膨大な証言と貴重な映像で綴る、ジョン・レノンのドキュメンタリー。

ジョン・レノンの最後の10年を、これほど膨大な量の証言で再構成したドキュメンタリーはこれまでになかった。この『夢と創造の果てに ジョン・レノン最後の詩(Borrowed Time: Lennon's Last Decade)』は神話化された人物像の背後にある"生活者としてのレノン"や"揺れる創作者としてのレノン"を、膨大なインタビューと貴重なアーカイブ映像によって浮かび上がらせる。すでに数多く制作されてきたビートルズ関連作品の中でも、特に"証言の厚み"という点で突出している作品だ。

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ジョン・レノン
1940年、イギリス・リバプール生まれ。幼少期から母親の姉の伯母夫妻に育てられる。17歳の時に母親が死去。ロックンロールに衝撃を受けて音楽活動に没頭し、その後、ビートルズで世界を席巻した。解散後はオノ・ヨーコと共に平和活動に尽力し、名曲「イマジン」などを生み出すが、1980年に凶弾に倒れ40歳で逝去。


レノン像を形づくる"声"の数々

監督のアラン・G・パーカーは、これまで『フー・キルド・ナンシー』(2009年)を筆頭に、ロックバンドを題材にしたドキュメンタリー制作を専門としてきた。ビートルズに関しては、アルバム『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』(1967年)の50周年記念に合わせた『It Was Fifty Years Ago Today! The Beatles: Sgt. Pepper & Beyond』(2017年)を経て、レノンの40周忌に向けて本作の制作に着手。しかし実際は2年間で60回近くのインタビューを行い、その総量は6時間を超え、さらに60年代の映像資料や暗殺後の"生き残った3人"のコメントまで網羅することとなり、完成予定も延期。当初は3時間28分にまとめ、最終的に2時間20分に仕上げたというが、この分量でも情報はぎっしり詰まっているという印象だ。パーカーは「削除した映像はいつかディレクターズカットで」と語っているほどである。

本作を支えるのは、長年にわたって彼を取材してきたイギリスを代表する音楽ジャーナリストたち――Melody Maker紙、NME紙、人気DJたちをはじめ、レノンの友人で伝記作家のレイ・コノリー、パキスタン系英国人作家で政治活動家のタリク・アリ、レノンの大学時代の友人でファッションデザイナーのヘレン・アンダーソンなども登場する。多数の証言を集めることで、レノンを聖人化しないリアルな肖像が立ち上がる。彼がナイーブで無邪気な一面がある一方で、気まぐれな人だったことは疑いようがなく、慈悲深かったことも、そして複雑な人物だったことも間違いない。

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ニューヨークで始まる"最後の10年"

当時のツアー・マネージャーが語る、実現しなかった1981年のカムバック・ツアーの詳細にはじまり、映像はレノンがニューヨークに到着した1970年代初頭からその10年を追う。改めて語られるヨーコとの出会いやその生活、ビートルズ脱退の真相やポールを批判したとされる「How Do You Sleep?」についてのその後のレノン自身の見解、さらに薬物問題など......。平和を求めて反戦運動を進めるなかで、若い有権者への影響力を危険視していたニクソン政権から"アメリカの敵"とされ、国外追放の圧力を受けていたことも描かれる。しかし、レノンはFBIが彼の監視ファイルを作成し、電話を盗聴し始めることを予見できなかった。

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レコーディングスタジオTHE HIT FACTORY前の、ジョン・レノンとオノヨーコ。1980年。

ジョンとヨーコの個人秘書でありプロダクション・アシスタントを務めたメイ・パンとの「失われた週末」、4年半にも及ぶグリーンカード取得の苦闘、活動休止期を経て作曲意欲を取り戻していく過程、前妻との間に生まれた息子ジュリアンとの関係など、彼の生活と創作の揺れをさまざまな角度から丁寧に捉えている。

終盤に登場する証言は、ひときわ息を呑む。1980年12月8日の事件当日にレノンをインタビューし、しかも事件前にマーク・チャップマンとたまたま会話したニュース番組のプロデューサー、偶然レノンと同じ病院に運び込まれていた記者、射殺直後の現場を目撃した画家......、それぞれの証言が積み重なることで、歴史が"生々しい現在"として迫ってくる。

アルバムが語るレノン像とは

『イマジン』(1971年)、『マインド・ゲームス』(72年)、『ロックン・ロール』(75年)、『ダブル・ファンタジー』(80年)といったアルバムに関する証言や、フィル・スペクターやエルトン・ジョンをはじめ、他の音楽関係者との話も出てくる。ただ、『ダブル・ファンタジー』については、もう少し踏み込んで欲しかった。当初レノンのソロ作として構想されながら、最終的にはヨーコの存在が大きく前面に出る形となった経緯は、アーティストとしてのレノンの迷いや葛藤を読み解く上で重要なテーマに思えるからだ。あと、権利の問題があったのかもしれないが、使用されている音楽には違和感を感じるものもあった。

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ヨーコとの間に生まれた息子ショーンとジョン・レノン。1979年。

昨年公開されたドキュメンタリー映画『ジョン・レノン 失われた週末』(2024年)がメイ・パンのナレーション(視点)を軸としたドキュメンタリーだったのに対し、本作はナレーションを排し、証言者ひとり一人の語りだけで構成されている。そのためパーカー監督による"選択された声"という側面は否めないが、証言が交差することで、レノン像を観客の側で再構成する余白が生まれているのがいい。

なかには個々人の自慢話や蛇足的なエピソードも語られるが、音楽ファンなら思わず微笑んでしまうような小話も散りばめられている。ブラック・サバスやディオのドラム奏者として知られるヴィニー・アピスが、高校生のときレノンのレコーディングに参加したという逸話など、証言者たちの人生とレノンの歴史が軽やかに交差する瞬間は心が温まる。

40年以上も前のことを皆よく憶えていると思うかもしれないが、それだけ何度も内輪で懐古するなどして記憶を定着させてきたのだろう。もしくは、彼の存在感ゆえ、揺るぎないものとして脳裏に刻まれたのだろう。実際、当時学生だった筆者はその日は渋谷にいたのだが、ジョン・レノン暗殺のニュースを知った瞬間はいまだに憶えている。それだけ全世界的に衝撃が走った事件だった。

そして全米では、ケヴィン・マクドナルド監督による新作ドキュメンタリー『ONE TO ONE: JOHN & YOKO』(2025年)も公開されている。こちらも評判がいいようなので、日本での公開を楽しみに待ちたい。

レノンの言葉と行動を多角的に照らし直すことで、既存のイメージだけでは捉えきれない姿が見えてくる。証言を編み上げた本作は、彼の最後の10年を改めて"観察する"ための貴重な機会となっている。

『夢と創造の果てに ジョン・レノン最後の詩』
●監督/アラン・G・パーカー
●2025年、イギリス映画 ●140分
●配給/NEGA
2025年12月5日(金)より全国公開
https://borrowedtime.beatles-filmselection.com/

*To Be Continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
X:@natsumiitoh

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