#MeTooに着火した事件『シー・セッド その名を暴け』。

あの#MeTooムーヴメントを世界的に知らしめるきっかけとなった、セクハラ・性的暴行事件を扱った映画である。先日放映されたEテレの『100分de名著』の新春スペシャル『100分deフェミニズム』でも取り上げていたほど、見過ごすことはできない大物映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの事件である(『パルプ・フィクション』(1994)、『恋に落ちたシェイクスピア』(1998)、『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズ他多数を担当)。映画『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』は、この事件を暴いたニューヨーク・タイムズ紙の女性記者ミーガン・トゥーイーとジョディ・カンターが書いた回顧録をもとに制作している。

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ニューヨーク・タイムズ紙の記者、ミーガン・トゥーイー(キャリー・マリガン、写真左)とジョディ・カンター(ゾーイ・カザン)。

大物映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの事件を再現。

衝撃を受けるシーンが多い。しかし、監督のマリア・シュラーダーは暴行場面を見せることはしない。必要ないからだ。それよりも被害に遭った女性たちの言葉であったり、ワインスタインの言動であったり、そもそも女性に対して権力をかざす男たちの思考や、彼らの間では当然のように思われていること(たとえば性暴力は示談で済む問題だと考えているなど)にショックを受ける。その内容は映画を観ていただくとして、まずに心に留めておいてほしいのは、女性たちは直接身体に手を触れられていなくても、その言動・思考に深く傷つき、性格も人生も変わるほどトラウマになることがあるということだ。

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被害者たちは女性記者たちの尽力によって、苦しみながらも同じ被害者を救うためにも心を開いていく。そのうちのひとり、ローナン・ファローに関する調査が掲載されたことをきっかけに、長年明らかにされてこなかった真実が公にされ、さらに多くの女性が次々と名乗りを上げ、ワインスタインの逮捕へと道が繋がる。世界中を感動させた作品に携わってきた映画界の大物にとって、自らの犯罪が全世界の社会へ警告を鳴らすムーヴメント#MeTooを引き起こし、さらに業界改革を願う映画の題材になるとは、皮肉なものである。

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トラウマと戦う女性たちを描き、アシュレイ・ジャッドも本人役で出演。

希望していた会社に入社でき、しかも雲の上の人のように思っていたワインスタインから声をかけてもらい、心を躍らせていた女性社員。しかし、その権力者は「新入社員の女性は誰でもやっていることだよ」と、「マッサージをしてほしい」とホテルの部屋に連れ込もうとする。そして要求に応じなかったら、即クビ扱いとなって映画業界で働けなくさせられ、応じたら応じたで、性行為をしていなくとも心にひどい傷を負う体験をしてしまう。肉体関係を持っていないのだから性犯罪ではないとし、また、性暴力を犯したとしても多額の示談金と秘密保持契約によって厳重に口封じをしてしまうこの常習犯と、彼女たちはいかに戦っていくか。性犯罪を暴く、ジャーナリズムの舞台裏を覗く映画としても見どころは満載だ。

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乳ガンと戦いながら、過去の扉を開く決意をするローラ・マッデン(ジェニファー・イーリー、写真中央)。

心の傷は深く、複雑に幾重にも折り重なる。時間の経過とともに、鍵をかけてしまうこともある。ゆえに取材する側も、同じ女性だからこそセンシティヴにならざるを得ないし、記憶を消し去りたい被害者側の気持ちと権力者側による圧力との板挟みから、自分の家庭での幸せな時間も脅かされていく。産後うつになった話など、記者のプライヴェートもそのまま描かれる。情報源である女性たちや、調査に参加した人たちと同様に、城壁のように立ちはだかったワインスタインと戦った記者たちも、みな勇敢な女性としてこの映画で扱われているのである。実際に被害に遭った女優アシュレイ・ジャッドが本人役で出演していることからも、いかにスタッフやキャスト全員が本気で制作したかが伝わってくるはずだ。

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「ここでは当たり前のこと」と、不必要なケアに騙されてはいけない。

人は社会をひとりで生きていくことは不可能で、必然的に誰かからのケアを受けながら生きてきていて、さらにそれが命にかかわることであれば、ケアする側の精神的・肉体的負担も大きくなる。しかしその一方で、権力者が弱者に求めるような、驕りから生まれる「不必要なケア」の要求も存在する。女性だからといってそこまで応じることはないのだが、さらに未熟で若いと社会経験が浅いだけに、手玉に取られてしまうのだろう。実際、ある組織に入ったときに「ここでは、こういうことは当たり前のことだから」と言われてしまえば、“郷に入っては郷に従え”とばかりに、有無を言わせず応じなくてはならないと思ってしまう……。そういったことは、多くの弱者にとって経験した覚えがあるのではないだろうか。

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権力に屈せず、チーム一丸となってワインスタインを追い詰めていく。

気になったのは、過去を隠して結婚した女性の夫に、彼女が不在だったため、記者が彼女本人の許可を得ずにその過去を話してしまうシーン。その後の夫婦の会話が気になってしまう。

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疑問を投げかける映画の中で、「音楽そのものが葛藤している」

そしてエンドロールに流れる音楽が、強く心に刻まれる。音楽は、『ムーンライト』(2016)をはじめ、この5年弱の間に3度オスカーにノミネートされた作曲家ニコラス・ブリテルによるもの。チェロを主音声とし、そこに彼自身のピアノと15人編成の弦楽オーケストラを起用。場面によって室内楽とオーケストラの両方のアンサンブルで使い分けているが、最後にその不安感を煽るようなチェロの音色を奏でているのは、彼の妻のチェリスト、ケイトリン・サリヴァンである。

本当は映画を観る前にサウンドトラックを聴いておくべきだったのかもしれない。シュラーダー監督は、ブリテルに「映画の冒頭の音楽が、観客に対して“映画は私たちよりも多くのことを知っている”という合図になるような方法があればいい」と、語ったという。これに対しブリテルは、「とても面白い表現だと思った。彼女は音楽が映画全体について語るような、より広い視野、ズームアウトした視野を持つことを望んでいたように思う。だから、映画の冒頭から疑問を投げかけているようなものだと解釈したんだよね」と、答えている。

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曲名からわかるように、チェロ演奏を主体としながら、音楽がナレーターのようにどの重要なシーンにも寄り添ってくる。この挑戦的な映画の音楽を作曲するにあたり、ブリテルは「この映画には多くの二面性がある。直感的にチェロに惹かれた理由として、チェロの音色のパレットには、人の感情の内面に語りかけるような優美な音色と、同時に、感情の緊張を強調する厳しい音色があるし、一方で、闇を大きく掘り下げる能力のある音色、内なるトラウマをも語るさまざまな実験的サウンドを響かせる可能性もあると感じたからだ」と、話す。さらに、「映画の中で、音楽そのものが葛藤している。これらは継続的な問題であり、疑問を投げかけているのであって、答えを出しているわけではないんだ」と、付け加えている。そのあたりの音色も意識して、聴き入ってもらえたら、と思う。

自分の身の回りを見ても、日々のニュースを見ていても、「必要なケア」の問題とは別に、性犯罪や「不必要なケア」にあふれていて、このような映画が公開されたことによって、ようやくもっと重視すべくスタート地点に立ったのでは、と感じ入る。とはいえ、ワインスタインは本当に心から自分の非を認めて、自分の驕りや勘違いに気づくことができたのだろうか。他の男性たちはどうだったのだろう。

『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』
●監督/マリア・シュラーダー
●出演/キャリー・マリガン、ゾーイ・カザン、パトリシア・クラークソン、アンドレ・ブラウアーほか
●2022年、アメリカ映画
●129分
●配給/東宝東和
●2023年1月13日(金)より、全国ロードショー。
© Universal Studios. All Rights Reserved.
https://shesaid-sononawoabake.jp

*To Be Continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
Twitter:@natsumiitoh

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