必見! アカデミー賞で話題を席巻した『グリーンブック』

たとえば、読み始めた小説があまりに面白くて、終盤に差し掛かるにつれて、「まだ読み終わりたくない」と思った経験が誰にでもあるように、この映画『グリーンブック』は、そんな気持ちにさせてくれるストーリーだ。中弛みからではなく、終わってほしくない気持ちから途中で2度も腕時計を見てしまったほど。今回の第91回アカデミー賞で「作品賞」を受賞したことに納得の最高傑作である。

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左からトニー・リップ(ヴィゴ・モーテンセン)とドクター・ドナルド・シャーリー(マハーシャラ・アリ)。

■作品賞、脚本賞、助演男優賞を受賞した、見どころ満載のロードムービー。

グリーンブックとは、1936年から1966年まで、ヴィクター・H・グリーンによって毎年出版された黒人が利用可能な施設を記した旅行ガイドブックのこと。この映画の舞台は1962年。主人公のイタリア系アメリカ人のトニー・リップは、ニューヨークの一流ナイトクラブで用心棒を務めていたが、あるトラブルで職を失い、愛する家族を養うために仕事を探していた。そして、黒人ピアニストの運転手としてスカウトされ、人種差別の酷い南部を演奏ツアーするために8週間にわたって同行することになる。

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トニーの妻ドロレス(リンダ・カーデリーニ)は旅するふたりを和ませる存在。

そこからグリーンブックを頼りに、バディを組んだふたりの珍道中が始まるのだが(バンドメンバーふたりもツアーに参加)、お互いが打ち解け、リスペクトし合うようになるものの、予想を超える出来事が次々と起こる。何といっても監督が『メリーに首ったけ』(1998年)や『2番目のキス』(2005年)などのコメディの名手として知られるピーター・ファレリーとあってウィットにあるれた内容で、しかもその期待を超える展開が待っている。

■父の体験を元に、差別の激しい南部での演奏ツアーの様子を描く。

驚くべきことに、この映画は実話を基にしている。主人公トニー・“リップ”・バレロンガとは、今回、製作と共同脚本を担当したニック・バレロンガの父親のことで、黒人ピアニストのドクター・ドナルド・シャーリーは、ドン・シャーリーの名前で知られる、ドナルド・ウォルブリッジ・シャーリーのこと。彼は9歳でレニングラード音楽院の生徒となり、そこから音楽・心理学・典礼芸術の博士号を取得、複数の言語も話せたというインテリだ。つまり、ニック・バロレンガが父親から聞いていた話を50年も温め続け、最大級の情熱を傾けて制作した映画なのである。今回のアカデミー賞でニック・バレロンガも、ブライアン・カーリーとピーター・ファレリーと3人で「脚本賞」を受賞した。

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教養人でドクターと呼ばれる彼が、後半で見せる素顔とは?

絶対に劇場で観てほしいので、詳細は割愛するけれど、音楽ファンとしては、ドクター・シャーリーの演奏シーンもこの映画に引き込まれた大きな要因のひとつ。南部の各会場で受け止めた彼の感情が演奏にダイレクトに表出し、スクリーンを埋め尽くす、そのシーンにも深く感動してしまう。ドクター・シャーリー役のマハーシャラ・アリは最初に登場したシーンから威厳のある振る舞いで、演奏シーンも見事に演じている。2年前に助演男優賞を受賞した『ムーンライト』(2016年)の時とはまったく違った役作りに成功し、今回のアカデミー賞でも再び助演男優賞を受賞した。

他にもトニーの愛されキャラや、トニーの奥様ドロレスの素敵な人柄、フックとして登場するフライド・チキンやラブレターなど見どころは満載。当然ながらマイノリティに関する問題を正面から取り上げていて、1度観ただけで映画を3本堪能したような緻密な構成になっている。

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旅するうちにトニーはラブレターの文才を鍛えられる。

■クラシック音楽に、ジャズの様式を組み合わせた音楽で魅了。

重要な音楽を担当したのは、1989年生まれの若き音楽家クリス・バワーズ。クラシックとジャズを学び、ジュリアード音楽院で学士号を取得後、多くの大会で受賞し、その後は当時のオバマ大統領の前で演奏した他、ウィントン・マルサリスからアレサ・フランクリン、ジェイ・Zとまで幅広く活躍している。最後に、より音楽を楽しめるように、クリス・バワーズのインタビューを紹介しておきたい。

――今回のサウンドトラックを手がける以前から、ドン・シャーリーと彼の音楽のことは知っていましたか?

クリス・バワーズ(以下省略) 実はドン・シャーリーのことは知らなかったから、この映画がきっかけで初めて聴いた時は驚いたよ! クラシック音楽にジャズの様式を組み合わせている点が特に素晴らしいと思った。ドン・シャーリー自身は“ジャズ・ピアニスト”としてジャンル分けされることを決して望んでいなかったけれど、彼の楽曲はクラシックの演奏法を取り入れたジャズの様式だと思うし、僕がこれまで聴いてきた中ではとにかく唯一無二だね

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各会場での演奏シーンから感じられる音楽の表情も魅力。

――ドン・シャーリーとあなたとの間に共通点があると感じましたか?

まずひとつは、ドン・シャーリーも僕も、さまざまな音楽様式に対する称讃と愛があったこと。クラシックやジャズのみならず、ゴスペル音楽や初期のブルース、それから初期の黒人霊歌までね。さまざまな音楽ジャンルを取り入れた彼の音楽を聴いて、僕は気持ちが奮い立った。僕もあらゆる音楽から影響を受け、どのようにしてさまざまな音楽を取り入ることができるかを常に試してきたから。

――他にはありますか?

もうひとつの共通点は、彼と同様にアフリカ系アメリカ人ミュージシャンである僕も、(黒人であるために)ジャズやヒップホップ、もしくは紋切り型な“黒人ならではの音楽”を演奏すると一方的に思われることが多かった。僕が他の音楽様式も大好きであると常に人々に説明し、演奏できることを皆に示すことは大きな課題だった。でも、ドン・シャーリーが活動していた1960年代は、人種面での不平等がいまとは比べものにならないほど酷かったよね。もちろん、僕が育った時代は人種差別と闘う必要はなかったけど、興味深いことに、現代でも“見かけ”で音楽性を判断する人たちはいるから、僕も単にジャズやヒップホップ以外の音楽もできることを証明しなきゃならなかった。

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人種差別されるドクターを支えようと、本領を発揮するトニー。

――でも、今回はおふたりにとってとてもいい機会になったと思います。ドン・シャーリーの音楽をもっと知りたいという人のために、オススメの曲はありますか?

ぜひお薦めしたいのは「Water Boy」。これは彼の魅力すべてを最高の形で表している楽曲。古い黒人霊歌のフィーリングがあるけど、ブルースやジャズっぽさもある。そして、もちろん彼のピアノ演奏も非常に卓越している。もうひとつは「Lullaby of Birdland」。彼の異なる魅力を発揮した、ドン・シャーリー入門者向けの2曲だね。

――現在もなおアメリカでは人種問題が続いていますが、この状況に関してどう感じていますか?

正直なところ、怖い時代だよね。非常に楽観的に感じる日もあれば、ひどく心配になる日もある。アメリカの醜態を世にさらしている気がする。昔から存在していた問題だけど、最近更さらに目立つようになってきた。ある面では、人々の間に障壁や大きな壁を作ることで問題を解決できるという考えが恐ろしいよ。人々の間に差異を生み出すことは決して問題解決にはつながらないし、大半のアメリカ国民はむしろ“団結(unity)”を求めていると思う。そもそも国の名前は“合衆国(United States)”なわけだし。

――そうですよね。

アメリカ合衆国は、もともと移民たちがやってきて土地を奪い、そして建国された。そして自由な国だったからこそ、ある時点では、多彩な人種が集うコミュニティと文化を形成していた。それが本来あった考え方だった。つまり、当初の考えとしては、必ずしも白人が上に立つはずじゃなかったはず。人々が集い、(国を)創り、お互いがつながっていくことで、国は前進できると思う。だから、現在のアメリカの状況に関して恐ろしいと感じている一方で、夜が明ける前にはこういった暗闇があると思う。

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この映画を観終わると、フライドチキンが食べたくなるはず!

――最後に、映画『グリーンブック』を観た人に、サウンドトラックをどう楽しんでほしいか聞かせてください。

とにかくオープンな気持ちで、より複雑で入り組んだドン・シャーリーの音楽を特に聴いてほしい。彼の楽曲は一聴すると即座に楽しめるようなBGMじゃないかもしれないけど、リラックスした気持ちで彼の音楽に慣れたら、最高に素晴らしい作品として楽しめるはず。彼の名ピアニストとしての高度な演奏力も魅力だからね。

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サウンドトラック『グリーンブック』発売中。

『グリーンブック』

●監督/ピーター・ファレリー
●出演/ヴィゴ・モーテンセン、マハーシャラ・アリ、リンダ・カーデリーニ
●2018年、アメリカ映画
●130分
●提供/ギャガ、カルチャア・パブリッシャーズ
●配給/GAGA

3月1日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開中
© 2018 UNIVERSAL STUDIOS AND STORYTELLER DISTRIBUTION CO., LLC. All Rights Reserved.
https://gaga.ne.jp/greenbook/

*To Be Continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
Twitter:@natsumiitoh

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