三浦春馬『アイネクライネナハトムジーク』、不在で感じる存在感の強さ。

日本人ボクサーがヘビー級で世界チャンピオンになる――格闘技が少しでも好きな人であれば、ありえない事件だと感じると思います。

伊坂幸太郎原作の『アイネクライネナハトムジーク』は、ヘビー級ボクシング王座への日本人の挑戦という出来事を軸に、宮城県仙台に住まう人たちの人生の10年間(実はもっと前も描かれていますが)の瞬間瞬間に光を当てる群像劇です。

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三浦春馬さんは主人公・佐藤を演じています。
佐藤と恋人、佐藤の古くからの友人とその家族、ヘビー級チャンピオンとその恋人、一緒に働く会社の同僚たち、偶然助けたいじめられっこ。それらの人物たちが関わるさらにその先の友人や家族……それぞれの人生の小さな奇跡のような出来事が淡々と描かれていきます。

群像劇の主役って実はとても難しいと思うんです。たくさんの登場人物がいる群像劇が群像劇としてきちんと成り立つには、物語をリードしながらも、主人公のパートの印象が強すぎてはならない。ほかの登場人物のパートで起こった出来事も、きちんと観客の心に残さなければならない。伊坂幸太郎らしい「ある出来事を軸とした物語の展開」を、珍しく恋愛ドラマの要素色濃く書かれた本作は、さじ加減を間違えると原作に漂う独特なムードから生まれる人と人との出会いが、濃くなり過ぎたり、薄口になってしまいます。

三浦春馬演じる佐藤は、ストーリーの語り部でもなく、軸の出来事であるボクシングヘビー級世界王座戦をちゃんと観戦すらしていません。たくさんの登場人物への関わりが深いようでいて、絶妙な距離感があるのです。とても心地いいバランスです。
佐藤というネーミングも効いているなあと感じました。日本でもっとも多い苗字のひとつ。誰にでも起こり得る小さな物語、という意図から、この名前になったのかな、と。

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こういう物語で主役を任された俳優は、映画のほんの一部になりながら、観客へ作品のメッセージを届けなければならない。強い、熱い演技を活用してではなく、さりげない日常を、ふつうに生きるひとりの人として何を思うかを伝えなければなりません。

佐藤が画面に登場していない不在の時間も、「ふつうの人・佐藤」の気配を感じました。佐藤という人物の、日々の中の小さな気づき、ちょっとした悩みや不満、でも、ささやかな幸せがたくさん転がっているもんだ、という人生そのものの(残した記録や偉業のデータではなく)おもしろさが、作品全体に優しさを与えているように感じました。

不在であっても、その存在を強く感じられる人っていますよね。その人がいたら、どんなふうに感じ考え、発信したのだろう、とか。ただただ不在なことが淋しく感じる場合も。

存在感の強さとは、不在感の強さなのだと、今日あらためて思います。

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本作のDVDを先日自宅で観ている時、宮城県の地震が再び起きました。日本全国を巡ってその土地の個性を紹介していく活動をしていた三浦さんの『日本製』(ワニブックス刊)は本当に素晴らしいです。

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『アイネクライネナハトムジーク』
●監督/今泉力哉 
●出演/三浦春馬、多部未華子、貫地谷しほり、原田泰造ほか 
●2019年、日本映画 
●本編119分 
●Blu-ray¥5,280 DVD¥4,180  発売・販売:アミューズソフト 
©2019「アイネクライネナハトムジーク」製作委員会

 

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