謎を解き明かす、衝撃のドキュメンタリー映画『ホイットニー』
Music Sketch 2018.12.27
言葉が出ない。思い出すだけでも涙が出る。この映画の試写に行ったのはいまから2カ月も前なのに、いまでも内容を鮮明に覚えているほど衝撃的なものだった。ホイットニー・ヒューストンは私がこの仕事を始めた時にはすでにスーパースターの座で輝いていて、それなりにその人生を知っていると思っていたけれど、この映画『ホイットニー 〜オールウェイズ・ラヴ・ユー〜』を観て、スポットライトの数が多ければ多いほど闇は深いと確信した。
1963年8月9日生まれ、ニュージャージー出身。2012年2月12日にビバリーヒルズのホテルで死去。グラミー賞授賞式前夜のパーティに参加予定だった。
■クライム・サスペンスを観ているかのような緊迫感。
映画の資料に、監督を務めたケヴィン・マクドナルドの言葉が記されている。彼はスコットランド人で、『ブラック・セプテンバー/五輪テロの真実』(1999年)で第72回アカデミー賞の長編ドキュメンタリー賞を受賞。音楽系では『ボブ・マーリー/ルーツ・オブ・レジェンド』(2012年)を製作するなどドキュメンタリー作品での評価も高い。当初この企画を受けるかどうか迷っていたものの、結果的に以下の理由から引き受けたそうだ。
「正直言うと、ホイットニー・ヒューストンの映画が面白いものになるかどうかについては懐疑的でした。ホイットニーは多くのことを表現していました。同時にミステリアスな空白もありました。おそらくこの謎こそが、私に本作を作らせる原動力になったと思います」
映画を観ていると、ボビー・ブラウンとの結婚が死去の全要因ではないことがわかる。
“面白いもの”という言葉が、どのような英語で表されていたかわからないけれど、この映画が“非常に興味深いもの”であるのは確かだ。ミステリアスな部分を解き明かしていくという意味ではミステリー映画でもあるし、終始ドキドキしてしまう緊迫感からはクライム・サスペンスと呼んでも間違いはないだろう。しかも実際にホイットニーは死んでしまった。
■ファミリー・ビジネスの怖さ。
ホイットニーの母親シシー・ヒューストンはスウィート・インスピレーションズのリード・シンガーで、その後、エルヴィス・プレスリーやアレサ・フランクリンのツアーにバック・コーラスとして参加するなどして活躍。また、従姉にディオンヌ・ワーウィックやディー・ディー・ワーウィックがいるなど、音楽の才能にあふれた親族も多く、ホイットニーもデビュー時からその容姿も含めてサラブレッド扱いされていた。
それだけに、次世代の彼女がファミリー・ビジネスの軸となったのは当然だろう。私は1990年代からアフリカ系アメリカ人のシンガーも数多取材するようになり、その都度、ローリン・ヒルを筆頭に、プロモーションであっても引き連れて来日する人数の多さに驚かされた。スタッフという名目の家族がやたら多かった。ホイットニーは取材していないが、超セレブゆえ十分に推測できる。映画を観ていても、取り巻きのような親族が彼女をダメにした部分は否めない。一方でこれだけ資料が残っているのは、ホイットニー・ヒューストン財団や、2001年から彼女のマネージャーとなり現在も財産管理人を務めている義姉パット・ヒューストンの存在もあるだろう。彼女たち親族の絆は強いのだ。
ファミリーに支えられ、そのファミリーに振り回されてきた彼女の人生。
しかし、母親シシーがこの映画が公開されてから「娘が幼い頃に身近な人物から性的虐待を受けていたことを知った」という衝撃は想像を絶する。被害者も加害者とされる人物も亡くなっているので「死人に口なし」だが、こういったプライベートな部分を明かすかどうかは、事前に身内に知らせておくべきではなかったか、と思う。少なくともこの映画を作ることで監督やスタッフは収入を得るのだから。
■もし、自分の言葉で歌っていたら。
私がホイットニーを身近に感じたのは、彼女の女優デビュー作となる映画『ボディーガード』(1992年)がきっかけだった。解説を当時発売のサウンドトラックCDのライナーノーツとして書くことになり、その際に調べたからだ。この頃はウーピー・ゴールドバーグやオプラ・ウィンフリーの人気が上昇していたというタイミングもあったかもしれない。ホイットニーは『ダンス・ウィズ・ウルブス』(1990年)で人気を決定づけたケビン・コスナーが相手役、しかもシンガー役で出演し、ご存知のように主題歌とともに女優としても大成功を収めた。
部屋にひとりでいる時や家族の前では、幼少時からの愛称“ニッピー”で過ごしていたそう。
余談ながら、この数年後にローリン・ヒルを取材した時は、トニ・モリスンが1993年にアメリカの黒人作家として初のノーベル文学賞を、またピューリッツァー賞なども多数受賞した後とあって、彼女は影響を受けた人物としてマヤ・アンジェロウなどその後の#MeToo運動につながるような女性作家の名前も挙げていた。ピューリッツァー賞でいえば、1983年にゴールドバーグが主演した映画『カラーパープル』の原作者アリス・ウォーカーが受賞しているし、ウォーカーが再発見したゾラ・ニール・ハーストンもすでに注目されていた時代である。
いま思うに、私がホイットニーへの関心がわりと薄かったのは、自身で曲作りに関わることがほとんどなかったからだろう。もし自分自身と言葉で向き合う時間があれば、ちゃんと見守ってくれる人もいただけに、そこまで薬物に染まらなくても済んだのではないか、と思えてならない。彼女は現実にもがきながら必死に生きたからこそ、『ホイットニー~』はそのままのすさまじいドキュメンタリーになっている。
●監督/ケヴィン・マクドナルド
●出演/出演:ホイットニー・ヒューストン、シシー・ヒューストン、ボビー・ブラウン、ケヴィン・コスナーほか
●2019年1月4日より、TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー
© 2018 WH Films Ltd
http://whitneymovie.jp
*To be continued
音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
X:@natsumiitoh