文:犬山紙子

ギャルが好きだ。
1981年生まれの私が女子高校生だった頃、ギャルが元気だった。放課後街を歩いていると目立つギャル軍団。「うちら最強」オーラを放ちながら歩く彼女たちをいまいち垢抜けない私はじとっとした眼差しで追いかけていたものだ。自分のこと最強って思えること、それを一緒に共有できる友人がいること。そんなの羨ましすぎる、なりたすぎる。しかし素直にその気持ちを認めることもなかなかできなかった。

コムデギャルソンを崇拝しているけど、ギャルも気になる、ギャルもやってみたい、そんなことっていいのだろうか? 構築的な服に自意識をのせてなんとか保っていたのに、南国ムード漂うボディコンシャスなファッションに方向転換してしまったら、自分本体に自信がない私はどう自分を保っていいのかわからない。でもでも、あの開放的で自信たっぷりに見える姿に強烈に惹かれてしまう。スキンヘッドでギャルソンを着こなす仙台FORUSのお姉さんが世界一かっこいい人のはずなのに、街中で最強に見えるギャルにもなってみたいのだ。ギャル雑誌を買ってはバービー人形のような山田さゆきちゃんに憧れていた。

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photo : Kamiko Inuyama

結局、高2の冬に友達とおそるおそるギャルデビューを果たす。ギャルデビューと言っても、放課後メイクしてルーズ履いて仙台のEBEANS(当時仙台のギャルといえばEBEANSだった)にラブボートの鏡を買いに行っただけだ。それまで苗字に「っち」づけとかで呼び合っていたのに「下の名前呼び捨てじゃないと舐められる」と焦り、その日からお互いを下の名前で呼び合うようになった。

長ければ長いほど正義だったルーズソックス、私は少し躊躇してしまい、中くらいの絶妙にダサい丈のものを買った。一緒にギャルデビューした友人は長いルーズにバーバリーのマフラーをしっかり装着して「本物のギャル」に見えた。私もなり切れてはいないダサいギャルだったけど、それでもプリクラに「うちら最強」って書いてご満悦だった。自分を自分で最強と言って許されるってなんて素晴らしいんだ。コムデギャルソンが好きなことと、ギャルであることは矛盾しないってやってみて初めてわかったのだ。

と、急にこんな話を書き始めたのは最近の90年代ブームで、令和ギャルをよく見かけるようになったからだ。厚底のロングブーツにヘソ出し、ボリュームハットやアニマル柄のエコファーコート。PRADAのローファーにルーズソックス。メイクは……当時と違ってかなりナチュラル。髪の色は更に多様に。ヘルシーさと主体性を感じる令和ギャルもめちゃくちゃかわいい。「自己肯定」や「セルフケア」が定着した今だからこそ、ギャルマインドは今また受け入れられるんだろう。

当時の私が「こんなに違うタイプの服を並列して好きであるのはいいことなの?」という葛藤だって今は少ない気がする。多様なファッションジャンルから、自分の好きなものをその都度すいすいってキャッチして泳いでいる。主体は服じゃなくて自分だから。

漫画の世界でも昨今、ギャルが愛されている様子が窺える。登場の仕方としては「自己主張ができずバカにされてしまう自分のことを、バカにすることなく『自分の世界があるってすごいじゃん』ってギャルが認めてくれる」パターンを多く感じる。自分の気持ちをはっきり言える存在であるギャルに代弁してもらうのは病みつきになる気持ちよさだろう。実際のギャルは「なんでもはっきり言える」ようでいて「その言葉の裏に繊細な気持ちを隠している」こともたくさんある。こういう気持ちは90年代後半のJPOPの歌詞にたくさん描かれてきたのでここでは掘り下げないけど、でも当時のギャルは今のマツコ・デラックスさんのようなものを他者から求められがちだったんだなと感じる。

大人になって当時のギャル文化を手放しで「あの頃はよかった」と言うつもりもない。未成年も多いギャルを大人の都合の良いように、さまざまな文脈で消費されていたことは、彼女たちの問題ではなく、大人側の問題として反省しなきゃいけないところもたくさんあるはずだ。でも当時少女としてギャルに憧れていた私の気持ちは、今90年代ブームを受けて思い出され、宝物のような感情になっているなあと感じる。と、いうわけで私もロングブーツに今年の秋冬は足を通すのでした。

イラストレーター、エッセイスト。1981年、大阪府生まれ。2011年『負け美女 ルックスが仇になる』(マガジンハウス刊)にてデビュー。

日本テレビの「スッキリ」をはじめ、コメンテーターとしても活躍。2017年に1月に長女を出産。

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