コトリンゴの音楽から紐解く、映画『この世界の片隅に』(後編)

引き続き、映画『この世界の片隅に』の音楽を担当したコトリンゴさんのインタビューを。

■すずさんや周作さんにはテーマ音楽があるけど、水原さんにはない

—今回、とても贅沢に生の楽器が入っていますよね。これまで手掛けてきた映画音楽の中でも一番多いでしょう?「すずさんと晴美さん」や「デート」をはじめ、木管楽器の使い方がとても素敵でした。

「嬉しいです。すずさんと木管は合うな、と思って。音の優しさとか、ホワンとした感じとか。『すずさんと晴美さん』は、私もすごく好きなんです」

—すずさんが鉛筆でスケッチするというところからもそうですが、私はアニメに詳しくないけど、この映画って塗り方を含めてスケッチ感が強く、それって私には音がオーガニックというか生音であるのと同じ感覚なんです。シンセで作った音ってコンピュータでベタ塗りしたような感じがするけど、スケッチの手触り感、例えば苅谷さんや楠公のご飯の量を増やす場面とかDIY的な手作り感がとてもあるので、生音の方が合うと思えて。

「そうですね」

01-musicsketch-161227.jpg

今年デビュー10周年を迎えたコトリンゴさん。最近はKIRINJIでも活動している

 

—絵を描くことにも曲を作ることにも想像力や創造力が必要とされるけど、この映画が戦時中のストーリーを伝える中で、音楽で想像力を広げていく、作品に幅を持たせていく意味合いがものすごく強かったと思うんです。

「はい。自分なりに理解はしているんですけど、最初に監督さんから“あんまり大編成の音楽のイメージはないんです”というお話があったので、“割と大きな楽器編成のドラマチックな音楽を当ててもいいんじゃないかな”というシーンが幾つかあった中で、それをやらない場合のアイディアを絞り出していった感じですかね。あと、すずさんの幼馴染みの水原さんには全く音楽が付いてなくて。最初に監督さんに、“すずさんとか周作さんとか、それぞれ登場人物にテーマを作ってもいいかもね?”ってお話をしたんですけど」

—プロコフィエフの『ピーターと狼』みたいに?

「そうそう。そこまで厳密ではないですけど、『周作さん』は割といろんなところで出てきていて、『すずさん』も何度か出てくるんです。でも水原さんはオーダーにもなくて。それで監督さんに水原さんに音楽を付けなかった理由をメールで聞いてみたところ、“『この世界の片隅に』の音楽は、どこかすずさんの心の中から漏れ聴こえて来る心情だと思うのです。哲さんに対しては、すずさんはひたすら動顛してるのじゃないか、自分の気持ちの色合いすら決めきれないのじゃないか、そう思いました”とお返事があったんです」

02-musicsketch-161227.jpg

幼なじみの水原哲さんには音楽が付かない (C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

 

■エンドロールの3曲と、サントラ最後に収録した1曲

—私はエンドロールの最後にりんさんが出てきたので、その意味が最初観たときにわからなくて。エンドロールでは戦後の風景、追憶と順に画面が変わっていきますよね。でも原作を読んで、りんさんは、座敷童子から始まったすずさんとの関係だけでないことがわかりました。

「そうなんですよね。結構原作を読んだ時の衝撃はすごくて、今まで読んできた戦争の漫画とはまた違う感じだし、そういう普段の恋愛のちょっとした事件もあって、こんなことまで出てくるのって……」

—でも映画ではかなり整理されていますよね。

「全部入れちゃうと3時間くらいになっちゃうから、たぶん(りんさんの話の部分も)作ったけど、泣く泣くカットしていると思う。りんさんの絵は、エンドロールのクラウドファンディングの箇所ですよね。『みぎてのうた』が流れて、次に『たんぽぽ』、一番最後が『すずさん』という曲で、でもエンドロールに紅で描いた絵はりんさんの生い立ちだったから、“あっ!”と思ったんですけど、“大丈夫”って監督さんに言ってもらって」

—原作の最後の方にあった言葉を生かした「みぎてのうた」も印象的でしたが、コトリンゴさんが作詞もした「たんぽぽ」も耳に残りました。正直、映像的には逆でも良かった気がしますが、でも追憶とともに流れることで、心に響くところもあって。サントラでいうと、一番最後にコトリンゴさんらしいポップで微笑みたくなるようなジャズナンバーの「New Day」が収録されていますね。この曲がラストに入っていることで気持ちが明るくなります。

「『New Day』は最後に進駐軍の残飯をもらいに行くところで、蓄音機で流している音楽。ボリュームを小さくしすぎちゃって、もうちょっと大きくても良かったていう。すごい気に入っちゃって、すごい入れたくて(笑)」

03-musicsketch-161227.jpg

原作では、りんさんの登場シーンが多い (C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

 

■こうのさんは、後半は左手で絵を描いていたそう

—「すずさんの右手」もホーンが入ることで、ずいぶんと柔らかい雰囲気になりますよね。

「白いご飯を最後に食べるときに右手が上からにゅっと出てくるシーンがあって、すずさんの頭を撫ぜるんです。そこで流れている曲です。たぶん幻なんです、その右手は。でも、“よくやったね〜”みたいな」

—右手の存在って大きいですよね。私はエンドロール含めて、右手と左手の対比がすごく気になっているんです。“歪んでいるのはわたしだ”“まるで左手で描いた世界のように”とすずさんが喋るあたりから、左手=現実、右手=過去という関係性を強く感じて、エンドロールでは此岸と彼岸のようになっていって。

「すずさんが右手を無くした後は、こうの史代さんは本当に左手で描いてらしたらしくて、絵がちょっと右手(で描いたものに)に比べるとたどたどしくなっているんですけど、私、気づかなくって」

—すごいですね。私も、後で見比べてみます。

「たぶん、ですけど、いろんなことを試されてて、それまで右手が有った時はすずさん有りきで現実を理解してて、それが無くなっちゃったら、なんか世界もちょっと歪んできたみたいな感じを表現したかったのかなぁと」

—なので“今”をすずさんなりに捉えて描いていた右手が無くなった時点で過去になり、そうすると左手が象徴するのは現実なのかな、と、私は捉えていくんですけど、絵ではそう表現できるけれども、そこに何か、音楽に持たせる意味が難しかったんじゃないかなと。「左手で描く世界」という曲も聴きながら左手に何かあるかなと思ったら、割と普通に両手で弾いていましたね。

「そうですね。音楽の場合はなかなか難しくて」

—そうですよね。もしかしたら音楽がこの作品の中で一番平常心を保とうとしているのかもしれないですね。

「そうかも。そうかもしれないですね」

04-musicsketch-161227.jpg

こうの史代著『この世界の片隅に』上・中・下巻(双葉社刊)

 

■音楽と映像がマッチした時の高揚感を求めて

—今回のサウンドトラックを完成させて、今までとは違う手応えはありますか?

「手応えと至らなさの両方を感じますね。大きな編成をやってすごく自分の気に入ったものができたと同時に、次の課題が見えたという。劇伴的な立ち位置での音楽の付け方とか、引き出しの多さとか、もうちょっとボキャブラリー(メロディとかの表現の仕方)とか、いろんな楽器に何ができるかとか、生楽器をもっと勉強したくなってきました。結構すぐにシンセの音とかに頼りがちになってしまうんですけど、それをもっと生楽器でやるにはどうしたらいいかとか、そこもちょっと考えていきたいですね」

—コトリンゴさんにとっての劇伴をやることの楽しさはどこにありますか?

「音楽でも楽しめるって言ってもらえるのは嬉しいんですけど、音楽がそれだけで成立しすぎていると映像と合わせた時にケンカしちゃう感じがしてて。それが何かメロディの音数の多さなのか、音域なのかわからないんですけど、一緒にマッチにした時にすごくいいものができた時に生まれる心の高揚感がすごく楽しくて、その楽しさをもっと作れるようになりたいです」

 

映画を観て、サントラを聴き、映画を観て、漫画を読み、映画を観て……、そう繰り返していくうちに、自分の心の中にも、すずさんのタフで豊かなマインドが広がっていくような気がする。右手を無くしたとはいえ、右手と一緒に生み出してきた想像力やユーモア、希望といったものは無くならず、それらは追憶とともにすずさんの中にも家族にも育まれ、エンディングでは新たなストーリーが始まっていく。また、戦争の悲惨さを描きつつ、今ある材料で工夫してご飯の支度をしたり、服を動きやすく裁縫したり、恋愛や人間関係も、現在に通じる日々の大切さを描いていて、それもこの映画の大きな魅力になっている。寄り添い続けるコトリンゴさんの音楽と合わせ、生き続けるって、こういうことなのかな、と思わせてくれる素晴らしい映画だ。新春にスタートする、コトリンゴさんのこの映画にちなんだツアーも楽しみだ。

05-musicsketch-161227.jpg

戦後の続きがとても気になるエンディング (C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

 

コトリンゴさんのHPはコチラ→http://kotringo.net/ktrng/index.html

《アニメーション映画『この世界の片隅に』オリジナルサウンドトラック発売記念ライブ》

「すずさんとハナウタライブ」
【熊本公演】
2017年2月10日(金)
Denkikan

【佐賀公演】
2017年2月11日(土)
シアターシエマ

【福岡公演】
2017年2月12日(日)
HABIT

【京都公演】
コトリンゴ with 徳澤青弦 (cello)
2017年3月12日(日)
紫明会館


《アニメーション映画『この世界の片隅に』オリジナルサウンドトラック発売記念スペシャルライブ》

カタスミクインテット
2017年3月22日(水)
Mt.RAINIER HALL SHIBUYA PLEASURE PLEASURE
member:
コトリンゴ:vocal / piano
鈴木カオル:drums
須藤ヒサシ:bass
徳澤青弦:cello
副田整歩:sax / flute /  clarinet
一般発売日:2017年1月21日(土)

●問合せ:
ホットスタッフ・プロモーション 03-5720-9999 (平日12:00~18:00)

www.red-hot.ne.jp
『この世界の片隅に』
監督・脚本:片渕須直
原作:こうの史代「この世界の片隅に」(双葉社刊)
企画:丸山正雄
キャラクターデザイン・作画監督:松原秀典
音楽:コトリンゴ
プロデューサー:真木太郎
製作統括:GENCO
アニメーション制作:MAPPA
配給:東京テアトル
全国ロードショー中
公式サイト www.konosekai.jp

*To be continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
Twitter:@natsumiitoh

Share:
  • Twitter
  • Facebook
  • Pinterest

清川あさみ、ベルナルドのクラフトマンシップに触れて。
フィガロワインクラブ
Business with Attitude
2024年春夏バッグ&シューズ
連載-鎌倉ウィークエンダー

BRAND SPECIAL

Ranking

Find More Stories