冬景色の鎌倉で、密かにプチハイキングを楽しむ。

この冬、関東では久しぶりにまとまった雪が降った。同じ規模の降雪は、4年ぶりらしい。雪が積もると、いろいろ困ることもあるのだけれど、見慣れたいつもの景色が雪化粧するのを眺められるのは、うれしい。雪が好きなのは、冬に生まれたからだろうか。母によると、私が産まれた日は大雪で、産気づいてもタクシーを呼び寄せられず大変だったらしい。私自身も、仕事のため鎌倉から都内に出るのに電車は運休、高速道路も通行止めになっていて、困ったことがある。

それでも、やっぱり雪が降るとうれしい。4年前の雪の日に話は戻るが、その日、私は家にいて、どんどんと降り積もる雪にいてもたってもいられなくなり、防寒着をしっかり纏って、カメラを持って家を出た。

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鎌倉で雪が降ったある冬の日。庭の椿も雪化粧。

わたしは登山を十年来趣味にしていて、八ヶ岳や北アルプスなどの大きな山に登るのが好きだけれど、それと同じように、身近な、街から近い里山も好き。鎌倉には自然の城塞があると言われるように、街をぐるっと囲むように山(と海)がある。標高はそんなに高くないとはいえ、舗装されていない登山道で、地図に載っていない道がたくさんあって迷いやすいので、慣れていなければ、ある程度準備はしっかりした方がいい。

家からいちばん近くの名越登山口までは徒歩10分もかからない距離で、すぐに衣張山に入れる。気が焦り、早足になってしまうのは、誰かに先を越されていたら嫌だなと思ったから。とはいえ、まだまだ止みそうにない雪の中、わざわざ山に入る物好きはそういない。

登山口に続く坂道沿いには何軒か家が立っているので、道路の雪を避けてあったり、車が通った跡があったけれど、登山口から先の人しか通れない細い道は、人が踏み入れた跡のないまっさらな状態だった。思わず顔に笑みが浮かぶ。ほんの10mほど歩いたところから振り返って望める、JR横須賀線の線路がのびる風景が好きだ。春には桜の花びらが舞う場所に、この日は雪が舞っていた。

220127-kiki-02.jpg鎌倉の家からいちばん近い登山口、名越登山口を少し登ったところからの望める線路のある風景。

220127-kiki-03.jpgシダが茂り、いつもは南国の装いの名越登山口が雪に埋もれて、珍しい冬景色になった。

山に入ると、青々とした木々や葉に白い雪が積もっていて、その珍しい景色に大興奮。いわゆる雪国や標高の高い山の雪景色は、葉の落ちた茶色い木々に雪が積もるのでモノトーンの景色が一般的だから、目の前の緑と白の景色は珍しい。

220127-kiki-04.jpg雪が降り続く午後、山には誰もおらず、ひとり占めの静かな時間。

こんなことで興奮するのは、私だけだろうか。気温もそんなに低くないのか、シャッターを切る指はかじかまない。自分の足跡を残してぐんぐん進み、目指したのは衣張山。登山口から寄り道せずに歩けば、40分程度の距離にある頂は、晴れていれば江ノ島まで見渡せるビューポイントだ。

誰にも会わず、雪の鎌倉をひとりじめ。何も見えないけど、満足気に街を眺めていたら、ふと視線を感じた。振り返ると、雪化粧したお地蔵さまと水仙の花。寒そう、というより、やっぱり久しぶりの雪に、少しうれしそうに微笑んでいる気がした。これから春になり、花が咲き緑がほころぶ。鎌倉の山を歩くのに、いい季節がやってくる。

220127-kiki-05.jpg鎌倉の山道のところどころにある石仏。雪に震えているのか、微笑んでいるのか。

220127-kiki-06.jpg庭にいつからかある猪の頭蓋骨のそばに、舞い降りた椿の花びら一枚。

photography & text: KIKI

KIKI

モデル。1978年生まれ、東京都出身。武蔵野美術大学造形学部建築学科卒。雑誌をはじめ広告、テレビ出演、映画などで活躍。エッセイなどの執筆も手がけ、旅や登山をテーマにしたフォトエッセイ『美しい山を旅して』(平凡社)など多数の著書がある。現在、文芸誌『小説幻冬』(幻冬舎)にて書評を連載中。インスタグラム:@campagne_premiere

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