待望の最高傑作! ジェイミー・エックス・エックスの『In Waves』

ジェイミー・エックス・エックスは、10代でセンセーショナルなデビューを果たしたザ・エックス・エックスの頭脳と呼ばれるトラックメイカー/プロデューサー。ドレイクのプロデュースや、レディオヘッドやアデルなどのリミックスを手掛けたことでも知られ、その活躍は枚挙にいとまがない。彼のソロ・デビュー・アルバム『In Colours』(2015)は、第58回グラミー賞最優秀ダンス/エレクトロニック・アルバム賞にノミネートされるなどして、キャリアを着実に積み重ね、今年9月に満を持して約10年ぶりのソロ2枚目の『In Waves』を発表した。現在とても愛聴しているこのアルバムついて、ジェイミーに4回目となるインタビューを行った。

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Jamie xx(本名ジェイミー・スミス)1988年ロンドン生まれ。DJ、トラックメイカー、プロデューサー他、ドラムや鍵盤楽器も担当。The xxでも単独でも頻繁に来日していて、日本での人気も高い。

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10年間で体感したアップダウンから、物事を俯瞰できるようになった。

――前回『In Colour』で取材した時に、あなたは次のように話していました。「曲作りがセラピーに近いか、エスケープに近いかというと、エスケープの方が多い。自分に悪いことが起こっている時は、曲作りだけに集中して没頭できるので、その悪い感情から逃げられるからね」。では、今回のアルバム『In Waves』についてはいかがでしたか? 

フフッ、当時のことを改めて聞くのは面白いね。今でもエスケープとして曲作りをしている部分はあるけれど、エスケープの割合を少なくするようにしている。自分の気持ちを認識して、そこから逃げるのではなく、関わって行く。そうすることを学んだおかげで、より良い音楽が作れるようになったと思うし、以前よりもハッピーな状態で作れるようになったと思う。

――それは良かったです。私は最近『In Waves』ばかり聴いていて、曲順や世界観の流れも馴染みやすかったです。アルバムタイトルに込めたメッセージがあれば教えて下さい。

気に入ってもらえて良かった。曲順を完璧なものにするために、かなりの時間を費やしたからね。最近はストリーミングや尺の長いリミックスが増えているということもあって、アルバム制作というアートが多少、失われてきていると思う。だから特にこの作品は、1枚のアルバムとして聴いてもらいたかった。タイトルを『In Waves』にした主な理由は、この制作には非常に長い期間を要したから期間中に多くのアップダウンがあったんだけど、僕は物事を俯瞰することができるようになったから、僕が体験したアップダウンは全て自分のためになったと思えるようになった、という意味合いがあるんだ。

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スポークンワードやヨガの先生の言葉もダンスミュージックにサンプリング。

――曲の構想についても教えてください。たとえば後半の、「All You Children」ではアヴァランチーズをフィーチャリングしつつ、アメリカの南部出身の大学教授で活動家でもある詩人ニッキ・ジョヴァンニの「Dance Poem」(1976年)をサンプリングしていますし、「Every Single Weekend」では黒人大学であるテキサス・サザン大学のハワード・ハリス教授が主催した音楽芸術展から「A Song for the Children」の子どもの声もサンプリングしていて、アメリカへはもちろん、非常にメッセージ性のある楽曲になっています。

アイデアを自由にフローさせて、間違いを調整して、目的や意図を考え過ぎないで作曲をしていくと、ずっと良い曲にまとまっていく。だから、曲の作り方に関してはあまり考え過ぎないようにしているけど、楽曲で起用されているメッセージやスポークンワードに関しては、最近の世界の状況に関連していることが多い。僕の同世代においては、より良い状態を目指している人が多い。精神衛生面でもそうだし、あらゆる人々に対してオープンで寛容であろうとする姿勢もそう。僕がこのアルバムを作っていた10年間、そういう話題が注目されていたから、それらに関するメッセージや言及も含まれていることは確かだね。

 

――「Breather」ではヨガ・アーティストのジュリアナ・スピコラクのスポークンワードをサンプリングし、「Falling Together」ではダンサーでありコレオグラファーのウーナ・ドハティの声をフィーチャリングしています。物凄く好きな2曲で、これらも没入しやすいナンバーですが、どのようにして生まれた曲なのでしょう?

アルバム最後の曲「Falling Together」は、僕がコンテンポラリーダンスのための作曲を手がけていたことがきっかけで完成した。このダンス作品『Navy Blue』はウーナ・ドハティが制作したもので、ダンスに含まれているスポークン・ワード部分の音源を僕に送ってくれた。その音源を切り刻んで「Falling Together」という楽曲にしたんだよ。

――なるほど! では「Breather」は? 

ロックダウン中に、僕はオンラインでヨガのレッスンを受けていた。他にやることもなかったし、健康でいたかったから。曲のスポークンワードは、ヨガのクラスを教えている女性の声なんだ。ヨガをやっている最中も、これと同じ声がダンスフロアから聴こえてくる情景をイメージすることができた。クラブで陶酔した状態になっていても、この健康を意識した言葉が、全く別の意味合いを持ってダンスフロアで解釈されることができるというのがおもしろいと思ったんだ。

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AIを使って、前のヴァージョンに新たなエネルギーを注力させて完成した曲も。

――興味深いですね。いっぽう、冒頭の2曲目の「Treat Each Other Right」はミュージックビデオからも想起できるような、covit-19から解放された、混沌とし鬱積したものが爆発するようなクラブシーンを思わせる、変化に富んだクールなナンバーです。ノーザンソウルの歌い手アルメタ・ラティモアの歌声も耳に強く残ります。この曲はどのようなアイデアから?

僕は元々のサンプル音源を持っていて、それを元にかなり前から曲を作っていたんだ。個人的にはすごく気に入っていたけど、DJセットでかけると、毎回あまり反応が良くなかった。だから、しばらく放置していた。そして、このアルバム制作が終盤になった頃に作り直すことにして、AIを使って、サンプルからヴォーカルを外したり、新しいテクニックなどを使って、前のヴァージョンに新たなエネルギーを注力するようにした。その結果として出来たのがこの曲なんだ。 

――ミュージックビデオもインパクトがありますね。

監督してくれたロージー・マークスは素晴らしいアーティストだよ。ロックダウン中も僕は彼女と一緒にさまざまなプロジェクトを手がけていた。彼女は写真家であり映像監督でもあり、現在はドキュメンタリー作品をいくつか撮っている。彼女の作品はみんなにチェックしてもらいたいね!

――そうします。また、「Waited All Night」では盟友(The xx)のロミー とオリヴァーが参加しています。ふたりともソロアルバムを発表し、あなたは双方に協力しましたが、自分のソロでは二人をどのように活かしたいと思いました? また、ミスティークの「All I Want」 を使うアイデアはどのあたりで浮かんだのでしょうか。

あのふたりは、僕にとって最も一緒に仕事がしやすい人たちだし、彼らの声が誰の声よりも好きだから、いつでも一緒に仕事をしたい。それに彼らのおかげで、僕のいまの活動も成り立っているからね。ミスティークの歌を使うアイデアに関しては、「Waited All Night」のコーラス部分のキャッチーさに合うようなヴォーカルサンプルを探していたんだ。あの曲自体が、2000年代初期のガレージの多くを参照していたから、その時代のカタログを掘ってあのサンプルを見つけたんだ。

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夜遊びした時のボイスメモから新しい作風を試み、アルバムの可能性が見えてきた。

――「Baddy On The Floor」では、トランスジェンダーでファッション・アイコンでもあるDJハニー・ディジョンが、「Dafodil」では、チェロ奏者ケルシー・ルー、ラッパーのジョン・グレイシア、そしてパンダ・ベアがフィーチャーされています。本当に幅広くアーティストを迎えていますが、その際、曲はどのように組み立てていくのですか?

手順は曲によって毎回違うんだけど、「Dafodil」に関しては、最初に、あのサンプルをベースにした、とてもシンプルなビートを作ったんだ。そしてケルシー・ルーにメッセージして、僕とケルシーが過去に夜遊びしたことについてのボイスメモを送ってほしいと頼んだ。僕は、そのボイスメモをいじって、サンプルにしたり、音を調整したりしていった。自分が今までやっていた作曲手順とは違う新しいものだったから、この曲を作った時が、今回のアルバムの可能性が見えてきた瞬間だったんだ。

――「Still Summer」も凄く好きで、繰り返し曲の世界観に浸っていますが、ムーディー・ブルースの「Nights In White Satin」が使われていることに驚きました。『In Waves』では70年代のソウルミュージックから多くサンプリングされていると思いますが、当時のアートロックと呼ばれたジャンルも以前から聴いていたのでしょうか?

そう、以前から聴いているし、いまでもいろいろな種類の音楽を聴いているよ。「Nights In White Satin」はこれまでで大好きな曲のひとつに入るものだし、この曲のようなコードが使われているダンスミュージックは聴いたことがないなと思っていた。だから、それを自分でできるかやってみたかったし、そこで何か新しいサウンドのものができるかどうかもやってみたかった。曲のコードを起用して自分が作った素材に当てはめていったら、すぐに仕上がったよ。

――「Life」では冒頭からレヴェラシオンの「The House Of The Rising Sun」がサンプリングされていて、そのディスコ・ハウスに気分が上がりました! 私はロビンが大好きでソロアルバムも持っていますが、あなたから見て、彼女の魅力はどこにありますか?  

彼女は長年のキャリアの持ち主だから、音楽の知識がとても豊富だ。それに、頼れるボスのような存在であり、何年も前から、僕にたくさんの素晴らしいアドバイスをくれた。彼女と一緒にスタジオで仕事をする時、彼女は音楽に対してとても情熱的だし、声も素晴らしいから素敵な時間を過ごせるんだ。一緒に仕事をすると、すごく良い刺激を受けるんだよ。

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自分の人生に付随しがちなクレイジーなことにはあまり考えないようにした。

――このアルバムでは共演者の新たな魅力を引き出したように感じましたが、ジェイミー自身で、内面的な部分でもいいので、アルバムを完成したことで自身が進化したと感じる面はありましたか?

アルバム制作期間を経て、自分にはたくさんの変化や進化があったと思う。それに、子供の頃に感じていた、音楽に対する純粋な愛情というものを再び感じられるようになった。自分の人生には、それ以外のクレイジーなことが付随しがちだけれど、そういう側面についてはあまり考えないようにすることにしたんだ。

――最後に、多様化していくクラブシーンで最高の音楽を作る上でこだわっている点について教えてください。

よく見落とされがちなことがあって、それは......特に最近ではダンス・ミュージックを作ろうとする人がたくさんいるという状況とあって、サンプルパックなども入手できるから、他人が制作したプロダクション音源を、パズルのピースみたいに簡単に繋げて曲にすることができてしまう。でも最も難しいのはドラムの音であり、良いドラムサウンドを作り、それをオリジナリティのあるドラムサウンドとして出すということだと僕は思っている。だから僕はドラム音に関しては、かなりの時間を費やして曲に完璧に合うドラムの音を作り、曲のグルーヴにピッタリと合うドラムに仕上げるようにしている。それが上手くできれば、あまり目立った評価はされないんだけど、曲としては最高なものができると思う。 

――ありがとうございます。お話を伺って、『In Waves』の凄さをさらに堪能できそうです。

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ジェイミー・エックス・エックス『In Waves』(Beat Records ¥2,860)
ジェイミー・エックス・エックス In Waves Tour
日時:2024年11月27日(水)OPEN 18:00 / START 19:00
会場:豊洲PIT

協力:青木絵美さん

*To Be Continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
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