音楽の「うねり」にこだわった注目の新人。
シーポ. |ミュージシャン
The 1975やリナ・サワヤマなど気鋭のアーティストが所属するイギリスの話題のレーベル、ダーティ・ヒット。そこがいま激推しするのが、23歳のシンガーソングライター、シーポ.だ。気持ちを駆り立てる先行シングル曲「ソーバー」をはじめ、デビューアルバム全体を通して目の前に広がる大海のごとき心地よいうねりがあり、曲順にも美流といったこだわりを感じさせる。そしてクールに刻むビートと情感あふれた歌声が対峙しているようでありながら、心も身体もつい揺られてしまうのだ。
「確かにアルバムの流れは重視した。平均的なアーティストとアデルやカニエ・ウェストのような卓抜したアーティストとの違いは、前者はただ作品を作るだけ、後者は曲を作品としてキュレーションできる人だと思う。だから僕にとって曲順というものは、楽曲に意味を持たせる進ませ方であったり、聴き手としても楽しめる雰囲気だったりを作り出すために重要だったんだ」
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シーポ.はさまざまなアイデアを超一流のプロデューサーのポール・エプワース(アデルほか)や、ジョセフ・ロジャース(リナ・サワヤマほか)と一緒に調理。そこにフランク・オーシャンやソランジュ、レディオヘッド、ジェイムス・ブレイクといった、彼が影響を受けてきた音楽が透けて見えるのも楽しい。1曲目の「エレベーション」のドラムスのスネアの音がカッコイイと伝えたら、「本当? あれは『OKコンピューター』の1曲目のドラムの音をサンプリングしたんだ」とうれしそうに明かし、歌詞の話もしてくれた。
「この『エレベーション』だけは曲のアイデアが最初にあって、未来に対する不安を歌っている。ほかの曲は作っている時は無になって何も考えていなかったけど、恋愛や欲望やドラッグ、インターネットといった、成長していく自分の中に存在しているさまざまな側面が表れていることに、後から気がついたよ」
時代の空気を吸い込んで作られたのは「パラノイア」だ。「パーティゲートの頃(当時の英国ジョンソン首相が、COVID-19でロックダウン中に複数回パーティを開き飲酒していたことが発覚し、事件化)、街のあちこちで人々がストレスフルになって苦悩しているのを目撃したことが、曲の完成に繋がった」
アルバムタイトルはこの時代に取り憑かれた「パラノイア」と、「プレイヤーズ(祈り人)」という曲名から。「一曲でも聴き手の魂に響けば」と、身を削って制作したことは歌声を聴けばすぐわかるだろう。音楽のうねりに没入するほどに、琴線に触れる何かが響く。
英国バーミンガム出身。sipho.には南アフリカのバントゥ系言語で"ギフト"や"ギフトを受けた人"の意味があり、男性に多い名前ゆえ違いを出すためにピリオドを付けた。『ムーンライト』や『アンカット・ダイヤモンド』などA24の映画が好き。
*「フィガロジャポン」2023年12月号より抜粋
photography: Marco Grey text: Natsumi Itoh