CEO自らが新たな展開を示した、第67回グラミー賞。
Music Sketch 2025.02.19
今年の第67回のグラミー賞授賞式®は、新しい展開を予期させる結果となった。それについて書く前に、1月31日(日本時間)にロサンゼルスで開催された山火事のためのチャリティイベント《Fire Aids》について少しだけ記しておきたい。
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(写真左から)今回のグラミー賞で特に話題をさらった、ケンドリック・ラマー、ビヨンセ、チャペル・ローン。Photo: Getty Images
《Fire Aids》にはロサンゼルスに縁のあるミュージシャン(ジョニ・ミッチェルのような大御所から若手のビリー・アイリッシュまで)が、サプライズも含めて30組ほど集い、共演も含め約6時間にわたりパフォーマンスを繰り広げた。スタジオと自宅を失ったドーズが自分たちのことを差し置いてチャリティに尽力したのをはじめ、ジョン・メイヤーは現地の地図を背景にして歌うなど、ロサンゼルスを愛する気持ちを舞台全体から表現。家を喪失した家族や懸命に消火活動に当たった消防隊員も登場し、一丸となって助け合い、ロサンゼルスの復興に向かう姿勢を全面に示した。
ヒップホップやファンク、R&B、カントリー、フォーク、ロック、ポップスなどさまざまな楽曲が演奏され、また各自が持ち歌のほかに、たとえばレディー・ガガがグラディス・ナイト&ザ・ピップスの「All I Need is Time」(1973年)を歌い、多くの人が知る名曲で励ましたことも良かった。老若男女が楽しめる構成で、その選曲にも胸を熱くした。
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ロサンゼルスの復興を願いながら、授賞式がスタート。
グラミー賞授賞式®は、この素晴らしいチャリティ・イベントの3日後にロサンゼルスで開催された。式はビリー・アイリッシュのパフォーマンスから始まり、焼け野原になった草原を四季の風景としてLEDで再現しながら「Birds of a Feather」を歌った。ほかにも山火事支援のトリビュートとして、前述のドーズにシェリル・クロウやジョン・レジェンドらが参加したドーズwithオールスターバンドによる、ランディ・ニューマンの楽曲「I Love L.A.」(83年)の演奏があり、レディー・ガガとブルーノ・マーズが当初の予定曲を変更して、パパス&ママスの名曲「夢のカルフォリニア」(65年)を歌ったのも印象に残った。
兄のフィニアス・オコネルとビリー・アイリッシュ
ブリタニー・ハワード(ギター)、シェリル・クロウ(ベース)、テイラー・ゴールドスミス(ヴォーカル、ギター)、ブラッド・ペイズリー(ギター)、グリフィン・ゴールドスミス(ドラムス)、ジョン・レジェンド(ピアノ)、セント・ヴィンセント(キーボード)はテイラーの後方。また歌詞の一部変更し、消防隊を讃えた。
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今回、ビヨンセは最多11部門でノミネート、チャーリーXCXとポスト・マローンが8部門、ビリー・アイリッシュ、サブリナ・カーペンタ―、ケンドリック・ラマーが7部門、チャペル・ローンとテイラー・スウィフトが6部門でノミネートされた。なかでも注目されたのは、ビヨンセ、ビリー、テイラーの3人が主要部門である「年間最優秀レコード」「年間最優秀アルバム」「年間最優秀楽曲」に、サブリナとチャペルが「最優秀新人賞」を含めた主要4部門でノミネートされたこと。そしてビヨンセが、初めてノミネートされたカントリー部門で受賞となるか、また、待望の「年間最優秀アルバム」を受賞することができるかどうかも話題となっていた。
ディズニー時代から大人気のサブリナ・カーペンターは、ユーモアとセクシーさをミックスしたオシャレな演出で魅了した。
授賞式は視聴率を意識したエンターテインメントのショウでもあり、話題のアーティストのパフォーマンスが続く。そして一昔前と違い、ロック部門の受賞シーンは含まれていなかった。サブリナ・カーペンターはアメリカの黄金期の60年代ファッションを取り入れ、そこにユーモラスでセクシーさを加えた華やかなパフォーマンスを展開。元々ディズニーチャンネルで人気を博し、そして昨年は仲の良いアーティストを招いたNetflixの「ナンセンス・クリスマス with サブリナ・カーペンター」も好評だっただけに大ウケだ。パフォーマンス直後に「最優秀ポップ・ヴォーカル・アルバム」を受賞し、初グラミーに歓喜。受賞の瞬間、『The Eras Tour』ツアーの南米公演などのオープニングに彼女を起用し、応援してきたテイラーがとても喜ぶ様子が映っていた。その後、「最優秀ポップ・パフォーマンス(ソロ)」も受賞した。
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娘のブルー・アイビーと共にステージで「最優秀カントリー・アルバム」を受賞したビヨンセ。Photo: Getty Images
「最優秀カントリー・アルバム」はビヨンセの『COWBOY CARTER』が受賞。そのテイラーからトロフィーを受け取った。ビヨンセは2024年の《カントリー・ミュージック・アワード》でノミネートされていなかったため、この受賞を全く予期していなかったようで、とても驚いていて、スピーチしながら涙腺が熱くなっているように見えた。そして私はカントリー部門でのこの結果で、ビヨンセの「年間最優秀アルバム」の受賞は決まったと思った。
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授賞式をボイコットしてきたザ・ウィークエンドが和解のパフォーマンス。
チャペル・ローンは、自分の居場所や夢を表現した歌「Pony Pink Club」(ウエストハリウッドにあるゲイ・バーがインスピレーションとなり、クィア文化を祝福したもの)の世界観を大勢のダンサーと具現化。昨年はコーチェラ、ロラパルーザといったフェスでの話題も含めて常にその言動が注目されていただけに、「最優秀新人賞」の受賞は当然といえる。
彼女は、グラミーで受賞したら何かを発言すると予告していたが、スピーチでは以前医療を受けられなかった実体験から「アーティストから多大な利益を得ている会社に賃金と医療保険を求めたい。アーティストを大切な従業員として扱ってほしい」と切望し、客席にいた同業者たちから拍手喝采を浴びた。そして数日後、彼女が所属するユニバーサル・ミュージック・グループは音楽業界の従事者のヘルスケア等に対応できる基金を創設することを発表した。
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チャペル・ローンは、用意していた文章をしっかりと読み上げた。Photo: Getty Images
受賞の場で感謝の意を述べるのはもちろんのこと、昨今はこのように意見を主張することが増加した。「最優秀ポップパフォーマンス(グループ)」をブルーノ・マーズと共に受賞したオピニオンリーダーのレディー・ガガは、「トランスジェンダーを尊重しましょう、クィア・コミュニティに愛と理解を、音楽は愛です」と述べた。第二期政権に突入したドナルド・トランプ大統領が、トランスジェンダーやノンバイナリーなど性の多様性を許容せず、「生物学的な男女のみを性別として認める」とする大統領令に署名したことに、明らかに意を唱えた発言だ。
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クインシー・ジョーンズを追悼し、ハービー・ハンコックとスティーヴィー・ワンダーが語らいながら演奏した感動のシーン。Photo: Getty Images
思わぬ展開が待っていたのは、CEOのハーヴェイ・メイソンJr.が登場した場面だ。CEOといえば、2002年から長期にわたってレコーディング・アカデミーの会長兼CEOを務めていたニール・ポートナウが2019年に女性に対して失言し、同年8月1日に初の女性のCEOデボラ・デューガンが就任した。しかし翌年の授賞式の直前にデューガンは不適切行為による職務停止処分を受け、彼女もセクハラ等の被害を受けたとアカデミーの男性役員などを告発する事態となり、結果、メイソンJr.が就任した。
メイソンJr.は2020年から変革を試み、現在は13,000人の会員のうち、女性は3000人と増え、また会員の4割は有色人種、新規会員も若手を中心に6割と増え、「全ての声を重視することが大切だ」と語った。他にも、会員が各カテゴリーで選んだ後に、最終的にノミネートされるアーティストを決定する「秘密委員会」が2022年から廃止されたとも聞く。
ザ・ウィークエンドは最新アルバム『Hurry Up Tomorrow』から、プレイボーイ・カーティと「Timeless」を披露した。
そしてメイソンJr.の発言を受けて、シークレット・ゲストとしてザ・ウィークエンドが登場。彼は2020年に世界で2番目に売れたアルバム『After Hours』が第63回グラミー賞で1部門もノミネートされなかったため、"透明性の欠如"として今後のグラミー賞をボイコットすると宣言していた。今回4年ぶりのグラミー賞授賞式®に登場し、パフォーマンスで和解を示したことは、本当にグラミー賞が変わろうとしていることを証明するものだったと言える。
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ケンドリック・ラマーは主要2部門を含む最多5部門で受賞。
式の後半、ケンドリック・ラマーは「Not Like Us」で「年間最優秀レコード」を受賞。スピーチでは神に感謝しつつ、「この賞をロサンゼルスに捧げ、自分を育ててくれた街を必ず復活させる」と約束した。彼はアルバム『To Pimp A Butterfly』(2015年)をリリースした翌年の第58回グラミー賞で最多11部門にノミネートされ、5部門受賞したものの、主要部門はひとつも受賞できなかった。
今回も爆発的にヒットしたものの、楽曲の内容がドレイクに対するディスソングであったこともあり、期待していなかったのだろう。ステージに上がると破顔一笑し、プロデューサーのマスタードと喜びを分かち合っていた。
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ようやく主要部門を受賞できたケンドリック・ラマー。Photo: Getty Images
そして彼は同曲で「年間最優秀楽曲」も受賞し、最多5部門を受賞。この展開に、第59回授賞式でチャンス・ザ・ラッパーが「最優秀新人賞」を受賞した時のことをふと思い出したが、それにしても時間がかかっている。ラマーは先人を称えつつ、「俺がいちばん伝えたいのはラップほど最強の音楽はないということだ。この文化は永遠になくならない。若いアーティストにもこの芸術をリスペクトしてほしい。そうすれば自ずと道は開ける」と強く語った。
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ビヨンセの受賞はもちろん、アリシア・キーズの受賞にも注目を
クライマックスとして式の最後に「年間最優秀アルバム」を受賞したビヨンセは、プレゼンターを務めた消防士たちに大変な任務への感謝を述べつつ、「本当にうれしくて光栄です。ここに来るまでとても長い年月がかかりました。皆さんに感謝します。この賞をミス・マーテルに捧げます。このまま前進して扉を開きましょう」と、簡潔にスピーチ。
ミス・マーテルとは69年にカントリーチャートにランクインした最初のアフリカ系アメリカ人の女性シンガー、リンダ・マーテルのこと。カントリー界における有色人種のアーティストが活躍する礎を築いたパイオニアとして知られ、今回のアルバムで2曲共演している。そしてビヨンセがまた先人の上に、新たな歴史を積み重ねた。
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プレゼンターにロサンゼルスの消防士を迎え、この日一番のクライマックスとなったビヨンセの「年間最優秀アルバム」受賞シーン。この他「最優秀カントリー・デュオ/グループ・パフォーマンス」も受賞し、これでグラミー賞史上最多の35冠となった。photography: Getty Images
今までのアーティストの発言はもちろんのこと、トランプ第二政権が始まった直後に、保守性の強かったレコーディング・アカデミーのCEOが多様性を意識した改革を宣言したことは、大変意義があることだと思う。
今回、ドクター・ドレー・グローバル・インパクト賞を受賞したのが、慈善団体の共同創設者であり、子どものための施設や音楽業界で働く女性への支援など、音楽以外でも貢献しているアリシア・キーズだったこともその姿勢を強くした。彼女は「DEI(多様性、公平性、包括性)は脅威ではなく贈り物であり、声が多ければ多いほど言葉は力を増す。破壊的な力が私たちを焼き尽くそうとしても、私たちは不死鳥のように復活するわ。今夜、音楽は私たち全てを繋ぐ、止められない言葉です。だから思いやりと共感、私が"ソウルケア"と呼ぶものをもって扉を開け続けましょう」と語り、最後にトニ・モリソンの言葉"Dream the world as it ought to be(世界のあるべき姿を夢見よう)"を引用した。
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日本人ではチェロ奏者のエル・マツモトが参加した『Triveni』が「最優秀ニューエイジ/アンビエント/チャント・アルバム」を受賞した。Photo: Getty Images
今回のグラミー賞授賞式®は会場に集った関係者全員が、これまでになくそれぞれの受賞やパフォーマンスを賞賛し、互いをリスペクトし合っていたように感じた。そして、力づくとも思えるほど次々と行使していくトランプ大統領に対して、音楽が持つ力、そこから生まれる「声」にも注力していきたい。
*To be continued
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音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
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