あなたは神を、信じますか?

神さまを信じるかどうか? 究極の問い、ですね。

コロナ禍で自粛生活の只中だった5月、『魂のゆくえ』という映画のDVDを自宅で観ていました。監督と脚本を手がけたのはポール・シュレイダー。『タクシードライバー』(1976年)や『レイジング・ブル』(80年)の脚本を執筆した、アメリカ映画界のいわばアウトサイダーかつ重鎮、という人物です。
宗教を題材にするのは、映画作家にとって大きな挑戦だと思います。でも多くの映画が、宗教や神と、それに関わる人の物語を描く時、「信じるとは何か? 何を信じるべきか?」を鮮やかにするための背景として起用していることが多いように思います。

牧師が最後に選んだ道とは……?

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イーサン・ホークが重々しい牧師役に。 ©2017 Ferrocyanide, Inc. All Rights Reserved.

『魂のゆくえ』の主人公は牧師です。地域の人々に、生き方を教え助ける職業の人物設定です。
しかし。
イーサン・ホーク演じるトラー牧師本人が、自分の人生を悩ましく感じています。過去に大事な家族を失ったこと。自身が大病を患っていること。人を助ける使命を持った職業なのに、厭世観と虚無感に覆われて息苦しく過ごしています、単に日々の義務をこなしながら……。

そこに現れた一筋の光が、アマンダ・セイフライド演じるメアリーです。夫の環境保護活動への熱狂によって夫婦間の意見が割れ、夫婦ともども助けがほしいとトラー牧師を訪ねます。
結果として、トラーはメアリーとその夫を救うことができず、悲劇が起きます。
トラーは自分の対応が間違っていなかったのか、正しく他者を救える言葉を紡ぎだしていけたのかどうか、彼のなかで簡単には認めたくないがメアリーに対しての欲望が妨げになったのではないか、と自問自答します。これは彼の中の善=神への問いかけのように思えます。
悲劇をトラーが発見するシーンはとても静かに描かれます。人が少ない公園の遊歩道で、自ら神のもとに旅立ったメアリーの夫の姿。白い雪の上に赤い血がにじむその模様を、遠巻きにカメラはとらえます。

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ファースト・リフォームド教会。First Reformedはこの作品の原題でもある。 ©2017 Ferrocyanide, Inc. All Rights Reserved.

この事件がトリガーになって、トラー牧師はゆっくりと、職業としての神との関係から、ひとりの人間としての自分自身の気持ちを解放していくのです。ニューヨーク州北部が舞台で、慎ましくも整然とした美しさが残るブルーグレイの教会は、厳格でスクエアな空間として描かれます。陰鬱な空模様や電気を灯しきらない暗い室内も、登場人物たちの心を映しているようです。この低め安定の色調はまんまに、トラー(の心情)だけが激しく変化していきます。ずっと彼に想いを寄せていたマジメな女性をあえて傷つけるような言葉で退けたり、反比例するようにメアリーへの恋ごころを湿っぽいながらも主張してみたり。最後は磔にされるキリストのごとく自身を傷めつけようとするのですが、ぷつん、と糸が切れたかのごとく、神の束縛から離れて、ひとりの人間トラーになります。

200828_FIRST_REFORMED_bamen_sub001_pub.jpg©2017 Ferrocyanide, Inc. All Rights Reserved.

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慎ましすぎるほどの家。アマンダ・セイフライドも華やかさを抑えた演技。 ©2017 Ferrocyanide, Inc. All Rights Reserved.

ラストで、ほっとしました。抑圧から解放されて、心のままにふるまう主人公の活力。それまで彼は、いったい何を「神さま」と約束していたのでしょう……。

良く善く生きていくために、人は、何を信じるのだろうか。
なんてことを考えていたら、2007年の韓国映画『シークレット・サンシャイン』と、奥深い繋がりを感じました。

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最愛の息子を奪われ、シングルマザーは何を信じるのか?

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シネを演じたチョン・ドヨンはこの作品でカンヌ国際映画祭の女優賞を受賞。

主人公はシングルマザーのシネ(チョン・ドヨン)。愛していた亡夫の故郷・密陽にひとり息子と移り住み、町になじもうと懸命に働きます。ある日、息子が誘拐され、持てる限りのお金をすべて投げ出し、必死に息子を取り戻そうとしますが、愛する子はあっけなく殺されて発見されます。
人生のすべてを失い呆然となるシネ。彼女は周りの人にすすめられて、キリスト教に入信します。が、この映画のもっとも熾烈なところは、ここから先です。

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密陽を光の美しい田舎として映画は描いています。『シークレット・サンシャイン』というタイトルは、この漢字をそのまま訳したものです。

息子をあやめた犯人は早々につかまり、服役します。神を信じるシネは、犯人が深い悔恨にとらわれていることを望んで、時間をかけて心身ともに力を宿してから犯人との面会に出かけます。そこでの会話が、観ているこちらの感覚が痺れるほど酷でつらいです。

後悔に苛まれ、苦しんでいると予測していた犯人と会った彼女が聞いたのは、神を信じ悔恨の気持ちを神に捧げてこれからの残された時間を前向きに生きる、と、スピーディに穏やかな気持ちに辿り着いてしまっていた罪人の口から出た、限りなく無神経な言葉でした。

シネの心を置き去りにして、「神」と通じ合って赦しを自分に与え、心安らかになっている……。

何を信じれば、この行き場のない苦しみと怒りを消化できるのか?シネは、よりいっそう無気力になっていきます。
彼女を支えるジョンチャンを演じるのが、『パラサイト 半地下の家族』の父親役で世界的に(やっと欧米で)注目された韓国の宝のような俳優ソン・ガンホ。ちゃらい、へらへらした風体の町のオジサン役です、見た目は。でも、傷つくシネを、真心をもってしていたわり支える、その中身は一本筋の通った信頼できる男です。

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ソン・ガンホは近くで会うと、背が高くて逞しくて、本当にカッコいいんです!

ただ傍らにいるだけで、礼節のある距離感をもって見守ってくれるだけで、人は人を救えるのかもしれない、と思わせてくれる人物像は、ソン・ガンホという俳優がもともと持っている存在感なくては表現できないと思います。(イ・チャンドン監督の映画『オアシス』でもソル・ギョングが真の男らしさとはどういうことか、を見せてくれます。『シークレット・サンシャイン』と『オアシス』は、魂が強くて本当の男気を持つ男の映画です!)

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『シークレット・サンシャイン』を東京フィルメックスという映画祭で初めて観た際に、イ・チャンドン監督のティーチインがありました。監督はその時、「信心とは、神を信じることではなくて、信じられる何かを心に持っていること」という意味の言葉をおっしゃいました。

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ラストシーンのことまで書いてしまうのは反則な気もしますが、この映画のラストはあまりにも好きで、目にやきついています。シネが髪を切りたい、と言い、ジョンチャンが慣れない手でハサミを持って――相変わらずへらへらしながら――彼女の髪を切ります。あふれんばかりの陽光が地面に降り注いでいて、そこに黒い髪が落とされていきます。シネとジョンチャン、ふたりの距離は縮まり始めるけれど、ふたりの姿を映し撮るよりも、髪が落とされる密陽の庭をカメラはとらえています。

絶対的なものはたぶんどこにもなくて、何を信じるかは人の心が探し続けるものなのかもしれない……そんなメッセージを深く深く受け取った2作です。
ポール・シュレイダー監督は『魂のゆくえ』を自らの代表作、と位置付けた発言をしているそうです。

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『魂のゆくえ』
●監督・脚本/ポール・シュレイダー
●出演/イーサン・ホーク、アマンダ・セイフライドほか
●2017年、アメリカ映画
●113分
●Blu-ray¥2,074 DVD¥1,572
●発売・販売:NBCユニバーサル・エンターテイメント
©2017 Ferrocyanide, Inc. All Rights Reserved.

『シークレット・サンシャイン』
●監督・脚本/イ・チャンドン
●出演/チョン・ドヨン、ソン・ガンホほか
●2007年、韓国映画
●142分 
©2007 CINEMA SERVICE CO.,LTD. ALL RIGHTS RESERVED

 

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