旅と人を愛する作家の"発見がある"日常。
イ・ビョンリュル|作家
1988年ソウル芸術大学文芸創作科卒業。95年、韓国日報新春文芸に入選、詩人として文壇デビュー。96年から2008年までラジオ局放送作家としても活動。現在は、韓国の出版グループ、文学トンネの出版社タル(月)の代表も務める。
韓国の国民的詩人イ・ビョンリュルが、自身の旅を感性豊かな文章と写真で綴ったエッセイ『いつも心は旅の途中』。本国で100万人以上の読者に長く愛されている本作について、彼はこう語る。
「自分の感情をさらけだす必要性について疑問を抱くと同時に、文学人特有の肩に力の入った作品やエッセイはすでに多く存在することに気付きました。そこで初校の半分を削り、旅先で書き留めていたメモや写真を挟むことで、独自のストーリーの温度を作れるのではないかと思ったんです。多くの人に共感してもらえたらいいな、私と視点の近い読者の方々と出会えたらいいな、と想像しながら」
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多忙な中でも長年ひとり旅を続けているのは、作家として経験を積みながらも、時に空っぽになる時間が大切だからだ。
「見知らぬ土地に行くと、血流が正常に戻って鼓動を感じられる気がします。思えば、以前は愛する人が現れたら、将来安着するとしたらどの都市だろうと、取捨選択しながら旅先を探していたのかもしれません。でも近頃は、スリッパを履いて少しの紙幣とカードを手に日常を過ごせる、幾度も足を運んだ場所に惹かれます。観光客のいない路地裏を一日中歩きながら、自分がその都市になじんでいるような空気感に悦びを覚えるんです」
現地の生活を肌で感じる活気ある市場と、現地人や旅行者が行き交う駅が好きだという彼の文章と写真は、旅先で出会った各国の人々の暮らしや感情が垣間見えるようなエピソードであふれている。
「市場にいる人々が愛おしく思えて、会話を交わすため必要ないものを買ってしまうこともあります(笑)。駅では漠然と人々や時刻表を眺めているうちに、目的のない目的地に引き寄せられることも。辿り着いた先に何もなくても構いません。汽車の中での高揚感が楽しめますから。ここ数年は、そんな旅をしてみたい、旅の始め方がわからないという読者とともに国内外を旅することも増えました。旅行会社に頼らず飛行機や宿を自ら手配し、旅先では言葉が通じなくてもコミュニケーションをとることが大事なのだと伝えたくて」
旅が日常ともいえる作者が数年前のパンデミック期をどのように過ごしていたのか、気になり問うと「植物を育てたり、詩集や散文集の準備をしたりと、それなりに有意義に過ごしました。ただ私は、旅と同じくらい"人"も大好きなんです。なので、旅に出られなくても限られた中でたくさんの人に会いに行きました」と、穏やかに答えた。旅と人をこよなく愛するイ・ビョンリュルの日常は、きっとこの先も心導かれるままに続いていくのだろう。
これまで140カ国200都市以上を旅しながら、自らシャッターをきり、各国で出会った人々とのエピソードを、感情豊かに繊細に描いた旅のエッセイが待望の日本語翻訳版として刊行。唯一無二の感性を持つ作家のフィルターを通して映し出される世界は、意外に日常的で人間味にあふれている。韓国で100万部超の大ベストセラーを記録し数々の文学賞を受賞。多くの人々の共感を呼んだ一冊。
*「フィガロジャポン」2025年1月号より抜粋
text: Juri Honda