アデル『21』がこんなにも売れるわけ②

子どもの頃のアデルは、母親に言いたいことが言えなくて、紙に書いて渡すほど内気だったそう。でも、その一方でクラスではみんなを笑わせるのが好きだったと話しています。3歳の時に両親が離婚し、北ロンドンから南ロンドンのブリクストンへ11歳の時に移転。このエリアはカリブ系アフリカンの住民が多く、そのストリート感覚が気に入って、アデルはヒップホップなどビートの効いた音楽も聴くようになったそう。「ローリング・イン・ザ・ディープ」に代表される言葉のノリのよさは、そういった影響があると思います。饒舌になったのも、その頃からかもしれません。


120305music_01_new.jpg第54回グラミー賞で主要3部門他、計6部門受賞したアデル。©BURBERRY

子どもの頃はスパイス・ガールズに夢中になっていたアデルですが、14歳の頃からエタ・ジェイムズの声に魅せられ、「歌うということは、伝えようとする気持ちが強くなくてはいけない」と感じ、ソウルフルなヴォーカルに熱中。一方で、リアルな思いを歌にするシンガー・ソングライターに傾倒し、ローリン・ヒルやエイミー・ワインハウスをリスペクト。なかでもキャロル・キングの『Tapestry(邦題:つづれおり)』が大好きで、このような名盤を作りたいとずっと思っていたそうです。

デビュー・アルバム『19』でも第51回グラミー賞で最優秀新人賞と最優秀ポップ女性シンガー賞を受賞していましたが、アデルは歌唱力は高く評価されていてもソングライターとしての評判がそれほどでもありませんでした。なので2作目に向けて、みんなに愛される楽曲を探究したいと渡米し、"アメリカ人の永遠の心"と呼ばれ、世代も時代も超えて歌い継がれていくカントリー・ミュージックをなかでも愛聴し、その魅力に取り憑かれていきました。

たとえば、この「ドント・ユー・リメンバー」。アデルのエモーショナルな歌い方はソウル・ミュージックに近いものですが、サウンドはバンジョーが入るなど、カントリー・ミュージックそのもののアレンジになっていて、後半から温かみ溢れるストリングスが加わります。哀愁をそそる歌詞とメロディに、圧倒的な歌唱力、そして心に優しいオーガニックな楽器演奏が加われば、アデルと同じように恋愛に疲れたリスナーは、ふと心を彼女の歌に委ねて、癒されたくなるのではないでしょうか。


アデルは「別れた彼のことや、私や彼の立場など、いろんな恋愛の状況を歌っている。そのストーリーを美しくして、魅力的な歌の形にしていくの」(日本テレビ『スッキリ!!』インタビューより)と、話しています。自分の実体験をリアルに語ることで共感を集め、さらに自分が成長したことでそこから続く希望も盛り込んでいったので、みんなから好まれる歌になったのだと思います。

このようにこのアルバム『21』は1曲1曲が丁寧に作られていて、どれもシングルヒットしそうな楽曲が揃っているのです。楽曲と歌だけで魅了していきたいアデル。ステージ衣裳やミュージック・ヴィデオなどで話題を集めなくても、自分の作品だけでやっていけると自負しています。

「今回のアルバム『21』は、すべての流れがオーガニックに曲が完成していったの。私の場合、常に曲が主役、音楽が主役で、"ミュージック・ヴィデオはどうしようか"なんていう話が先に出ることは決してなかったわ。私は、キャロル・キングの作品がそうであるように、曲が主役で、とことんナチュラルに生まれてくるもの、音楽はそうあるべきだと思っているの」

「サムワン・ライク・ユー」を彼女の自宅で歌った1年前の映像です。インタビューの後、1分5秒あたりから始まります。

昨年1月の発売当初から母国イギリスはもちろん、アメリカでのセールスは好調でしたが、6月には咽頭炎のためにコンサート・スケジュールを変更。その後フェスなどに出演をしたものの、10月には"声帯を痛めている"と診断されてドクターストップがかかり、予定されていた北米ツアー(完売)などすべてのスケジュールをキャンセル。グラミー賞でのパフォーマンスで再びステージに立ちましたが、そのお休みの間もセールスは伸び続け、今ではもっともチケットが手に入りにくいアーティストになってしまったと思います。

9月に行なわれたロンドンのザ・ロイヤルアルバート・ホールでの模様を収録した『ライヴ・アット・ザ・ロイヤル・アルバート・ホール』のDVDを見ていると、アデルは町のおばちゃんのような雰囲気で、曲ができる裏話などオープンに喋っていますが、そんなフランクな性格も、みんなから愛されるキャラクターになっているのでしょう。


120305music_02_newest.jpgCDとDVDの両方から楽しめるアデルのライヴ。『ライヴ・アット・ザ・ロイヤル・アルバート・ホール』

アコースティック・サウンドを中心とした心に優しいサウンドに、歌い出しからストレートに入ってくる一度聴いたら忘れない強いメロディ。恋愛関係から生まれるモヤモヤした複雑な感情をウィットに富んだ言葉で表現した歌詞を、包み込むようなコクのある大らかな声で歌い上げるヴォーカル。そして、電車で隣りに座っていそうな親しみやすい人柄。華やかなイメージのある音楽業界において、誰もが応援したくなってしまうキャラクターだったのも功を奏したのかもしれません。

現在交際中の恋人と、近いうちに結婚する噂が出ているアデル。次のアルバムでは、「もう別れはテーマにしない」と公言しているそうです。


*To be continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
X:@natsumiitoh

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