セリーヌの半生を描いた、元気を分けてくれる映画。

セリーヌ・ディオンを題材にした『ヴォイス・オブ・ラブ(原題:ALINE the voice of love)』は、見どころが多い。昨今、音楽系の映画は大人気で、存命で現在も活躍中のアーティストやミュージシャンでさえドキュメンタリー映画が製作されたり、彼らをモデルにした映画が続々と発表されているが、『ヴォイス・オブ・ラブ』にはこれまでのどの作品ともまったく違う味わいがある。

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監督がセリーヌになりきるほど全身全霊を込めて製作。
 

その理由のひとつは監督のヴァレリー・ルメルシエにある。ネタバレのようになってしまうけれど、すでに話題になっているので書いてしまおう。この監督は、脚本・監督に加えて、主演も務めているのだ。配給会社のスタッフに聞くと、母国フランスでは、主人公の子どもの頃から大人までひとりで演じることでも有名で、コメディエンヌとしても知られているという。私はその情報を知らずに試写を観たので、子どもの頃を描いたシーンでは「???」と思うことの連続だったけれど、なるほどと納得してしまった。

 

 

とはいっても、この映画は半端な思いから作られた映画ではない。フランスでは先月11月10日に公開され、ハリウッド映画の大作を抑えて初登場第1位となり、公開2週間で100万人突破と大ヒット。クリスマス・シーズンにぴったりの愛をテーマにしたこともその一因だと思うが、セリーヌがフランス語圏のカナダのケベック州出身で、13歳でいち早くフランスからアルバム・デビューしたことからわかるように人気が物凄く、さらにそのセリーヌをルメルシエ監督が演じたとあって、期待感が高まったのだと思う。私はこの女優のなりきりぶりに感動して魅せられていたところ、鑑賞後に監督が演じていると知って驚き、二度感動したのだ。

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14人兄姉の末っ子だったセリーヌ。俳優たちの顔も似るように工夫。

 

監督はセリーヌの夫ルネが1996年に亡くなったことでセリーヌのことが心配になり、彼女のステージを以前観て元気をもらったこともあって、セリーヌを元気づけるためにも、この夫婦のラブストーリーを映画にしようと思ったという。しかも、自分がセリーヌを演じられるという自信もあったという。確かに素顔を比べてもおおよその顔の作りに似通った点は多い。さらに顔を似せるために耳など細工したというが、特に鼻は自分だけでなく、兄姉を演じる13人の俳優の鼻も鼻筋が通ったように工夫したという。とにかく容姿も、パフォーマンスも、本当になりきって演じている。

 

ユニークなのは、そこだけではない。この映画はまったくのリアル・ストーリーではないというのも興味深い。監督はセリーヌのことを詳細に調べているものの、主人公の名前をアリーヌ・デューとしたことで匿名性を持たせ、そこに自分の思いや観客が感情移入できるようなフィクションも加えていった。レコード会社から楽曲使用の許可が下りてはいるものの、セリーヌは黙認しているという。ただ、セリーヌが夫を亡くした悲しみから立ち直れていないとしても、どこか匿名性を持たせた部分があることで、いつかは客観的な気持ちを含みながら観ることができるのではないだろうか。

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みんなの歌を歌い続けるセリーヌのように、共感しやすい映画に。
 

先日、この映画のトークイベントに誘っていただき準備しながら、この映画はセリーヌ・ディオンの歌に似ているのではないか、と気づくことができた。セリーヌ・ディオンはデビュー時からずっと、作詞・作曲家が彼女に歌ってほしいと送ってきた曲、もしくはカバー曲から自分が歌いたいと思う歌をセレクトし、歌ってきた。その姿勢はいまも変わっていない。

90年代に入るとマライア・キャリーやセリーヌを代表とするディーバ全盛期が到来したが、90年代半ばにはメアリー・J・ブライジ、ローリン・ヒルなどのR&Bやヒップホップ系の女性アーティストが自分の言葉でメッセージを伝えることが増え、ロック界からはアラニス・モリセットが登場し、その後のミシェル・ブランチやアヴリル・ラヴィーンへと続く、与えられた楽曲を歌うアイドルではなく、自分の感情を露わにして歌うスタイルが一世を風靡。次第に自身で歌詞や曲を書く女性シンガーが台頭し、シンガーというよりアーティスト、という女性たちが増えていく。

211221-セリーヌの半生を描いた、元気をわけてくれる映画。-01.jpgルメルシエ監督はセリーヌを元気づけたくて、製作を思い立ち、自らパフォーマンス。photo: jean-marie-Leroy

しかし、セリーヌはそのような時代の波に乗ることはなかった。自分が歌詞を書いて自分の歌を歌うというより、自分が共感できる歌を歌って、ほかの人たちに感情移入してもらえれば、誰かの歌になってもらえれば、という思いが強かったからだ。もちろん有名無名を問わず、優秀なソングライターから自分の新たな魅力を引き出してもらえるという楽しさもあったと思う。

そう思うと、この映画『ヴォイス・オブ・ラブ』もセリーヌや監督の人生を重ねながらも、アリーヌという匿名性を持たせて、共感しやすい要素を加味しているのかな、と感じてしまうのだ。しかも、セリーヌの歌に自然と涙腺が緩んできたり、背中を押してもらったりするように、この映画も観終えた時に、まるでセリーヌのアルバムを聴き終えたような、コンサートに行ってきた時のような感動も覚えてしまう。

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セリーヌになりきって歌うヴィクトリア・シオ。
 

もちろんコメディエンヌのルメルシエ監督らしく、笑えるシーンは多い。しかし、パロディ映画にならないように、ケベック出身の役者を揃えたのをはじめ、演技指導や当時の衣装を真似て着用するなど徹底している。そして歌はというと、オーディションを経て、ヴィクトリア・シオというシンガーが歌唱シーンを担当した。

映画を見ていると、アリーヌのそっくりな動きとの相乗効果からセリーヌが歌っているのでは?と勘違いしそうになる場面もあったが、サウンドトラックで聴くと声質の違いがよくわかる。また、ヴィクトリア・シオの方が、意識的に包み込むような温かさやロマンティックさを醸し出しているように感じる。

セリーヌ・ディオンの歌唱力の素晴らしさは、表現力、音程の安定感、声量など、デヴィッド・フォスターをはじめ、多くの同業者が絶賛するようにこの上ないものだ。そして何よりも魅力的なのは声の強さである。サビの頂点へと向かう際には、光明が差すように高音域へ一気に伸びていく。きれいに歌おうとしなくても、思いを込めれば込めるほど、自然と透明感や光沢が増していく天性の歌声なのである。言い換えれば、愛と希望への思いを込めた正義感の強い歌声とも言えると思う。

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セリーヌ・ディオンもルメルシエ監督も年齢に関係なく挑戦を続ける。

 

この先は、映画をご覧になっていただければと思うが、最後にもうひとつ。セリーヌは病気になった夫や子どもとの時間を大切にするために、ラスベガスに居を構えて専用の劇場でショーを開催するようになるのだが、観客により楽しんでもらうために、30代半ばという年齢でシルク・ドゥ・ソレイユの技術を身につけようとトレーニングに励んだ。このチャレンジは歌手ではサラ・ブライトマンが最初に試みているが、セリーヌのように連日歌いつつもアクロバティックなショーを繰り広げるのは、体力的にも非常に大変だったと思う。映画は、その当時の激忙ぶりを私が取材で聞いた話とまったく同じように描いている。

そしてルメルシエ監督も、そのシーンの再現はしなかったものの、全編を通して歌い踊るシーンを完コピするのは相当大変だったはずだ。1964年生まれということから察しても、50代半ばからトレーニングを積むのは、よほどの意思の強さとセリーヌへの愛がなければ務まらなかったと思う。

セリーヌの歌がみんなの背中を押してエンパワーメントしてきたように、この映画『ヴォイス・オブ・ラブ』も背中を押す。夫ルネと結婚中、何のスキャンダルもなく愛を貫き、家族とともに愛で支えあったセリーヌ・ディオン。彼女は、現在次のツアーの準備に入っている。監督はセリーヌへの応援映画というが、それゆえ背景を知れば知るほど本当にいい作品だと感じ入ってしまうのだ。

211221-セリーヌの半生を描いた、元気をわけてくれる映画。-02.jpg筆者は夫も子どもにも実際に会ったことがあるが、映画でとても似た雰囲気を出していて驚いた。photo: jean-marie-Leroy

『ヴォイス・オブ・ラブ』

●監督・脚本/ヴァレリー・ルメルシエ
●出演/ヴァレリー・ルメルシエ、シルヴァン・マルセル、ダニエル・フィショウほか
●2020年、フランス・カナダ映画
●126分
●配給/セテラ・インターナショナル
●2021年12月24日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷にて先行公開。12月31日(金)より全国ロードショー。
©Rectangle Productions/Gaumont/TF1 Films Production/De l'huile/Pcf Aline Le Film Inc./Belga
www.cetera.co.jp/voiceoflove

*To Be Continured

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
Twitter:@natsumiitoh

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