ながら、技術的な面やイメージに合わせて選びましたけど、結果的にはそうなりましたね。そういう意味でも東京バレエ団には個性的なダンサーが揃っていると思います」

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影姫(沖香菜子)はかぐや姫(秋山瑛)と表裏一体。帝の寵愛も大臣の関心もかぐや姫に移ることで、その影は一層色濃くなる。

原作では描かれないオリジナルキャラクターも見どころのひとつだ。物語に深みを与え、かぐや姫を人間味ある人物に見せている。

「帝の正室である影姫は、金森穣の完全なるオリジナルで、かぐや姫が光だとしたら、影として存在する女性。相映し合う鏡のように、かぐや姫が光るほど、影姫の影は濃くなっていきます。ただ、個人的にいちばん思い入れがあるのは、実は黒衣(くろご)なんです。物語の要所に登場する黒衣は、かぐや姫にしか見えない闇の力です。第1幕初演時には(岡崎)隼也だけだったのを最終的に4人に増やしましたが、黒衣がかぐや姫をどう翻弄し、人々をどう困惑させていくかが鍵になってきます。黒衣を登場させたのは、歌舞伎に象徴される日本の伝統芸能の、“いるけどいない”っていう様式にすごく惹かれるのがひとつ。と同時に、宇宙には、存在するけれども目に見えないダークマターとかダークエネルギーがあると言われていますが、それがまさにかぐや姫の世界観にマッチしていると思ったんです。人間世界、あるいは宇宙そのものを支配するエネルギーが、目に見えないけれど必ず存在するといった概念に惹かれまして。それを象徴するのが黒衣です。黒衣は金森作品にはよく出てくるんですけど、『かぐや姫』で出すことを最初は想定していなかった。第1幕を作り始めた時に、翁を演じられた飯田宗孝先生の体調が芳しくなく、黒衣を控えさせてみたところしっくりきまして。台本を見つめ直したら、黒衣が入ることで、登場人物たちの住む世界の外にも存在するものがあるってことが強調されて、より世界観に広がりが出せたように思います。顔が見えない役割ながら、すごく大事にしている存在なので、ぜひ注目していただけたら」

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ときに不気味な存在感を放ち、ときにおどけた仕草を見せる黒衣たち。その実体はかぐや姫を翻弄する、見えざる闇の力。

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かぐや姫はなぜ月に還るのか? 全人類へ問いかける第3幕。

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第3幕のリハーサルより、全キャストが集結するクライマックスシーン。

そしてクライマックスを迎える第3幕。物語は原作通り、かぐや姫が月に還るまでが描かれるが、全幕を通して金森氏が観客に問いかけたかったメッセージとは何なのだろうか。

「ラストで結局、かぐや姫は月に還りますが、かぐや姫とはそもそも何者で、なんのために地上に降り立ったのか。そして地上に生きるかぐや姫と関わった人々には何が残されたのか……。最終的には出演者が観客を見つめて、その問いを投げかけて終わる形になります。そこにあるのは、音楽と踊りと光のみ。舞台全体を通して言うなら、バレエが生み出す感動を届けたいというのがすごくあります。喜びに満ちた溌剌としたシーンからは、生きる喜びを感じてほしいですし、言葉にならない悲しみには同調してほしい。結論として、大事なのは観る者が何を感じるかだと思うんです。最後に投げかける『人間とは何か』という問いに対し、どう答えるかが、観客の皆さんにとって、劇場を後にしてからの実人生に繋がっていくことじゃないでしょうか。また、舞踊について言えば、第3幕でカンパニー総出演という感じで約60人が舞台に勢揃いするんですね。最終局面は戦で終わるんですけど、そこで放出されるエネルギーは見どころだと思います。東京バレエ団ならではの群舞の強さも魅力だし、当然主役やソリストたちの個性も際立っています。それをどう生かして物語に昇華するかっていうのが金森穣としての課題だったので、ぜひそこにも期待していただきたいです」

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金森 穣/演出振付家・舞踊家
17歳で単身渡欧、モーリス・ベジャールらに師事。ルードラ・ベジャール・ローザンヌ在学中から創作を始め、NDT2在籍中に20歳で演出振付家デビュー。10年間、欧州の舞踊団で舞踊家・演出振付家として活動後に帰国。2004年、日本初となる公共劇場専属舞踊団Noismを立ち上げる。Noism Company Niigata芸術総監督。
https://jokanamori.com
『かぐや姫』全3幕
【東京公演】
期間:2023年10月20日(金)19:00、21日(土)14:00、22日(日)14:00
場所:東京文化会館(上野)

【新潟公演】
期間:2023年12月2日(土)16:00、3日(日)14:00
場所:りゅーとぴあ 新潟市民芸術文化会館

●問い合わせ先:
NBSチケットセンター
tel:03-3791-8888(平日10:00-16:00、土日祭休み)
www.nbs.or.jp

photography: Shoko Matsuhashi  interview & text: Eri Arimoto

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