【犬山紙子】中年になって楽になった

文:犬山紙子

中年になって楽になった。
これは私だけじゃなく、様々な女性が口にしているのを聞くので、ある共通項で結ばれる女性が感じることなんだろう。

私は今38歳で中年期に入ったばかり。正直38歳なんてまだまだ若い。体がしんどいことも増えたけど、平均寿命を考えると「中年なんてギャルじゃん」くらいの感覚でもある。なので、中年の話だけど自虐文脈の話でもない。単純に「中年」と呼ばれる年齢に入ったからそう言っているだけだ。

ちなみに、おばさん自虐は繰り出すコストが低いのでついやってしまいそうになるけれど、その後に「こんなにも生命力に満ちあふれているのに……嘘ついちゃったな……」「他の同世代の人も一緒に虐げてしまった」と後悔して嫌な気持ちになるので、するもんじゃないなとも思う。
(おばさん自虐のコストの低さは、年齢を重ねること=自虐するようなこと、という認識が世間に多いため。自虐と相手との障壁が少ない)
(自虐じゃないおばさんコミュニケーションは非常に楽しいのでおばさんという言葉を狩るつもりは毛頭ない)

中年、まだまだ若いし青い。まだまだ学びたいことであふれているし、未熟さに顔が真っ赤になることもたくさんあるのだ。
でも、それでもなぜ中年と呼ばれる年代に入ると楽になるのか。
どのような共通項のある女性が「中年になるとほんとうに楽!」と感じるのか。

それはきっと一つだけじゃないけれど、「女性は男性に評価されなくてはいけない、それこそが価値である」という呪いがかかっていたかどうかがとても大きいと思う。

「女性は若さに価値がある」という世間の定めた若さから抜け出して、呪いの外側に立つことがやっとできた。俯瞰とまではいかないが、ようやく冷静に見つめられるようになったのだ。

その立場からだと、おばさんと揶揄されようが「あなたのジャッジを押し付けてこようが、私には関係ないので屁でもありませんよ〜」と言える。「まだイケる」もだ。「自分がイケるかイケないか、わざわざ伝えてくるの、何様のつもり? そんなセクハラコミュニケーションを日常的に行なっていて大丈夫?」って話なので切り捨てる。
私は自分がセクシーだと思えるかどうかを大切にする、それだけだ。

そう、中年になってからやっとわかったのだ。「男性から性的に評価が高い」とされている時代のほうがしんどいということを。常に監視の目の中にいるようで自由にできない。しかもその監視の目はセクシャルなもので、永遠にぬるいセクハラの沼の中を泳ぎ続けているような感じだ。そして泳いでいる最中はなかなかその正体に気が付けない。むしろ「ありがたいことなのかな?」くらいに思わされる。「価値のあるうちに!」と焦りだって生まれてしまう。そして男性に評価されないのは自分に責任があるような、自分が悪いような気にさせられるのだ。生きている価値がないような気がするのだ。全然そんなことないのに。この呪いにかかっていなかったら、どれだけ10代20代は輝いたんだろう。

---fadeinpager---

最近、この呪いをはねのけている若い女性も見かるようになって、その姿が本当に眩しい。彼女らは自ら思考して、勉強して呪いを吹き飛ばす術を獲得したのだ。なんて頼もしくかっこいいことか。

対して私は呪いにズブズブで思考停止してしまっていた。「みんな自由な生き方があるし干渉されるものでもない」と頭では理解していたけど、モテなきゃいけない、いつかは私も結婚しなきゃいけない、パートナーがいない自分は孤独だ、と思っていた。思ってしまっていたから呪いは漏れ出て、周りにも振りまいていた。「愛され」という言葉にケッと唾を吐きながらも、結局は内面化しており、その唾は自分の顔面に降りかかっていた。

この呪いの再生産について心底反省していて、何かあるたびに謝罪をしているのだけど、どれだけしても足りないものだと思っているのでここでも謝罪したい。
私は過去、人を分断するようなカテゴライズをしたり、女性を勝ち負けで表現したり、自虐を振りまいては同じ属性の人を一緒に虐げたりしていた。謝罪をしてもしきれない。

デビュー作の『負け美女』は「美女とされる人たちも人生イージーモードじゃないから!」と友人たちを見て思いエピソードを綴ったもので、その叫び自体は今も変わらずあるし、宝物のような作品だけれど、「負け」の部分が呪いの再生産だと痛感する。人を勝ち負けで考えてしまうのは本当に浅はかで、自分自身を苦しめる考え方だ。

謝罪とともに、少しでもこの呪いの正体を見つめ、少しでも解除のお手伝いができたらと思う。

そもそもなぜこんな呪いが生まれたんだろう。
男性が若い女性を好む、求愛するという性質があるから、だけではこの呪いは生まれない。「男性に求愛されなければ終わりだ、女性の立場で自分の面倒を見続けるお金を蓄えるのは難しいんじゃないのか、生きていけないんじゃないか」と女性が思わされてしまう社会だからこそ、この呪いは生まれるんだろう。不安だから何かにすがりたいし、不安だから呪いにすぐかかってしまう、かからざるを得ない。

シングル「マザー」の貧困率は半数に登る。女性だと一人で子育てをしながら正規で雇われることにハードルがあるのだ。主要先進国での日本の男女間賃金格差は最下位だ。子供を持つと、女性側がキャリアを断念する方に圧が働く仕組みになっている。マミートラックなんて言葉もある。だからと言って子供を産まなければ周りから偏見をぶつけられて生きづらい。

そりゃ呪いも生まれるし、呪いにもかかるよって話なのだ。アドバイスのていをとった呪いも蔓延するはずなのだ。中年になり、セクシャルの監視からは解放されて楽になったけど、生き続ける不安までもが解放されるというわけじゃない。だから、今呪いにかかっている人に対して私は厳しいことを言えない。そりゃそうだよ、そう思っちゃうよ、かかるよ呪い。でも呪いから抜け出しても、状況は悪くならないからどうか安心して。

呪いから抜け出せたら、冷静に人生を見つめられる。女性だから男性に頼らないと生きていけないんじゃなくて、人は誰かに頼らなきゃ生きていけないんだよ、それは当たり前のことだから恥じたりしなくていいんだよってこともわかるようになる。不必要に自分を責めたり、不必要に誰かに魂を売ったりしなくていいこともわかる。

女性だから、男性だからじゃなくて、大切な人と頼りあえたら、その関係性はパートナーでもいいし友人でもいいし、そうできたら本当に楽になれる。

呪いが解けて何が楽になったか。それは自分を不必要に責めないようになること。自分が主体性を持っていいと思えること。自分に誇りを持っていいことがわかること。堂々と誰かに頼って、誰かに頼ってもらえること。

中年は若いと書いたけど大人でもある。社会に向けて呪いをなくすために、根本的なところから声を上げ続けることはやっていく、それが中年の、大人のやるべきことだと思っている。自分の時代より若い世代の環境がより良くなってなくちゃ嘘だもの。

200715_kamiko_inuyama_01.jpg

©KAMIKO INUYAMA


この記事に対して「男も大変なのに女ばっかり大変みたいに!」みたいな過剰な文脈を汲み取ったコメントがつくかもしれないので、最後に。男性も男性でもちろん大変で、それはそれで声を上げていけば良いんだと思う。社会には様々な差別があって、それが重複することもあるわけで。男対女の問題じゃなく、様々ある差別をどうなくすか?という話なので。だから、女性の大変だ!という声を別の何かを例に挙げてかき消そうとすることは何も生まないはずです。

イラストレーター、エッセイスト。1981年、大阪府生まれ。2011年『負け美女 ルックスが仇になる』(マガジンハウス刊)にてデビュー。

日本テレビの「スッキリ」をはじめ、コメンテーターとしても活躍。2017年に1月に長女を出産。

Share:
  • Twitter
  • Facebook
  • Pinterest

Recommended

BRAND SPECIAL

Ranking

Find More Stories