新天地を目指す、上原ひろみと弦楽四重奏による最新作。

最新アルバム『シルヴァー・ライニング・スイート』はコロナ禍に直面した上原ひろみが、そこから光を見つけるようにして完成させたアルバムである。2020年のアメリカ・ツアー中、シアトル公演を終えたその夜にカルフォルニア全域に緊急事態宣言が発令され、翌日からのツアーは全てキャンセル。3月に日本へ戻ると、今度は日本が緊急事態宣言下に置かれることになった。このアルバムには、コロナ禍で過ごしてきた自分の感情の紆余曲折を描き、弦楽四重奏との演奏による「シルヴァー・ライニング・スイート」4部作や、SNS上で共演者と発表してきた曲がモチーフとなった楽曲などが収録されている。

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チック・コリアとのアルバム『Duet』(2008)や、第53回グラミー賞「ベスト・コンテンポラリー・ジャズ・アルバム」を受賞した『スタンリー・クラーク・バンド フィーチャリング 上原ひろみ』(2011)など、海外での人気も高い。東京2020オリンピック開会式でパフォーマンスを行う。

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弦楽四重奏との演奏で、ピアノ・クインテットが美しくなる瞬間。

――音楽家として、このコロナ禍にどう立ち向かっていこうと考えました?

上原ひろみ(以下、上原):曲を書く、練習をする、できる限りライブをすることを、ずっとやってきました。

――アルバムのビジョンはいつ頃から浮かんだのでしょう?

上原:ブルーノートで「SAVE LIVE MUSIC」(コロナ渦で苦境にあるライブ業界の救済を目的に、ブルーノート東京にて展開しているライブシリーズ)というライブを始めて、去年の8月と9月にソロで16日間演奏しました。第2回を12月に企画した時に、違うフォーマットでやりたいと思い、海外のミュージシャン仲間が来日できない状況こともあって、その時に2015年にオーケストラと共演した時に知り合ったバイオリン奏者の西江辰郎さん(新日本フィルハーモニー交響楽団のコンサート・マスター)のことが頭に浮かんで。「ブルーノートでピアノと弦楽四重奏、おもしろそう!」と思いました。それで西江さんに連絡したところ、「やろう!」という話になって、その9月から12月の公演の間にこのアルバムの曲を全部作・編曲しました。

――4パートから成る組曲「シルヴァー・ライニング・スイート」のキーワードとなる曲名も含めて、どのように構築していったのですか?

上原:コロナ禍になってからの自分の感情の紆余曲折を描こうと思い、自分の中で象徴的だった感情をいくつか書き出してみたら、その4つでした。孤独(アイソレーション)の中で未知のもの(ジ・アンノウン)と戦い、精神的な置きどころを探して移ろい漂い(ドリフターズ)、不屈の精神で立ち向かう(フォーティチュード)という、象徴的な感情を曲にしていこうということから始まって。ですので、時系列というよりは感じた気持ち、実際はそこを右往左往している感じですね。

――弦楽器は、自分の感情を吐露するのにどのように活かせましたか?

上原:バイオリンをはじめとして弦楽器は、人の叫びみたいなものに近い音が出せると思います。消え入りそうな切ない音だったり、何か苦しみの音だったり、狂気に近いような叫ぶ音とか、いろんな音色がある中で、それを使い分けていくという……。それができたのが、その弦楽器の4人の表現力の高さだと思います。

――いわゆる化学反応というか、高みに上っていくような瞬間が感じられたのはどのあたりでしょう?

上原:各曲のなかで何回もありますが、5人がひとつの波動になるとか、そのエネルギーがひとつになる。本当に化学反応というか、リハーサルとかで緻密に練習して重なり合っていくテクニックの部分も大きいですし、お互いへのリスペクトがあってこその、同じ景色を見上げる人たちとの演奏というのは大きいですね。

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2020年12月28日〜2021年1月4日にブルーノート東京で開催された「SAVE LIVE MUSIC RETURNS」の模様。photo: Takuo Sato

――自分の演奏に新しい発見はありましたか?

上原:弦のクインテットのフォーマットは初めてだったので、その弦楽器の音色とピアノの音色はさすが絶妙にブレンドするなっていうのは、すごく感じました。昔の室内楽の時代から演奏されているだけのことはありますよね。インプロヴィゼーション(即興)という意味では、インプロバイズしているのは私だけですけど、4人が譜面に合わせて弾くときでも、私のインプロバイズの波に合わせて、強弱の感じを含めインプロバイズした演奏をしてほしいと頼みました。それができた時に、「弦楽四重奏と一緒のピアノ・クインテットという形が美しくなるんだ」というのをとても感じました。ダイナミクスの妙ですね。

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ネガティブなことから脱出したいという自分の不屈の気持ち。

――クラシックの作曲家で好きな作曲家を教えてください。

上原:ドビュッシー、ラフマニノフ、バルトーク、バッハ、シューマンも好き。曲単体で好きな曲も多いです。

――クラシックで惹かれる作品の例をあげてもらえますか?

上原:ブラームスのラプソディーの1番(Phapsodie No.1, Op.79)は好きです。ブラームスが自分の先生の奧さんに恋をして、その気持ちを隠しきれず書いた秘話があって。小学生の時はよくわからずに弾いていたのですが、中学、高校、大人になるにつれて、「辛かったんだな、ブラームス」って、その悲痛さがわかってくる。どのメロディも全部美しくて、どんどん好きになるし、「どれだけ(その女性を)好きだったんだ」って(笑)。クラシックを普段聴かない人でも、たぶんフィガロを読む年齢の方だったら、ブラームスの辛さはわかると思います(笑)。

――(笑)。

上原:私が曲を書く時に大事にしていることは、感情を音にするということ。その時、突き動かされたことだったり、何か心の振れ幅がポーンと感情の琴線が大きく触れた時。だから、人の曲を聴いて、感情の琴線に触れたいなって思う時に、ブラームスを聴くと泣けてきます。

――今回、5人で演奏した時も、ひろみさんの感情に他の4人も感情を乗せて大きな波動になっていったという。

上原:そうです。だから「アイソレーション」を弾いている時には、自分がその隔離というか孤独な時をすごく感じて、みんなそれぞれ違うことを弾いていて、同じ時間軸なのに別のことが別の空間で流れているような感じがすごく出ていて、なんともいえない不安な気持ちを思い出します。

――この4部作を演奏し終えて、見えてきたものはありますか?

上原:このコロナ禍って、すごく不安でネガティヴな要素に溢れた時間じゃないですか。そのなかで悪いことばかりではないという証明をするとしたら、何かを作り出すことしかなくて。自分の中ではその中で希望のかけらというかポジティヴなことを見つけるというあがきに近いこと、曲を書き、アルバムを完成できたことで、ネガティブなことから脱出したいという自分の不屈の気持ちをひとつ達成できたなっていう自負はあります。

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SNS企画「One Minute Portrait」から誕生した楽曲も。

――5曲目「アンサーテンティ」もすごく好きです。すっと溶けるように曲に入っていけます。

上原:ありがとうございます。この曲を書いた時の自分の境地というのは、実は絶望的な暗さでした。ライブに向けて準備とかコンディションとか整えていって「さぁ!」っていう時にライブがなくなると、本当に気持ちのやり場のない状況になります。クラブが閉まるということはそこで働いている仕事仲間全員と自分もそこから無職になる瞬間で。そのような自分のその落ちた気持ちで曲を書き始めたのですが、今回取材でいろんな方とお話しする機会があって、この曲にそういう暗さを感じている人はいないんだなと感じて。曲を書くことにすごく希望というか、光を求めて書いているので、そういうふうに聞こえるのかなぁと思いました。

――曲順もあるのかもしれません。「11:49PM」はアルバム『MOVE』の曲からですね。

上原:まずこの曲を選んだ理由は、元々のトリオ・バーションでは最後にピアノで秒針を刻んでいるのですが、自分の頭の中ではバイオリンのピッチカート音で聞こえていたので、いつか弦でやりたいなという思いがありました。それで弦でチックタックってやってみた感じが、ピアノよりも思っていた以上に時計に近い音になっていると、自分でアレンジして気づきました。あとはメロディが歌い上げる時の力強さというのは、「さすが弦楽器だな」という感じがして、アレンジしていてとても楽しかったです。

――この曲、とても良かったです。

上原:ありがとうございます。あと、このアルバム自体がコロナ禍の中で、自分にとって作品を生むということが唯一のポジティブなことで、ずっと続けて来たので、「明けない夜はない」という気持ちを込めたくて「11:49PM」を入れたかったのです。そういった意味でも、あの秒針というのは自分の中でコロナ禍の終わりを告げるような意味があるように感じます。

 

――後半の曲はインスタグラムとフェイスブックで展開していたSNS企画「One Minute Portrait」をモチーフとした曲ですが、この企画が始まった時、メタリカのロバート・トゥルージロ(B)とも競演していて、驚いたり嬉しかったりしました。どのような発想から企画し、共演者を決めていったのですか? 

上原:次々とツアーがキャンセルになっていき、結局ライヴが全てなくなってしまって。精神的に路頭に迷ってどうしようかなぁと思っている時に、曲を気軽に発表できて、何かSNSベースでできないかな、と思って企画しました。インスタグラムが1分までだったら途切れずにアップできるので、1分間の楽曲を書いて、リモートで共演した映像を公開しようと。自分もインスパイアされるし、声を掛けたミュージシャンもみんな時間があるし、ファンの方も喜んでくださるだろうとスタートしました。最初は過去一緒に演奏したことのある人たちに連絡して、その後に、曲を作っていく中で共演歴はなくても、幾度となくフェスなどで顔を合わせている人たちの曲も浮かび始めて、増えていきました。

――見ていて、凄く楽しくて。ハープ奏者のエドマール・カスタネーダとの「リベラ・デル・ドゥエロ」はそこから発展させた曲のひとつですよね。曲名はワインの産地ですよね?

上原:そうですね(笑)。エドマールとスペインをツアーしていた時に、「このワイン、すごくびみおいしいよ」と教えてもらって、ふたりで開けていたんです。この曲は、一刻も早くコロナが終わって、みんなで楽器を持ち寄ってお酒飲みながらワイワイと肩を組んで、夜通し演奏している雰囲気を思い浮かべて作ったので、このタイトルにしました。

――本当に心から、早くそうなることを願っています。

上原ひろみ公式サイト
https://www.hiromiuehara.com/s/y01

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TELARC / ユニバーサル ミュージック ¥2,860 https://jazz.lnk.to/HiromiUehara_SLS
 

上原ひろみ ザ・ピアノ・クインテット
JAPAN TOUR 2021 “SILVER LINING SUITE”


11月11日(木) 松本:まつもと市民芸術館
11月12日(金) 名古屋:愛知県芸術劇場 コンサートホール
11月14日(日) 大阪:ザ・シンフォニーホール
11月23日(祝) 広島:広島国際会議場 フェニックスホール
12月4日(土) 札幌:カナモトホール(札幌市民ホール)
12月7日(火) 大阪:ザ・シンフォニーホール
12月8日(水) 福岡:福岡国際会議場 メインホール
12月9日(木) 東京:Bunkamuraオーチャードホール
12月12日(日) 浜松:アクトシティ浜松 大ホール
12月24日(金) 仙台:日立システムズホール仙台 コンサートホール
12月27日(月) 東京:Bunkamuraオーチャードホール
12月28日(火) 東京:Bunkamuraオーチャードホール

*To be Continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
Twitter:@natsumiitoh

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