ヒップホップからバッハまで、自在に踊るダンサーの軌跡。

『リル・バック――ストリートから世界へ』は、誰にも真似できない独創性に溢れたダンスを踊る、リル・バックの成長を追ったドキュメンタリーだ。彼は、メンフィスの貧困と犯罪の無法地帯であるストリートから世界へと飛び立ち、いまやジャネール・モネイやマドンナ、またシャネルやヴェルサーチェのキャンペーンに起用され、アップルやユニクロなどのCMにも登場するほどのダンサーとなった。

ダンスに詳しくなくても、次々と繰り出されるひとつとして同じ動きのない個性の強いダンスに驚かされるし、楽しめるうえに、クリエイティビティが触発される。ギャングスタ・ラップから生まれたというギャングスタ・ウォーキングというストリートダンス、そこから派生したメンフィス生まれのジューキン。ドラッグや犯罪、暴力に染まるよりもダンスを選んだリル・バックは、仲間たちと地元のローラースケート場や駐車場をダンスフロアにしながら、得意技を磨いていく。

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1週間でスニーカーを履き潰すほど練習したという。

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スパイク・ジョーンズが撮影した動画で一躍、時の人に。

ヒップホップから、バッハやショパンのようなクラシック音楽まで踊ってしまうリル・バック。最初の見どころは、才能をニュー・バレエ・アンサンブルの創設者に見出され、クラシック・バレエとの出会いが彼を大きく変えたシーンだ。

2010年に彼が踊った「白鳥」の映像が流れるのだが、そこからの展開にワクワクさせられる。メンフィス・ジューキンで、つま先で踊る技術を伸ばしていたリル・バックは、トウシューズを活かしたバレエに魅せられ、そこからスタイルに縛られない表現に開眼する。手の指先まで行き届いた繊細な表現力、美意識の高さなどが洗練され、これまでになかった動きが次々と披露されていくのだ。

スパイク・ジョーンズがその場で撮影し、評判となった動画。

20歳で、なけなしの20ドルを手に向かったのはハリウッド。そこで、パンジャマン・ミルピエと知り合う。ミルピエは映画『ブラック・スワン』(2010)の振付師でもあり、その後、主演のナタリー・ポートマンと結婚したことでも知られるダンサーだ。また、世界的チェロ奏者のヨーヨー・マから誘われ、彼の演奏に合わせて踊り、たまたまそこに居合わせて撮影したスパイク・ジョーンズ監督の動画がSNSで拡散されたことで、一瞬にして時の人となる。ここから先は、映画を観てのお楽しみにしておきたい。

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現在は指導者としても活躍し、メッセージ性の強い作品も発表。

リル・バックは、自分のルーツをリスペクトし、表現の中に自分の人生そのものを織り込んでいく。地元を愛する気持ちを忘れず(正確には出身はシカゴだが)、また、自分が見よう見まねで切磋琢磨して技術を得てきたお返しにと、いまは後輩や子どもたちの指導も怠らない。

監督のルイ・ウォレカンは、前述のバンジャマン・ミルピエがパリ・オペラ座の芸術監督に就任した頃に、ミルピエのLAでの活動を記録したドキュメンタリー映画『Dancing is Living: Benjamin Millepied』(2014年)を発表し、その際にその作品に出演したバックと知り合ったという。バックの友人たちが彼の過去の映像を数多持っていたことや、ウォレカンがダンスを撮るのに適した複数のカメラを使用したとあって、ダンス好きには片時も目を離せないシーンの連続になっている。

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足首の柔らかいことからも、つま先で踊ることにこだわった。

その後のリル・バックの様子は、ネットフリックスの『MOVE ―そのステップを紐解く― ジョン・ブーズ&リル・バック』(2020年)で観ることができる。彼は16年にマイアミ出身のダンサー/振付師のジョン・ブーズと組み、Movement Art Is(M.A.I)という非営利団体を設立、芸術や教育、さらに社会的な意味合いを込めた映像舞台作品を発表し続けている。主な作品に、黒人コミュニティが直面している問題を扱った『Love Heals All Wounds』(2019年)がある。こちらのドキュメンタリーでは、すっかり指導者としての顔つきになった大人のバックの表情も魅力的だが、息子の稼ぎで生活が楽になったことを想像させるような母親の雰囲気も和ませる。

『リル・バック――ストリートから世界へ』は、何かを始めたくなるような、観る人にとってそういった原動力になりそうなドキュメンタリー映画だ。

*To Be Contimued

『リル・バック ストリートから世界へ』
●監督/ルイ・ウォレカン
●2019年、フランス・アメリカ映画 
●85分 
●配給:ムヴィオラ
2021年8月20日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
©️2020-LECHINSKI-MACHINE MOLLE-CRATEN “JAI” ARMMER JR-CHARLES RILEY
http://moviola.jp/LILBUCK/

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
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Twitter:@natsumiitoh

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