クリエイターの言葉 ピアニスト、ヴィキングル・オラフソンの人生の指針となる音楽とは?

インタビュー 2024.07.30

バッハは自分にとって人生の指針となる音楽。

ヴィキングル・オラフソン|ピアニスト

ヴィキングル・オラフソンの演奏は、初めて聴いた人に衝撃を与え、聴き慣れた作品でも新たな発見を促し、音楽を聴く真の歓びに目覚めさせる。彼は「革命児」と呼ばれるようにそれぞれの作品に新風を吹き込み、洞察力の深さで勝負する。彼の演奏は、バロックから近現代まで幅広く、特に現代作品には積極的に向き合う。

オラフソンは2023年12月の来日公演で、J・S・バッハの『ゴルトベルク変奏曲』を演奏。これは同年4月に満を持してアイスランドで収録され、世界中で絶賛された。この1年をかけ世界各地で88回のリサイタルを組んでいるが、そのすべての演奏が『ゴルトベルク変奏曲』で、ほかはいっさい弾かない。

「25年前からこの楽曲を演奏していますが、録音するためには十分時間をかけたかったのです。バッハは音楽の父と呼ばれますが、私個人にとっても音楽の父であり、人生の指針となる音楽を書いた人 です。88回の演奏会を同じ曲で通すというのは、ほかの作曲家の作品ではできません。バッハだからこそ可能なわけです。何度弾いても飽きないですし、常に新たな光が見える。各地で演奏する場合、ホールも楽器も聴衆も異なります。それらの条件をすべて受け入れ、自分の最高の音楽が披露できるよう努力します。一度、同じ曲でツアーを通すということに挑戦してみたかった。それを通じて自分が どのように変化するのか確かめたかったから」

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昔からJ.S.バッハ『ゴルトベルク変奏曲』を愛奏し、その演奏を聴いたドイツ・グラモフォンが2016年に録音契約を結ぶ。フィリップ・グラス、ドビュッシー、モーツァルトなどの録音を経て、ついに『ゴルトベルク変奏曲』の録音に踏み切った。23年冬の来日公演でも同曲を演奏し、驚異的な集中力と緊迫感のなかに自由さと解放感を内包した特有のピアニズムで聴衆を虜にする。●J.S.バッハ『ゴルトベルク変奏曲』ユニバーサルクラシックス¥3,080

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『ゴルトベルク変奏曲』は美しく静謐なアリアから始まり、それが30の変奏曲となり、最後に再びアリアが訪れる。

「私はこの曲を人生に例えます。最初のアリアは誕生を意味し、やがて苦難や悲劇に遭遇し、各々の変奏曲がそれを表現する。最後のアリアの前には、バッハが民謡を採り入れています。これは人生の歓喜を表現しているようです。そしてアリアが再登場。ここでようやく家に戻り家族とともに過ごすわけですが、やがて人生の終わりを迎える。曲は人生の旅を意味していると思います」

オラフソンは曲間をほとんど空けず、即座に次の曲へと進む。そのスリリングな音の運びは、聴き手の集中力をも喚起する。

「私はすべてを俯瞰して考えたい。装飾音はあまり入れません。バッハの書いたシンプルな音符を重視し、その魂に寄り添いたい」

ドイツ・グラモフォンの録音契約により、オラフソンの人生を大きく変えた『ゴルトベルク変奏曲』。一時期はこの曲から離れて自分を見つめ直し、再び戻ってようやく録音へと気持ちを向けたという。おしゃれでストイックで視野が広い。次なる挑戦も期待大!

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VÍKINGUR ÓLAFSSON/ヴィキングル・オラフソン
1984年、アイスランド生まれ。ニューヨークのジュリアード音楽院で学ぶ。各地で音楽祭を創設し、庄司紗矢香、ビョーク、オーラヴル・アルナルズともコラボレーションを行う。毎回、斬新な新譜をリリースし、大きな話題となっている。

*「フィガロジャポン」2024年3月号より抜粋

photography: Markus Jans text: Yoshiko Ikuma

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