多様性を鮮烈に描く、ド直球なコメディ!
ショーン・ベイカー|映画監督
1971年、ニュージャージー州生まれ。2000年、映画監督デビュー。15年、iPhone5sで撮影した『タンジェリン』で注目を集め、『レッド・ロケット』(21年)でカンヌ国際映画祭コンペティション部門に初選出。今作で同映画祭パルムドール受賞。
インディーズ映画界で異彩を放ってきたショーン・ベイカー監督が再び脚光を浴びている。
2024年のカンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールを受賞、その後数々の映画賞を受賞し、アカデミー賞では作品賞、監督賞を含む主要6部門でノミネートを果たした。(編集部註:その後第97回アカデミー賞においては作品賞、監督賞、主演女優賞、脚本賞、編集賞を受賞。ショーン・ベイカー監督は、アカデミー賞史上初となる単一作品で最多4つのオスカーを獲得するという快挙を達成した。)
「まさかパルムドールを受賞するなんて思ってもみなかったから驚いたよ。カンヌのコンペに参加できただけでも幸運だからね。僕は常にハリウッドの主流と外れたところで映画を撮っているし、『ANORA アノーラ』も題材のせいで賛否があると思っていたんだ」
低予算ながら、2000〜3000万ドル規模の作品に見えるよう、美術にもかなり力を入れたというが、「なぜここまで成功したのか、僕自身も本当のところわからないんです」とベイカー。
「アクションなどに頼らない大人向けのドラマが最近では珍しかったからかもしれない。観客席で笑いが起こっていて、そのせいで"沈黙"がよりインパクトのあるものになるという具合に、コメディが上手くいっているような気がしたよ」

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ベイカーは、出世作『チワワは見ていた ポルノ女優と未亡人の秘密』(12年)から前作の『レッド・ロケット』(21年)まで性産業従事者に寄り添う作品を作り続けているが、『ANORA アノーラ』もロシア系移民の若いストリッパーの女性が主人公である。
「『チワワは見ていた』の準備段階でセックスワーカーと知り合い、語られるべき話がたくさんあることに気付いたんだ。5本続けてこの題材で映画を撮るとは思ってなかったけれど、僕は常にその世界からインスピレーションを受けている。彼女らの汚名を払拭するような物語を描くことは、僕にとってのある種のゴールだね」
アノーラは留学中のロシア人の富豪の息子イヴァンと7日間の"契約彼女"となるが、ふたりは恋に落ちる。『プリティ・ウーマン』(1990年)を彷彿とさせるシンデレラストーリー設定で始まる物語は、30〜40年代のスクリューボールコメディ風のロードムービーへと発展し、さらに大きく転換する。
「映画が1時間経過した時点で、観客の足元からラグを引き抜いてみたいと思ったんだ。現実を見せるんです。ハリウッドのメインストリームとはかけ離れた構成なので、それは大きな挑戦だった」
『ANORA アノーラ』は楽しい映画だが、それだけでは終わらない。性産業従事者、移民といったマイノリティ、経済格差をウィットに富みながらも鮮烈に描く、アメリカのダイナミックスを表象して見せる。アノーラの華麗なキックのように、ド直球で心に刺さる。
ニューヨークに暮らし、ストリップダンサーとして働く"アニー"ことアノーラ。職場のナイトクラブでロシア人の御曹司イヴァンに出会い、"契約彼女"として7日間を過ごすことになるが、恋に落ち衝動的にラスベガスで結婚!「息子が娼婦と結婚した」と聞きつけたイヴァンの両親は、結婚を解消させるべくロシアから屈強な男たちを送り込んできて......。
●新宿ピカデリーほか全国にて2月28日から公開。
*「フィガロジャポン」2025年4月号より抜粋
text: Atsuko Tatsuta