クリストファー・ノーラン監督の最新作にして自身の最大のヒットを記録更新している『オッペンハイマー』が、今シーズンの映画賞レースを席巻。第96回アカデミー賞では最多13部門にノミネート、助演男優賞、撮影賞、編集賞、作曲賞、主演男優賞、監督賞、作品賞の7部門での受賞を達成した。
本作は第二次対戦下における核兵器開発プロジェクト「マンハッタン計画」のリーダーとして原子爆弾を開発した天才物理学者であるロバート・オッペンハイマーの混沌に満ちた半生を描く。戦後は核兵器という手に負えない"怪物"を生み出してしまったことへの恐れから、さらなる威力を持つ水爆開発へ異議を唱えたことにより、赤狩りの対象となり公職を終われたオッペンハイマー。その矛盾と苦悩を孕んだ人物を演じ、アカデミー賞主演男優賞を獲得したのが、アイルランド出身の俳優キリアン・マーフィーである。
『バットマン:ダークナイト』三部作(2005〜12年)、『インセプション』(10年)、『ダンケルク』(17年)などノーラン作品でもバイブレイヤーとして存在感を見せた個性派俳優が、初めて主演に抜擢された。出会ってから20年、ノーランはマーフィーに電話をし、「これだ、これだよ。君が主役になる時が来たんだ。君は、自分の才能のすべてをかけて、"ある人物"になり、これまでにないやり方で自分を試すんだ」と説得したという。
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「脚本を読む前に『イエス』と答えたんです。クリス(=ノーラン監督)が親切にも私の役を考えてくれる時は、いつもそうなんですけどね。私はこの役の重要性を理解していたつもりです。これが人類や歴史にとって、非常に重要な物語であることはわかっていましたから。でもキャリアの中でこのような役をオファーされることは滅多にないことなんです。だから飛び込むしかなかった。クリスのような才能のある映画監督と仕事をすることになれば、それは当然のこと。迷いはまったくなかったですね」
『メメント』(2000年)や『インソムニア』(02年)を観た時からノーランのファンになったというマーフィーは、「彼の作品ならどんな小さな役でも駆けつける」という信奉者でもある。けれど、オッペンハイマーを演じることは、幸運であるとともに大きなチャレンジでもあることは間違いない。
「世界を変えたアイコンを体現しようとすることに、大きな責任を感じました。でもクリスが指揮を執っている時点で、私は最高の監督の手に委ねられていることもわかっていました。それに私は挑戦が大好きなんです。そういうプレッシャーにさらされる仕事に惹かれます。実際はプレッシャーがありましたが、ちょうどいい加減だったとも思います。とても安全な環境で仕事ができていると感じられましたから」
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映画はスパイ容疑をかけれたオッペンハイマーの1954年の聴聞会と、彼と水爆開発を巡って対立した原子力委員長ルイス・ストローズの1958年の上院での公聴会を対比構造で描く。狭く息苦しい小部屋で行われたこの理不尽な聴聞会後、オッペンハイマーは公職を追われることになるのだが、彼の回想とともに観客はその半生を巡る。クローズアップを多様したカメラワークは、天才科学者のその複雑な内面をスクリーンにあぶり出す。
「彼の幼少期、形成期、子ども時代について資料を読めたことは、(演じる上で)たいへん助けになりました。なぜなら、それらは大人になってからの彼の姿に大きく影響しているからです」
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物理学を必要以上に学ぶことはなかったが、著名な物理学者でノーラン作品のアドバイザーとして度々クレジットされているキップ・ソーンにも相談し、物理学者についてアドバイスを受けたという。
「キップ・ソーンは、オッペンハイマーが若い頃に行った講義に出席したことがあったので、講義をするときの彼の動きやパイプの持ち方など、話し方について話を聞くことができました。それは役作りの上で、とても役に立ちました。そうやって膨大な量の情報や他の人の話を参考にしたのですが、それらはある種サブリミナル的な形で存在し、現場ではあくまでも脚本を軸に演じていました」
"キャリア最高"と称賛される演技によって、キリアン・マーフィーは、BAFTA(英国アカデミー賞)、ゴールデン・グローブ賞(映画ドラマ部門)、SAG(全米俳優組合賞)など名だたる映画賞の主演男優賞を総ナメにしている。
実際、私たち観客は、まったく異次元の視点で世界を見ているであろう天才の人間味を、彼が作り上げたロバート・オッペンハイマーによって感じ、共感するのだ。
●監督/クリストファー・ノーラン
●出演/ キリアン・マーフィー、エミリー・ブラント、マット・デイモン、ロバート・ダウニー・Jr.、フローレンス・ピュー、ジョシュ・ハートネット、ケイシー・アフレック、ラミ・マレック、ケネス・ブラナーほか
●2023年、アメリカ映画
●180分
●配給/ビターズ・エンド
●2024年3月29日(金)より全国ロードショー IMAX®劇場 全国50館 同時公開
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www.oppenheimermovie.jp
text: Atsuko Tatsuta