驚きの撮影裏話! 『ヒプノシス レコードジャケットの美学』

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ピンク・フロイドの『原子心母(Atom Heart Mother)』(1970年)のアルバムジャケットに使われた、牛の写真を持つ撮影者のオーブリー・ポー・パウエル。©️Cavalier Films Ltd

"ヒプノシス"と聞いただけで、ピンク・フロイドやレッド・ツェッぺリン、10cc、ピーター・ガブリエル(元ジェネシス)、デフ・レパード等のアルバムジャケットを手掛けたデザイナー集団のことを思い浮かべたら、絶対にこのドキュメンタリー映画を観るべきだ。監督を務めたのはU2やディペッシュ・モードなどモノトーンのアーティスト写真や映像で一世を風靡したアントン・コービン。写真家、クリエイティヴ・ディレクターとして秀でた才能を持ち、昨今は『コントロール』(2007年)ほか、映画監督も務める。音楽とヴィジュアルの関係を知り尽くした彼だからこそ、ストーム・トーガソンとオーブリー・ポー・パウエルというヒプノシスの天才ふたりをここまで徹底してドキュメンタリー作品として描けたのだと思う。

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(写真左から)若かりし頃のオーブリー・ポー・パウエルとストーム・トーガソン。Hipgnosisとは催眠術(hypnosis)に引っかけて、Hip(粋な)とGnosis(グノーシス:直感やひらめき、啓示などから得る知識)を合わせた、シド・バレット命名の造語だそう。日本では松任谷由実の作品も手掛けた。©️Hipgnosis Ltd

斬新で奇抜、どんなアイデアも具現化してしまう伝説のデザイナー集団

はじまりは1964年の英国ケンブリッジ。アートロックバンドとして独自の世界観を創出していたピンク・フロイドの友人として知り合ったことからだった。トーガソンは24歳の時に、彼らの『神秘(A Saucerful Of Secrets)』(68年)のレコードジャケットやツアー・ポスターのデザインを手がけ、そのセンスを認められる。当時のレコード会社がまったく気にしていなかったレコードジャケットに着目したことで、音楽をヴィジュアル化したデザインが独創性の高い音楽との相乗効果を生み、話題となるのだ。そこからT・レックスやエマーソン・レイク&パーマーなど、UKロックを牽引するバンドのレコードジャケットの依頼が、アーティスト側からやってくるようになった。

そして70年代のロックのムーヴメントを牽引するかのように、トーガソンが担当したポール・マッカートニー&ウイングスの『バンド・オン・ザ・ラン』が大ヒット。この年はピンク・フロイドの名盤『狂気(Dark Side of the Moon)』、レッド・ツェッぺリンの名盤『聖なる館(Houses of the Holy)』(それぞれ73年)なども制作していて、仕事がガンガン舞い込み、彼らは斬新で奇抜、時には破茶滅茶なアイデアも具現化していく。アルバムが大ヒットしてツアーも大盛況となれば、仕事としても大成功となる。売れなければ滑稽なデザインとして映るが、でもおもしろいように当たるのだ。狂乱の時代を迎え、制作に使える予算も膨らみ、単なるパッケージだったものに芸術性が加味され、いわゆる"ジャケ買い"が始まった時代でもある。

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レッド・ツエッぺリンの『聖なる館』(73年)のジャケットを見開いたもの。いかにして完成したか、裏話が語られる。©️Mythgem Ltd
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ピンク・フロイドの『炎〜あなたがここにいてほしい〜(Wish You Were Here)』(75年)の炎は、いまならCGで済む話だが、当時はとんでもない撮影現場になっていた。©️Pink Floyd

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ノエル・ギャラガーもヒプノシスに憧れた、レコードジャケットの時代。

常識にとらわれないアイデアを発想するトーガソンと、カメラマンとして象徴的な写真を撮り続けたパウエル。互いの鬼才ぶりは強烈な個性を伴い、当然、増員したスタッフや関係者との間に軋轢が生まれていった。結局ふたりは、一緒に仕事をしてきたバンドがそうであったようにエゴと金銭の問題に陥り、1983年に分裂し、15年間の活動に終止符を打つ。さらにパンクロックや、MTV、CDの登場で、精巧なジャケット制作の時代も終焉となり、ロックの在り方も変わっていった。クランベリーズのジャケットはトーガソンがひとりで手がけていたように、その後は個々に活動していく。

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『アニマルズ』(77年)では、エリート・ビジネスマンが犬に、資本家が豚、平凡な労働者が羊に喩えられていて、コンサートではそれぞれの姿をした風船が頭上に浮かぶ。では、レコードジャケットの豚は、どのようにして撮影したのだろうか?©️Pink Floyd

トーガソンは2013年に亡くなったが、このドキュメンタリーではパウエルを中心に、ピンク・フロイドのメンバーなど当時を良く知る人たちのインタビューが数多く登場する。その影響を受けた代表として、ノエル・ギャラガーが現代の視点でヒプノシスへの憧れを語っているのも興味深い。

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ヒプノシスのアルバムワークに熱い思いを語るノエル・ギャラガー。現在はオアシスの再結成公演に向けて準備中。©️Anton Corbijn

特筆すべきなのは、ジャケット制作の貴重な映像がいくつも披露されること。これが笑ってしまうほど、時にはバカバカしくおもしろいのだ。そこは映画を観てのお楽しみだが、名盤のレコードジャケットが唯一無二なのは、その音楽がデザイナーを強く刺激し覚醒させたからなのか、たとえばヒプノシスがそこに人間の欲望や闇を描こうとしたからなのか。そしてリスナーがよりその音楽世界に没入できたのは、ジャケットデザインが放つパワーもあっただろう。実際、私は子どもの頃にピンク・フロイドやウィッシュボーン・アッシュなど、気付けばヒプノシスのデザインのアルバムばかり聴いていた時期があったが、いまだにジャケットのイメージがそのまま音楽世界に結びついてしまっている。

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10ccの羊がソファに座っている写真は何故かハワイで撮影。それが英国盤『Look Hear?』(80年)のジャケット完成時には、真ん中のデザインのように小さく使われていて、スタッフを呆れさせた。結局、米国盤では3番目のソファと羊の写真をジャケットに使用した。3枚とも©️Hipgnosis Ltd
『ヒプノシス レコードジャケットの美学』
⚫︎監督/アントン・コービン
⚫︎出演/オーブリー・パウエル、ストーム・トーガソン(以上ヒプノシス)、ロジャー・ウォーターズ、デヴィッド・ギルモア、ニック・メイスン(以上ピンク・フロイド)、ジミー・ペイジ、ロバート・プラント(以上レッド・ツェッペリン)、ポール・マッカートニー、ピーター・ガブリエル、グレアム・グールドマン(10cc)、ノエル・ギャラガー(oasis) ほか
⚫︎2022年、イギリス映画 ⚫︎101分
https://www.hipgnosismovie.com

*To be continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
X:@natsumiitoh

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