大統領選前に話題沸騰、現代を映し出す問題作『シビル・ウォー アメリカ最後の日』
Music Sketch 2024.10.10
連邦政府から19もの州が離脱し、そこから政府軍vs西軍の内戦が勃発するという近未来のアメリカを描いた『シビル・ウォー アメリカ最後の日』。これは当然、アレックス・ガーランド監督からの警告である。大統領が憲法を改正して3期目も就任したことはトランプ前大統領を想起させ、実際、2021年1月に当時のトランプ大統領が連邦議会議事堂の襲撃を煽動した事件は「内戦」とまで言われた。今年7月のトランプ暗殺未遂事件を「内戦」の始まりと示唆したメディアも少なくなかった。地球上で常に止まない戦争は、大国アメリカ国内でも起こりうる現状なのだ。また、この作品はロードムービーとして、また女性の戦場カメラマンたちを描いた作品として観ることもできる。
近未来のアメリカの内戦の様子をロードムービーで描く
主な登場人物は、著名な女性戦場カメラマン、リー(キルステン・ダンスト)と、相棒の記者ジョエル(ワグネル・モウラ)、リーが恩師と呼ぶサミー(スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン)、そしてリーに憧れる若手カメラマン、ジェシー(ケイリー・スピーニー)の4人。彼らがニューヨークからワシントンD.C.まで戦場と化した道1379kmをひたすら車を走らせ、大統領が立て篭もるホワイトハウスへと向かう。実際、ダンストは現実に符合したタイムリーな内容に「私たち全員がアレックス版『地獄の黙示録』である奇妙なロードトリップの一部なんだと感じた」と語っている。しかも公開されるのがアメリカ大統領選挙の直前とあれば、リアリティを感じずにはいられない。
しかし設定は、カリフォルニア州(現実の世界では民主党の支持傾向が強いとされる)とテキサス州(同様に共和党の支持傾向が強いとされる)が手を組んで西軍となり、政府軍と戦うという構図。そして西軍として闘う民衆は誰がリーダーなのかを知らず(気にもしていない)、さらに何を正義として主張しているのかも描かれていない。「なぜアメリカで内戦が起こったのか?」、ガーランド監督はその動機を説明することなく展開することで、登場人物たちと同じような混乱に近い状態に観客を置き、没入させたいのだろう。混沌とした状況で指揮官のいない無差別な撃ち合いが繰り広げられる一方で、4人は平穏を装い関わらないようにする人たちにも遭遇する。
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戦場カメラマンを熱演するキルステン・ダンスト
ジョエルは14ヶ月間もインタビューを受けていない大統領を直撃し、スクープを狙おうと意気込む。とはいえ、彼はもっと突っ込んだ取材姿勢を見せてもいいと思うのだが、どこか現場そのものに興奮している気持ちが勝っているように見えてしまう。ガーランド監督はもはや報道の意味もないことを訴えているのかもしれない。その一方でリーは、「自問自答を始めたらキリがない。だから質問はせず、記録に徹する。それが報道の仕事」、「戦場で生き延びて写真を撮るたびに、祖国に警告しているつもりだった。でもこうなってしまった」といった発言をする。
さらにこの作品は、ベテランのリーと新人のジェシーという女性報道カメラマンの師弟関係も丁寧に描き、ジェシーの戦場カメラマンとしての成長物語として観ることもできる。私はガーランド監督作品のうち、『MEN 同じ顔の男たち』(2022年)は観ていないが、監督はともにSF映画である『エキス・マキナ』(14年)では終盤で女性型ロボット同士の交流を描き、『アナイアレイション−全滅領域−』(18年)では女性たち6人に灯台を支配したシマーの正体を見破るべく探検させる。リーは20世紀に活躍した写真家リー・ミラーをモデルにしたとされるが、実際、この2人の仕事ぶりや変化を観ることで、報道カメラマンの在り方や意義など考えさせられることは多かった。
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ポーティスヘッドのジェフ・バーロウが音楽を共同で担当
そして何より冒頭のシーンから音楽がとても良い。音楽を担当するのはジェフ・バーロウとベン・ソーリズブリー。バーロウは一世を風靡したポーティスヘッドのメンバーでエクスペリメンタル・ミュージックの担い手として幻想的で優美な音楽世界を描くのに卓越した才能を持ち、ソーリズブリーは個人でもBBCの番組をはじめ数多の仕事をこなし、ビヨンセのドキュメンタリー映画『ライフ・イズ・バット・ア・ドリーム』(13年)にも携わっている。ふたりがガーランド監督と組むのは、これが4作目。作家、脚本家として活躍してきたガーランド監督のオリジナル脚本&長編監督デビュー作は第88回アカデミー賞視覚効果賞を受賞した『エキス・マキナ』で、そこから前述の2作品、そして今作品と、ふたりは全作品の音楽を担当してきた。これまでも近未来的な映像にマッチしていたが、今回はリーの心象風景を中心に見事にこの世界観を音で具現化している。
また今回はそのオリジナルスコアに加え、冒頭のシルヴァー・アップルズの「ラヴフィンガーズ」に始まり、不安感に駆られながらもニューヨークからワシントンD.C.へ向けて出発する場面ではスーサイドの「ロケットUSA」、ジェニーが死体に怯え、そこからシャッターを切っていく凄絶な場面ではデ・ラ・ソウルの「セイ・ノー・ゴー」、走行中に友人である香港人のリーたちの車と遭遇し、悪ノリをして走りながらリーとジェシーが互いの車に乗り込むシーンにはスキッド・ロウの「スウィート・リトル・シスター」が流れていく。ラストシーンでもスーサイドの「ドリーム・ベイビー・ドリーム」がかかるなど、観る側の感情を煽ったり、アイロニカルな曲調に乗せたりするなどして誘導していくのだ。
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映像や音響にこだわった手法で、まるで現場にいるような感覚に
政府軍と西軍の争点は明らかにされない。しかし、この曖昧さこそがガーランドが示唆する現代の戦争という。「こう言った危機は、決して抽象的なものではなく、現実的なものだと思う」、「アメリカや世界中の国々が、かつての何某戦争のように明確な境界線で分裂する危機にあるとは思わない。世界が直面している危機はそれではない。我々は崩壊し、粉々になる危機に直面している」と、監督は語る。
この映画で最も戦慄が走ったシーンは、「僕らは同じアメリカ人だ」と話すジョエルたちに対して、赤いサングラスをかけた超国家主義者の兵士が「どういう種類のアメリカ人だ? 中米か南米か?」と突き返す場面だ。結局、アメリカでは独立宣言が示した人民平等はない。どんなに憲法が改正されようと、この問題は変わらないし、移民問題は現在の選挙戦の争点のひとつになっている。なお、この危険な兵士はダンストの夫であるジェシー・プレモンズが友情出演していて、そこからもここが重要なシーンであることがわかる。
私はSF小説を読むものの、グロテスクな場面の多いSFスリラー映画は苦手としている。しかしこの『シビル・ウォー アメリカ最後の日』については、悲しいことに現実の戦争の映像で見慣れてきているのか、両手で目を覆うこと少なく鑑賞できた。ここで描かれている残酷な行為は、現実に起こっている事実なのである。手持ちカメラで射撃現場を追い続け、銃撃音といった音響にも徹底的にこだわったという本作は、まるで自分が現場にいるような感覚で体感ことができる。それだけにドルビーシネマやIMAXシアターで観ると、アレックス・ガーランド監督の真意をより理解することができるのではないだろうか。
●監督・脚本/アレックス・ガーランド
●出演/キルステン・ダンスト、ワグネル・モウラ、スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン、ケイリー・スピーニー他
●2024年、アメリカ・イギリス映画、109分、PG12
●配給/ハピネットファントム・スタジオ
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*To Be Continued
音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
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