ハッチー/シンガーソングライター・ミュージシャン

1993年生まれ、オーストラリア・ブリスベン出身。本名はハリエット・ピルビーム。早くからギター、ベース、ピアノ、クラリネットを習得。バンド活動中に知り合ったジョー・アギウスとハッチーを結成、デビュー曲「Try」(2017年) が評判に。ハッチーとは彼女の愛称。21年にふたりは結婚した。
恋愛映画から感じた心の揺らぎを、歌詞と音楽に。
ハッチーの最新アルバム『リコリス』は、これまでの作品と比べて歌詞の存在感が際立っている。中心人物のハリエット・ピルビームは、今回初めて言葉を重視する制作に取り組んだと話す。インスピレーション源となったのは、『シェルブールの雨傘』といった60年代の映画や、『ブルーバレンタイン』『スライディング・ドア』といった恋愛映画だ。
「恋愛映画が好きなのは、自分がまだ経験していない感情に気付けるから。恋愛って簡単じゃないし、映画はその複雑さをいろんな角度から見せてくれる。そこがおもしろいと思う」
そのため今作の歌詞には、期待と失望、皮肉、空虚さ、自嘲やユーモアが混ざり合う。恋愛が持つ不確かさや迷いがテーマとなり、曲ごとに異なる視点が描かれる。制作の姿勢も前作とは大きく異なる。コロナ禍で制作した前作は、時間がありすぎたゆえに音を重ねすぎた、と振り返る。
「今回はその反動もあって、できるだけシンプルにしたかった。削ぎ落とすことで曲の良さが見えてくるし、表現としても強く美しくなると思った。そして、いかにしておもしろい曲を描いていくかということが、今回の挑戦だったの」
曲を1日で書き上げることはやめ、時間をかけて自然に形になるのを待つ方法へと変えた。ギターやベースは自ら演奏し、プロデュースは女性ひとりにお願いしたいと、ジェイ・ソム名義でソロ活動もしているメリーナ・ドゥテルテに依頼。さらに、同郷オーストラリア出身のドラマー、ステラ・モズガワが参加し、穏やかな環境のなかで制作を進めた。浮遊感のあるギターとリヴァーブを効かせた歌声が大きな特徴で、彼女が多大な影響を受けたコクトー・ツインズのようなドリームポップ感にあふれている。
「彼らの音楽はメランコリックなのに、歓喜にあふれているサウンドが魅力なの。だからこのアルバムも感情の旅のような構成で、最後には歓喜のハイエナジーな曲を持ってきた」
ハッチーはハリエット単独のプロジェクトと思われがちだが、実際には彼女とジョー・アギウスのふたりによるものだ。バンド活動を通じて20歳の頃に出会い、互いを支えながら音楽活動を続け、2021年には結婚した。長く続くパートナーシップの秘訣を尋ねると、ハリエットはこう答えた。
「コミュニケーションを欠かさないこと。モヤモヤした気持ちを隠さないこと。一方で、ひとりの時間も大事にすること。お互いの変化を受け入れて、一緒に成長するように努力すること。本当に愛しているのだったら、この関係を続けるためにお互いが妥協点を見つけることも大切よ」
音楽と私生活、創作と現実。その双方を共有しながら完成した『リコリス』は、新たな表現の門出となる作品だ。

『リコリス』
ビッグ・ナッシング/ウルトラ・ヴァイヴ ¥2,750
3枚目のアルバム『リコリス』では、ほぼハリエット、ジョー、ドラムのステラの3人で演奏・録音し、浮遊感のある心地いい音楽空間が生まれた。全11曲中9曲をハリエットが作詞・作曲、2曲の作曲をジョーが担当、作詞は共作。
*「フィガロジャポン」2026年3月号より抜粋
photography: Bianca Edwards text: Natsumi Itoh




