「アメリカ映画の定義を変えることができたと思う」映画『パスト ライブス/再会』主演のグレタ・リーが語る、ハリウッドの現在とは?

インタビュー 2024.04.04

第96回アカデミー賞で、メガヒット作『オッペンハイマー』や『バービー』と並び、ある新人監督の作品が作品賞と脚本賞にノミネートされた。A24製作、セリーヌ・ソン監督の初の長編映画で、彼女の自伝的な内容を帯びる『パスト ライブス/再会』である。

12歳の時、韓国からカナダへと移住した少女ノラは、24歳で初恋の相手ヘソンとSNSを通じて再会。ソウルとニューヨークと距離は離れていても、誰よりも心が通じ合う感覚。しかしふたりにはそれぞれの将来設計が。月日は流れ、36歳の時、ヘソンは意を決しノラに会いに来る。ひとりの男性が人生を切り開いていく中で、ずっと心の支えとしたノラを演じたのはグレタ・リー。ロサンゼルス出身の韓国系移民2世で、名門ノースウェスタン大学で演劇を学んだが、長い間アジア人女性という枠の中での限られた役しか与えられてこなかった。ガラスの天井を打ち破るために、彼女はプロデューサーとして企画を立て模索し、40歳でブレイクスルーとなるノラ役と出会った。口コミで全米中に公開が拡大し、グレタの存在も注目され、ファッションアイコンとしての地位も高める彼女に話を聞いた。

――あなたの演じたノラは12歳でノーベル賞を取りたいと願い、24歳ではピュリッツァー賞、36歳ではトニー賞と、常に「something=何か」になることを目指す知的な女性です。ノラ役はセリーヌ・ソン監督のこれまでの歩みが反映されていると同時に、移民二世であるあなた自身の、俳優として苦労しながら幅を広げてきた半生とも重なり合う女性です。演じる上ではセリーヌとご自身の要素をどういう比率のブレンドで演じられたでしょうか?  

初めて脚本を読んだ時から、ノラのイメージはとても明確に見えていました。でも次第に不安が増してきたの。「私に韓国人が演じられるかしら? 私ではアメリカ人すぎないかしら? 韓国語がうまく話せないのでは?」と。主演は初めてだったから、正直「いまの私に務まるかしら」とも思いました。なので、私自身が幼い頃に観たかった映画とヒロイン像を思い描くようにしたの。そもそも、私のような外見のヒロインが登場するアメリカ映画はほぼゼロで、これまで私とは違うタイプの人間に、自分を投影して映画を観てきた。だから「これは二度とないチャンスかもしれない」と思うようにしたんです。ノラは私自身が理想とする人物像として演じようと決意したことで、ある意味、これまでのキャリアにおいて、最もセルフエスティメイト(=自己中心的)でクリエイティブな経験でした。

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――ノラは自分の夢が幼い頃から明確で、恋に揺れても、恋のためにキャリア設計を諦めたり、変えたりしません。こういうヒロインはなかなか日本映画では見ることができなかったので、感激しました。

日本映画では彼女のようなヒロインは少ないと言われたけど、それはアメリカ映画でも一緒。ノラのように求めているものが明確で、強い女性を映画の中で描くのは、まだまだ躊躇されています。男性の場合は、映画の中でこの人物は何歳までに何を達成したいのか、目標がきちんと設定されることが多いけど、多くの女性のキャラクターはそうじゃない。だからこそ、ノラを演じるのがすごく楽しみでした。私にとっても、他の女性たちにとっても、ノラが現実の女性像だとわかっていたから。彼女には、愛がある故の脆さや優しさもあり、それに伴う不安の感情も表現できる。これらの要素は、この映画にぴったりだと思いました。

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ニューヨークで24歳になったノラは、スカイプ通話で韓国に暮らすヘソンと会話するようになる。

――ノラとヘソンは24歳の時はまだ仕事のキャリアが駆け出しで、長距離を飛び越え、会いに行くことができません。でも36歳の時は、ヘソンが韓国からニューヨークへとやってきます。24年ぶりに再会したヘソンについて、ノラは「too much Korean=韓国っぽすぎる」 というような表現をしていました。それはヘソンが幼い頃から韓国の激しい競争社会を果敢に生き抜こうとしている男性であることを示し、ノラはそのことを否定せず、故郷の懐かしい存在としてリスペクトする。あなた自身は、ややマチズモな社会を生き抜くため、初恋の少女の残像を心の支えとするヘソンをどう感じますか? また、ヘソンを演じたユ・テオさんの人間性が表れ出ていると感じた場面があれば教えてください。

テオは韓国にルーツはあるけど、ドイツの移民で、私はいつも彼をとてもドイツ人的だとからかうの(笑)。彼がヘソン役にぴったりな理由のひとつに、彼がドイツで生まれ育ち、ドイツ文化独特のメランコリックな要素を持っているところ。私はヘソンという人物にすごく共感できる。男性優位な社会で育ち、成功しなければいけないというプレッシャーの中で生きている。それは現代女性が直面する現実とも似ていると思う。そんな共通点があるのは正直驚きでした。人生を歩む中で、時に方向性を見失い、「なぜ自分はいまここにいるのか」と自問することってあるでしょう。自分にとって何が大切なのかってね。役者としてテオと話し合った経験は、ノラとヘソンの関係性を描く上で非常に役立ったわ。

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――映画の中でイニョン(縁)という言葉が重要な考え方として出てきます。実生活で多くの時間をともにしたり、恋人として身体的に深く結びついたりすることとは別に、離れていても現世では無理でも、生涯切っても切れぬ関係性のことかと感じましたが、グレタさん自身はイニョンという考え方に親和性を持ちますか?

私自身は韓国におけるイニョンという概念をあまり知らずに育ちました。祖父母の世代が口にしていた言葉で、小さい頃は、あまり共感もできなかったから、私の人生には直接影響がなかったの。でもこの映画に参加し、完全に変わりました。イニョンは決して抽象的でも、高尚な概念でもなく、日常にある価値観だとわかったから。それは、いま目の前にいる相手と、もしかしたら前世や来世でも繋がっているかもしれないという考え方。もしかしたら結婚相手かもしれないし、単に道ですれちがうだけの相手かもしれない。人はそういうふうに繋がっているのだと気付けて、いまとなってはうれしく思います。また妻として、親として、私たち人間の実存主義的な生き方も意識するようになりました。あまり暗い話はしたくないけど、人生は儚く、いつかは終わりを迎える。だから輪廻とか、イニョンという考え方は、私たちが死と向き合わなければいけない時、それを受け入れるための美しいひとつの手段なのかもしれない。人生は一回きりということを理解する上でね。

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36歳になったヘソンは、ノラに会うためニューヨークへとやってくる。ノラは演劇系の仕事に就き、作家のアーサーと夫婦生活を送っていた。

――20歳の時から20年近く、アメリカのエンターテインメントの中で、数少ないアジア人女性の役柄を広めるために活動されてきたわけですが、この『パスト ライブス/再会』での大成功で、ガラスの天井は一気に破れるような状況になったでしょうか?

それはとても複雑な質問だから、私には答えられないかもしれない。正直、何も確信は持っていないけど、こういうチャンスはもっと早く来るべきだったと感じている。もちろん私だけではなく、私のようなアジア系の外見の役者全員にね。『パスト ライブス/再会』のような物語の中心となる人物を、アジア系俳優が演じられる機会が訪れるのに、こんなに時間がかかったことが信じられないくらいです。この映画を作ったことによって、アメリカ映画の定義を変えることができたと思う。この映画は私がキャリアをスタートさせたニューヨークで撮影したの。アメリカンドリームの象徴でもある自由の女神の前でも。A24と組んで、韓国語のセリフで、35ミリカメラを用いて撮影できたことは、大きな前進であると感じます。同時に、これで他の人にも大きく道が開けたかどうかは、まだ慎重にならざるを得ないわ。それが今後の最大の課題だと思う。この映画が例外にならないように。

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――コロナ禍で中断されてしまいましたが、2021年に、A24の製作でキャシー・パーク・ホンの自伝的エッセイ集をテレビ映画化した『Minor Feelings』で脚本、製作総指揮、主演を務める予定だったと聞いています。この本は、アメリカ社会で見えない存在として扱われがちなアジア系移民の憂鬱について描かれたものです。以前から、ご自身のプロデュースで数々の企画を立てられていますが、その中のひとつとして、1950年から60年代のアメリカの音楽シーンで成功を収めた韓国生まれのアメリカ人女性ヴォーカルグループで、3人姉妹のユニットであるキム・シスターズの映画化をいつか実現したいと思っているという発言をあるインタビューで読みました。彼女たちの企画に惹かれる理由を教えてください。

私は苦難を克服した人の物語に惹かれるんだと思う。キム・シスターズはK-POPグループのはしりだと言えるわ。幼い頃は彼女たちの存在を知らなかったけど、最近になって、1960年代の「エド・サリヴァン・ショー」など有名なテレビ番組で、彼女たちが歌っている映像を目にしたの。エルヴィス・プレスリーなど、アメリカの人気アーティストの曲をカバーしていて、すごく革新的だと感じました。訛りのある英語を話す3人の韓国系女性が、敷居を超えて西洋の文化に飛び込んでくるなんて、すごく大胆で度胸がいるでしょう? 朝鮮戦争をはじめさまざまな壁を乗り越え、さらに3人とも20種類くらいの楽器を演奏できる。同時に私は、いままで語られてこなかったストーリーにも興味がある。キム・シスターズに惹かれるのは、人々に知られていない歴史の一部だからです。見落とされ、話し合われてこなかった事柄を、映画を通してできるだけ広く伝えるという責任をたまに感じることがあるんです。

――あなた自身の生活をお聞きします。劇作家のノラのように、ニューヨークのブルックリンで長い間過ごされていたのに、子育てのために西海岸の豊かな牧草地に引っ越されたと聞いています。ヤギを飼っているという噂は本当ですか? また、日々大切にしていることを教えてください。

声を大にして言うけど、決して農場には暮らしていないわ、それは私には無理(笑)。でもニューヨークから、ロサンゼルスの牛の放牧に使われていた土地に引っ越したことは事実。だから生活はがらりと変わりました。そして、ヤギではなく、鶏を飼っているの。大きな庭があり、ブルックリンの頃よりもスローで静かな日々を送っています。いまは自宅での穏やかな生活とハイペースで緊張感のある俳優業とで、いいバランスが取れている。オフの時は、大きな帽子と手袋を身に着け、シャベルを持ってハーブ畑で作業をすることで、心を満たしてリフレッシュしているの。

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Greta Lee/俳優 1983年、ロサンゼルス生まれ。ノースウェスタン大学で演劇を学び、2006年に「LAW & ORDER:性犯罪特捜班」でドラマデビュー、07年にブロードウェイデビューし、舞台でも活躍。映画『スパイダーマン:スパイダーバース』(18年)、『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』(23年)では声優も務めた。ロエベ(LOEWE)の2024年春夏プレコレクションキャンペーンにも登場。次の出演作として『トロン:アレス(原題)』(2025年アメリカ公開予定)でジャレッド・レトとの共演が決定している。
『パスト ライブス/再会』
●監督、脚本/セリーヌ・ソン
●出演/グレタ・リー、ユ・テオ、ジョン・マガロほか
●2023年、アメリカ、韓国映画
●106分
●配給/ハピネットファントム・スタジオ
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https://happinet-phantom.com/pastlives

text: Yuka Kimbara

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