自分らしさを貫く、シンディ・ローパーのドキュメンタリー映画。
Music Sketch 2025.04.11
シンディ・ローパーの最後となる来日公演『Girls Just Wanna Have Fun FAREWELL TOUR』の直前に、ドキュメンタリー映画『シンディ・ローパー:レット・ザ・カナリア・シング』が一週間限定、全国の劇場で公開されることとなった。これはシンディのソロデビュー40周年を記念して製作され、2023年6月にニューヨークのトライベッカ映画祭にて初公開された作品だ。以前シンディに対面取材した時の話も交えて、紹介したい。
貴重な写真や映像、証言が満載である。幼少期の彼女を映したホームビデオにはじまり、最初に結成したロックバンド、ブルー・エンジェルのライヴ映像など、ソロデビュー当時のプロモーション映像を含めた膨大なアーカイヴ画像や映像が使われ、そこにシンディのことをずっと見守ってきたエレン・ローパー(シンディの姉)やフレッド・ローパー(シンディの弟)、デヴィッド・ウルフ(長らく公私を共にした元マネージャー)、曲作りのパートナーであるロブ・ハイマン(フーターズ)、ボーイ・ジョージ、パティ・ラベル、シンディの下積み時代から知っている人々などが、当時もいまもシンディが全くブレていない姿勢であることを証言している。
30歳でソロデビューし、常に人生の荒波に揉まれてきたシンディ・ローパー。この映画を見ると、50年以上も前から"自分らしく生きる"ということを貫き通してきたことがわかる。「何かを成し遂げたい時は、自分を信じることだ。他人の意見に流されてはいけない」とは当時の彼女のマネージャーの言葉だが、この映画では、自分を常に信じ続けて努力してきたシンディの凄さを実感できる。
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「失敗を恐れるのではなく、失敗だらけだから好きにやろう」
両親が5歳の時に離婚し、音楽の魅力を教えてくれた大好きな母親の再婚相手は、肉体的にも精神的にも暴力を振るう男だった。このことがシンディを強くし、母親を幸せにしたいという思いからも、自立心を高めたのだろうか。アーティストとしての才能は誰の目から見ても秀でていて、それは早くから絶賛されていた歌に加え、視覚的に感情を表現することも得意だった。そして困難や苦労にも屈せず、「失敗を恐れるのではなく、失敗だらけだから好きにやろう」という精神は、シンディを常に前に突き進ませた。

1983年にアメリカで発表されたソロデビュー曲「ガールズ・ジャスト・ウォナ・ハヴ・ファン」(当時の邦題は「ハイ・スクールはダンステリア」)が最初に提供された時、シンディは「これは男目線の歌詞だから」と拒絶したという。しかし結局は、自らアレンジやサウンド面にも意見を出し、自分色の楽曲へと変えてしまう。そして当時1981年8月に開局したばかりの話題のMTVに向けて、シンディは"女性たちの応援歌"になるよう、ミュージックヴィデオの製作にも意見を出していく。しかも曲を大ヒットさせるために二週間の猶予をもらい、シンディとマネージャーは奇策に打って出るのだ。私はこのエピソードを知らなかったので、その時の映像を見ながら「すごい!」と驚きつつ、どこをとってもシンディらしくてクスッと笑ってしまった。
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「古い慣習を壊し、新しい時代を築きたい」
永遠の名曲となった「タイム・アフター・タイム」の誕生秘話やアニー・リー・ボヴィッツによるデビュー・アルバム『シーズ・ソー・アンユージュアル』のジャケット撮影秘話などが、当時現場にいた人々によって次々と明かされていく。パティ・ラベルと「タイム・アフター・タイム」を熱唱する場面は、何度も繰り返し見たくなる。TVのトーク番組でのやりとりにもシンディの飾らない人柄がそのまま映し出されるし、ファッションも全てチェックしたいほど。
励みとなるような貴重な映像や言動が収められて、シンディのファンはもちろんのこと、"自分らしく生きたいのに......"と悩みを抱えている人すべてに観てほしいドキュメンタリーだ。「固定観念にとらわれたMVを見るのはうんざりだった」と、古い慣習を壊し、新しい時代を常に築こうとしていたシンディが、「自分の大切な人のために歌いたい、だから声をあげる」と、妊娠中絶や人種差別などに対して曲を書いたり、LGBTQの権利問題のために運動したりするようになったのは、当然のことだったのだろう。幼い頃に公民権運動を目の当たりにし、また同性愛者である姉の友人と知り合い、早くからマイノリティの人たちと過ごしてきたことも、視野の広い、そして公平な精神を持つことに影響している。

取材で語ってくれた「挑戦をやめたら、何も残らない」
私がシンディに最初に対面インタビューをしたのは1996年、彼女の地元ニューヨークでだった。子どもの頃から大ファンであったのでとてもうれしく、しかもとても緊張してインタビューの席に着いたのだが、シンディは日本酒で酔っ払いながら一方的に喋りまくり、質問は3問しか聞けなかった。ここまで破天荒な人とは思わなかったので、とにかく驚いた。あとから聞いたところによると、普段から大変よく喋る人とのことだった。
その通りによく喋ってくれたのは2008年の取材時で、55歳になったシンディがアルバム『ブリング・ヤー・トゥ・ザ・ブリング〜究極ガール』を発表した時のことだ。「実は自分はネガティヴ思考だから、人に喜ばれることで、どこか繋がっているという意識を高めたかったのよ」と明かしながら、波乱万丈の人生を振り返ってくれた。当時は同性愛者の人権擁護ツアーに力を入れていたこともあり、「"その人らしく生きること"をポリシーに掲げて音楽活動をしている」と語っていた。44歳の時に出産した息子が、子どもの頃にいじめにあっていたことも、弱き人をサポートする行動の後押しになったようだ。
「毎日生活していると、成功する時もあれば、失敗する時もある。でも、ちゃんと新しい日がやってくるんだから、また挑戦すればいいのよ。挑戦をやめたら、何も残らないでしょ。もちろん、私だってうまくいかなくて機嫌の悪い日もあるわ。でも、人間はみな、パワフルな存在なの。それを忘れちゃいけないわ」。この発言は、シンディが最も力を込めて話してくれたことだ。
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グラミー賞、エミー賞、トニー賞を受賞し、社会的な活動にも尽力
シンディは1985年の第27回グラミー賞最優秀新人賞受賞を皮切りに、1995年には人気テレビ・コメディ『マッド・アバウト・ユー』(1992-97)でのエミー賞ゲスト女優賞(コメディ・シリーズ部門)を受賞、2014年には自身が全曲作詞・作曲を手掛けたブロードウェイ・ミュージカル『キンキーブーツ』で初めてのトニー賞オリジナル楽曲賞を受した。
音楽活動以外では、女性の社会的地位向上やLGBTQコミュニティ、およびHIV/エイズと共に生きる人々に対する支援活動を続けており、自身が設立した慈善団体「True Colors United」では、ホームレスになってしまうLGBTQの若者をなくすことに尽力し、女性の権利を支援する活動として「Girls Just Want To Have Fundamental Rights Fund」 と名付けた基金も設立している。大の親日家としても知られており、2011年の東日本大震災の際には多くの来日公演が中止となる中、日本ツアーを敢行し、日本中のファンを勇気づけてくれたことでも知られ、以降も何度も来日公演を行っている。

コンサートは完売だそうだが、この映画『シンディ・ローパー:レット・ザ・カナリア・シング』から、そしてシンディ・ローパーという女性の生き方から、貴重なパワーを得てもらえれば、と願うばかりだ。
『シンディ・ローパー:レット・ザ・カナリア・シング/LET THE CANARY SING CYNDI LAUPER』
⚫︎監督/アリソン・エルウッド
⚫︎キャスト/ビリー・ポーター、ボーイ・ジョージ、パティ・ラベル、グロリア・スタイネムほか
⚫︎プロデューサー/アリソン・エルウッド、トレヴァー・バーニー、エイバー・オニール、アンドリュー・タリー
⚫︎2023年 、アメリカ映画 ⚫︎98分
⚫︎配給/カルチャヴィル
⚫︎鑑賞料金/2000円(一律)*劇場によってはアップチャージ料金があるスクリーンもございます。
4/11(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国劇場にて期間限定上映
https://www.culture-ville.jp/cyndi
【大阪】4月19日 (土) Asueアリーナ大阪 <Open 17:00 Start 18:00>
【東京】4月22日 (火) 日本武道館 <Open 18:00 Start 19:00> 【SOLD OUT】
【東京追加公演】4月23日 (水) 日本武道館 <Open 18:00 Start 19:00> 【SOLD OUT】
【東京再追加公演】4月25日 (金) 日本武道館 <Open 18:00 Start 19:00>【SOLD OUT】
問い合わせ:ウドー音楽事務所 03-3402-5999
https://udo.jp/concert/CyndiLauper25
*To Be Continued
シンディ・ローパー, 音楽, 映画

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
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