離婚や父親との和解を経て生まれた、アデルの新作『30』

アデルの6年ぶりのニューアルバムが発表された。彼女はつねづね「アルバムは日記そのもの」と話しているが、今回ほど個人的な内容になった作品はないという。それもそのはず、前作『25』(2015年)からの6年間は彼女にとってさまざまなことがあったからだ。

4作目となる『30』は、19年初頭に制作を開始し、20年初頭には完全に書き上げていたという。30歳までの日々を歌にしたが、新型コロナウイルスの影響もあって作業や発売が延び、アデルはいま33歳になった。先日の現地時間11月14日夜に、オプラ・ウィンフリーがハリー王子とメーガン妃をインタビューした時とまったく同じセッティングで、アデルに話を聞いた様子をCBSで放送している。その内容を残した動画や記事などから彼女の言葉を引用しつつ、アルバムについて記していきたい。

でもその前に、まずは純粋に彼女の歌と音楽に耳と心を傾けることをお勧めしたい。アデルは自分のことを歌っているものの、やはりアデルの歌はみんなにとっての最大公約数で、多くの人が「これって、私のことを歌っているんじゃない?」「この歌は私のための歌のように思える」と感じられるはずだからだ。

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史上初となる2作連続グラミー賞主要3部門受賞を成し遂げた世界的歌姫アデル。

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離婚後に体調を崩したが、ジムで心を整えるうちに45kg減量。

前作の『25』は自分の可能性を引き出すために多数のプロデューサーと共作しているが、今回はアデルの心境に寄り添える人たちを求めた。そのため、家族で親しいグレッグ・カースティンと制作をスタートしたという。プロデューサーの名前から曲順を見ていくと、『30』は彼女の心の変化、つまり時系列に収録されているように思える。そして何より、今回は内省的な歌が多い。

アデルは離婚したことを、「あまりにも早すぎて、結婚というものを軽視したようで恥ずかしい」と感じたという。慈善事業家のサイモン・コネッキーとは2011年から付き合い始め、翌年に息子を出産、16年に結婚、18年に別居、19年に離婚を発表している。自分が母子家庭で育ったことから、「幼い頃から子どもができたら一緒にいようと心に誓い、ずっと家族を大事にしていきたいと思っていた」ため、自分を責めてしまい、離婚後は不安からくる強い発作で体調を崩してしまった。

 

しかしジムに通うことで心が整えられ、不安が和らぐことに気づく。そして毎日通い、2年間で約45kgの減量に成功した。いまではファッション誌等で、見違えるような姿を披露しているほどだ。その変わりぶりを批判する人もいたが、「SNSは中毒になるようにできているの。そのせいで、私はひどく後悔したわ。やらなければならないことがたくさんあったから、いまはSNSよりも、自分のことに時間を使うようになった」と、見ることもせず、そこは気にしなかったという。

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元夫と息子と良好な関係、父親との和解。

離婚したとはいえ、元夫や息子との関係は現在も良好のようだ。サイモンには自分の人生を救ってもらったことで感謝しているという。「あの頃の私はとても若く、もしすべてに夢中になっていたら危険なことになっていたかもしれない。でも彼が来てくれたおかげで、それまでの人生でもっとも安定した生活を送ることができたの。いまでも私は彼らを信頼しているわ」。

「スカイフォール」で2013年のアカデミー賞歌曲賞を受賞した際に、3人でロサンゼルスを訪れてこの地を気に入り、家を借りたというが、別れたいまも通りを挟んで向かい合って暮らし、息子の共同養育を続けている。「息子には、私が経験したことのないような父親が必要だと思ったの。サイモン以上の父親はいないでしょう」。

 

 

一方、アデルにとって子どもの頃に受けた最大のトラウマは、2歳の時に家を出て、3歳の時に母親と離婚した父親である。「私は誰に対してもまったく期待していなかった。父を通して期待してはいけないことを学んだから。父のせいで、私は誰かと愛し合う関係になることがどういうことなのか、十分に理解できなかったの」。

しかし、父とはここ数年で和解できたという。今年の5月に癌で亡くなったが、「生前に会話できたことでとても癒されたし、父が亡くなった時は傷口が塞がったようだった」と話す。収録曲の「トゥ・ビー・ラブド」は、父がいなくなったために人を信じることができなくなったことを表現した歌で、父に真っ先に聴いてもらったという。さらに、亡くなる直前には『30』の全曲を聴いてもらうことができた。そういう意味でも、これはアデルにとって意味のある大切な一枚なのである。

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新たな恋をしようともがいていた気持ちも歌に。

アルバムは、アデルがジュディ・ガーランドの伝記映画『ジュディ 虹の彼方に』(2019年)を観た後に制作した、ジュディへのオマージュが込められた「ストレンジャーズ・バイ・ネイチャー」から始まる。すでに大ヒットしている「イージー・オン・ミー」では結婚生活について歌い、「マイ・リトル・ラブ」では、息子に母親の本当の姿を見せるためにと、赤裸々に気持ちを語る。いつも息子からの「冷静になって。大丈夫だよ、ママ」という声に励まされているという。

一転して「クライ・ユア・ハート・アウト」では、ポジティブなアデルが戻ってくる。今回も参加のクリス・デイヴが叩くレゲエ風味のリズムに乗って、重めの歌詞も軽やかに弾ませる。「オー・マイ・ゴッド」は自分自身を表に出したいものの、すでに有名人ゆえ、それが難しい気持ちを歌う。「キャン・アイ・ゲット・イット」もそうだが、この頃は友人からブラインド・デート的なことも勧められたが、うまくいくはずもなく、本当の意味での関係を築きたいと願う気持ちを歌っているそうだ。

 

「アイ・ドリンク・ワイン」で、アデルは自分に問いかけ、相手にも問いかけ、コーラスではいろいろなキャラクターになりきって歌った。ハモンドオルガンのせいか、終盤はどこか教会音楽を思わせる仕上がりだ。「オール・ナイト・パーキング」は、ジャズ・ピアニストのエロール・ガーナーの演奏をサンプリングしながら、別居してから最初の恋愛、誰かを好きになる感覚を取り戻した感覚を歌う。ガーナーは独学で、しかも譜面を読めないことから独創的なフレーズを演奏したことで知られ、この曲は『30』の中で間奏曲という扱いになっている。「ウーマン・ライク・ミー」は、淡々と歌っているのが逆に怖いようなディスソング。

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続けていたら、すべてがうまく収まるようになる。

「ホールド・オン」は、アンセムソングと呼びたくなる楽曲。hold onとは離婚後に友人たちから、よく掛けられていた言葉だ。アデルはいろいろと頑張ることに疲れてしまっていた時期で、ならばホールド・オンしようと思ったという。

hold onには、“頑張る”という意味もあるが、“そのまま続ける”“(困難にめけずに)踏みとどまる”といった意味もある。『The Face』誌2021年冬号のインタビュー記事の最後で、「この1年で、私は本当にいろいろなことに気づくようになった。(中略)同時に自分に言い聞かせるのは、“とにかく続けなさい(just keep going)”ということ。なぜなら、あなたが33歳になった時、すべてがうまく収まるようになるからよ」と答えている。そこから解釈しても、“そのままでいる”、そして“耐えて、続けていく”といった思いを込めているように感じられる。

hold onという言葉は「マイ・リトル・ラブ」のサビの部分でも使われていて、アデルの背中をずっと押してきた言葉のように思える。だからこそ、この曲でAdele’s crazy friendsと一緒にゴスペルのように歌ったのだと思うし、「このアルバムは私の友人が作ったものなの」と話すように、いろいろな形で自分のことを心配してくれた友人のありがたさを、いままで以上に痛感した時間になったのだと思う。実際、19年5月に31歳の誕生日を友人たちと祝った時に、あまりの楽しさから、「ひとりで寝ても大丈夫だと思えた」とも話している。

前述の「トゥ・ビー・ラブド」に続く、「ラブ・イズ・ア・ゲーム」はこのアルバムのラストを締めるのにふさわしい1曲。『30』は、最初から最後まで歌の持つ素晴らしさを心から体感できる、丁寧に作られた秀作となっている。

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このアルバムで、同じような経験をしている人たちを安心させたかった。

プロデュースには『25』から引き続き、カースティンの他、トバイアス・ジェッソ・Jr.、マックス・マーティン、シェルバックが参加。ディーン・ジョサイア・カヴァーはインフロー名義でも活躍し、最近はソー(Sault)の活動でも注目される人物。ルートヴィヒ・ゲランソンは、彼が『ブラックパンサー』でアカデミー賞の作曲賞を受賞したとき、ジェイ・Zのパーティで知り合い、「彼の持つ和音やその和音の進行の仕方は、いままでに聴いたことがないほど素晴らしい」と説明。その仕事ぶりは、チャイルディッシュ・ガンビーノからハイムまで多岐にわたる。アデル曰く、ふたりとは自分と同様にアメリカに住むロンドン人、ヨーロッパ人(スウェーデン)としても意気投合したという。

「私は何よりも、このアルバムで自分を慰めたかったの」と、アデルは話しつつ、「同じような経験をしている人たちを安心させたかったし、自分がひとりではないことを思い出してほしい」とも語る。そして、「いつか息子がこのアルバムを聴いて、自分の母親がどんな人で、この時期にどのように人生が変わったのかを、心から理解してくれることを願っている」と加える。

最後になったが、アデルは現在の恋人リッチ・ポールとの関係を「初めて自分を愛することができるようになり、誰かを愛することや誰かに愛されることにも心を開けるようになったの」と話している。

このアルバムを聴く全員に、素敵なことが起こりますように。

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アルバム『30』(通常盤)¥2,640/ソニー・ミュージック 完全生産限定盤(紙ジャケット+ボーナストラック3曲 ¥2,860)、アナログ盤の発売もある。

*To Be Continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
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