歌が耳の聞こえない人の心も開く、『コーダ あいのうた』

映画『コーダ あいのうた』は、2021年のサンダンス映画祭で審査員大賞(グランプリ)ほか計4部門受賞するなど、すでに評価が高い。観客賞も受賞していることからわかるように、心に響くシーンがあちこちに散りばめられている。リアリティに限りなく近づけていることも理由のひとつにあると思う。監督は、脚本が認められて監督も任されたという、シアン・ヘダーである。

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写真左から:左のルビー以外は、両親も兄も耳が聞こえないが、とても中の良いロッシ一家。

主人公は高校生のルビー。彼女は歌うことが大好きなのに、両親と兄は耳が聞こえないため、家族に自分の歌を聞いてもらえたことが一度もない。さらに、家業である漁師の仕事を拡張するために手話で通訳として働くことを求められ、高校卒業を前にして、自分の夢と家族の生活との狭間で悩むことになる。


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耳の聞こえない役は、実際にろう者の俳優が演じている。

母親がルビーに、彼女を出産する時に「聾唖(ろうあ)の子でありますように」と願い、耳の聞こえる子どもだと分かった時に「心が沈んだ」と明かしたシーンには驚いた。しかし、それは自分の母親との関係から、母娘で分かり合えるかどうか自信がなかったからだ。

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母親役のマーリー・マトリンは史上最年少の21歳でアカデミー主演女優賞を受賞。

母親役のマーリー・マトリンは、実際に耳が聞こえない。『愛は静けさの中に』(1986年)の演技で脚光を浴び、アカデミー主演女優賞を受賞したことで知られる名優で、彼女の存在は監督にとってインスピレーションの源になったという。さらに父親役も兄役もろう者の俳優を揃え、『ダンケルク』(2017年)のスタッフが関わったこともあって本格的に漁業を体験、撮影時には漁師さながらの術も身につけるほどになっていたそうだ。

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エミリア・ジョーンズは、母国イギリスで“「ネクスト・エマ・ワトソン」と呼ばれるほど人気の高い19歳。

ルビー役のエミリア・ジョーンズがとても魅力的で、美しい歌声も聞かせる。そのため、この映画はルビーの成長や恋を描いた青春物語として観ることもできるし、親や兄の立場から、自分たちらしく生きることと、娘や妹であるルビーの人生をどう支えていくかといった、身近な立場に置き換えながら観ることもできる。そして、“普通に生活すること”、“コミュニティで暮らす”とはどういうことなのか、といったことも考えさせられる。

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耳が聞こえなくても、歌を通じてわかり合おうとする親子の姿。

以前、『うたのはじまり』(2000年)というろう者の夫婦が聴者として生まれた我が子を育てている日本のドキュメンタリー映画を観たことがある。子どもは幼いので、子の気持ちは語られなかったが、そこでの、歌をひとつの媒介要素としつつ、あるがままに生活していく中で育まれた関係性はとてもよいように感じられた。

ともに生きていくことで、そこに適合した新たなコミュニケーションが生まれる。言動なしには、何も始まらない。それぞれの日常がある中で、一歩でも相手に歩み寄ってケアの思いやりを持つことで、お互いが生きやすくなる社会が開かれ、新たな関係性を育んでいけるのだと思う。『コーダ あいのうた』では、家族が新たなコミュニティに向けて一歩踏み出したシーンも描き出される。

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写真左:ルビーの相手役のマイルズは、『シング・ストリート 未来へのうた』(16年)で主役を演じたフェルディア・ウォルシュ=ピーロが演じた。

好きなシーンのひとつは、高校生のコンサート会場で、歌に合わせて観客が手拍子しているのを見たルビーの父親が、一緒に手拍子をしてみる場面だ。ここでも歌がろう者と聴者とを繋ぐ。ベース音の響きを体感することで「ラップが好きだ」と言っていた父親だが、手拍子で自ら音楽にも、観客にも加わっていく。ここから父親のスイッチが入って、ルビーの歌をもっと感じたいという気持ちが募り、さらにはこれまでの殻を破って世界を知りたいと、母親ともども積極的にコミュニケーションを広げていく。

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ルビー役のエミリア・ジョーンズの表現力にも注目。

原題は『CODA』で、てっきり楽曲や楽章の終結部(そこから次の章が始まる)を意味する音楽記号から付けたのかと思っていたら、“Child of Deaf Adults”の略語という。フランス映画『エール!』(2014)年のリメイク版ながら、劇中で使われる曲などにもマーヴィン・ゲイ&タミー・テレルの「ユー・アー・オール・アイ・ニード・トゥ・ゲット・バイ」をはじめ、アメリカ版に向けた名曲が歌われているのも楽しい。

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劇中でデヴィッド・ボウイ「スターマン」、ジョニ・ミッチェルの「青春と光と影」などが歌われる。

アメリカではろう者のクリエイターたちがASL(アメリカ手話)を表現文化に組み込みはじめているように、手話の可能性は広がりつつあるし、ろう者と音楽の関わり方も自分が知らないだけで多岐にわたって存在していると思われる。筆者もルビーが手話をしながら歌う際の表現力に惹かれて、手話について知りたいと思い始めているところだ。

『コーダ あいのうた』を観終えてから、よかったと思うシーンを友人とそれぞれ話していたのだけれど、そういった時間さえも心が温まるように感じた映画だった。

『コーダ あいのうた』

●監督・脚本/シアン・ヘダー
●出演/エミリア・ジョーンズ、フェルディア・ウォルシュ=ピーロ、マーリー・マトリンほか
●2021年、アメリカ映画
●112分
●配給/ギャガ
2022年1月21日(金)より、全国ロードショー。
© 2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS

https://gaga.ne.jp/coda/

*To Be Continured

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
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Twitter:@natsumiitoh

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