『her/世界でひとつの彼女』のスパイク・ジョーンズ監督にインタビュー

先週6月28日に公開されたスパイク・ジョーンズ監督作品『her/世界でひとつの彼女』が大ヒット中だそう。いま発売中の『フィガロジャポン』8月号にスパイク・ジョーンズ監督のインタビューを掲載しましたが、未掲載部分やその時の様子を記事に加筆する形で紹介したいと思います。


取材できることが決まった4月中旬、主人公のセオドアが恋する相手が人工知能型OS(AI)とあって最初は近未来系の映画なのかと思い、ほぼ同時期に公開される近未来系映画『ザ・ホスト 美しき侵略者』と『トランセンデンス』も試写で観ましたが、『her』はその2作品と全く趣を異にする映画です。ジョーンズ監督が話していたように「恋人の設定が人工知能なだけで、これは恋愛映画」。そしてこの着想は、10年前ほど前にAIとインスタントメッセージをやり取りできるサービスのことをインターネットの記事で読んだ時からあったそう。しかし近未来といってもsiriが存在する今は、このストーリーはもうすぐそこにある将来といっても過言でないレベルだと思います。

できれば、本誌と併せてお読み下さい。

140703_music_01.jpg

主人公セオドアの恋人は人工知能型OS(AI)であるサマンサ(声:スカーレット・ヨハンソン)。


■ 僕らには繋がるための方法が必要

―『her』で表現したいことは何だったのでしょう?

スパイク・ジョーンズ(以下、S):「この作品は観念的なSFという側面もあるし、一方でテクノロジーは明らかに僕らの生活にとって大きな存在になっているから、どれだけ日常のコミュニケーションがテクノロジーを介したものになっているかも考えた。だからハイコンセプトなアイデアが多々含まれているけど、結局は人間関係や恋愛についての映画になっていて、愛について、そして僕らには繋がるための方法が必要だと言っている。登場する皆がここにリレーションシップを持ち込み、望み(Want)と必要(Need)と恐れ(Fear)を描こうとした。お互いにかかわりを持つこと、繋がることへの恋しさ、繋がれないこと、親密になることの恐ろしさ、そういう他の人間に抱く感情すべてについての映画なんだ」

― セオドアの職業を、言葉を扱うラブレターの代筆業にしたのも、その考えから?

S:「この設定を通して描こうと思ったのは、人が自分のことを知ってもらいたい、見てもらいたいと思う普遍的な心。自分のことを見せるのは怖い、暴くのも怖いけれども、自分のことを他の人に伝えることができなければ、当然孤独なわけで。(メールでなく)手紙を書いていた時代も、それは一緒だった。手紙を通してどのくらい自分のことを明らかにできるか、そういう勇気を持てるかどうか、また、もしかしたら相手は自分の言葉を見てバカだと思ったり、相手のことを傷つけていたり、こういう人なんだと自分のことを思われてしまうかもしれないけど、だからはっきり自分の思いを伝えることは危険かもしれないけど、それをすることによって、より人と結びつけられるかもしれないからね」

140703_music_02.jpg

セオドア(ホアキン・フェニックス)の職業はラヴレターの代筆業で、とても評判がいい。


■ 人は意外と他の人の痛みに対して想像力が持てない

― AIであるサマンサに「人間は複雑で羨ましい」というセリフがありましたが、このセリフに込めたかった思いとは?

S:「自分よりも羨ましいという気持ちは、人間誰しも持つ感情だと思う。他の人の方が幸せそう、賢そう、面白そうと、彼女は自己疑念を抱いてしまうという流れだよね。僕だって歩き回っている途中で、程度の差はあれども、人を愛することとか、どう見られているのかを計りながら、混乱し、そういうことを思っている。セオドアも街を歩いて人を見ながら、自分と同じように失恋して心が痛んでいる、もしくは恋に落ちてワクワクしている、そういう感情は他の人にあるのかな、という目で見ている。でも意外に人って、他の人の痛みが同じようなものなのか想像力が持てないんだよね。だからこそ人と人の関係には距離ができてしまいがちなのだと思う」

140703_music_03.jpg

セオドアが学生時代に大恋愛して結婚したキャサリン(ルーニー・マーラ)とは、うまくいかず。

― セオドアの「味わった感情の劣化版」というセリフが印象的でした。スパイクさんにも同じような体験はありますか?

S:「それはノーマルなフィーリング。一番大変なのは、それが本物だと信じられるまでの時間なんだ。この惑星に長くいればいるほど、それは普通に感じるフィーリングだと思う」


■ 脚本で意識したことの一つは誠実であること

― 会話のやり取りが絶妙です。脚本を書くにあたって、特に工夫した箇所はありましたか?

S:「『かいじゅうたちのいるところ』を書き終える頃、あの作品は2年くらいかけて書いたのだけれど、その時からこの映画のシーンやセリフ、会話のメモを取り始めていた。誰かとの会話の途中でだったり、街を歩いている時だったり、寝る時や昼寝をする時だったり、そういう時に思いついたものをメモしていた。例えばブラインドデートのシーンだったら......って、そういう感じで生まれたアイデアが徐々にゆっくりと形になっていった。しかもアイデアが自分の中から一度外へ出ると、例えばキャスティングやオリビア・ワールドをオーディションしている時などに外へ出るわけだけど、その場でセリフがどう聞こえるかによって言葉に変化を加えたりしていく。何が一番大変だったかというと、というか、意識したことのひとつは誠実であること。僕は心から信じられないことであれば説明できないからね。そしてそれをホアキン・フェニックスのような役者は、彼が信じることができなくてセリフを自分のものにできなければ、"えっ、でも......"と疑問として返してくる。そういう俳優と仕事すると、自分の方もより深く掘り下げることができる。そういう感じで作っていくんだ」

140703_music_04.jpg

ブラインドデートする女性を演じるオリヴィア・ワイルドは、最近目にすることの多い女優。

― サマンサの声や演技でこだわった点は?

S:「ないね。スカーレット・ヨハンソンはすごく濃い人柄を持っている。彼女を起用した理由は、自分のことをよく理解していて、自分が何に興味があるのか、しかも自分が賢いこともわかっていて、自信に満ちているから。機知に富み、頭も回転も早い。その自信がセクシーさに繋がっているんだ。彼女がどんな外見をしているのかわからなくてもいい。あのセクシーさは彼女のキャラクターそのものだからね。そこが魅力。だから彼女が何を考えているのかを聞きたくなるんだよ」

140703_music_05.jpg

女友達エイミー(エイミー・アダムス)の存在も重要。

― ファッション面でいうと、ハイウエストのパンツのアイデアはどこから来たのですか?

S:「映画全体のイメージや雰囲気を考えて、心地よくて着やすいもの、と同時に、未来に存在し得るものを選びたかった。ケイシー・ストームは僕の全作品で衣装担当していて、今回も一緒にいろいろな時代やスタイルの服を見ていき、結果として昔流行ったものを取り入れた。流行は回り回って古いものが逆に新鮮に見えるからね。このハイウエストは1920~30年代の男女で流行ったもの。そして彼はハイウエストでテーパードになっているものを提案してくれて、実際ホアキンにピッタリだったから、これでいこうと決めたんだ」

140703_music_06.jpg

舞台はLA。監督が映画を作る上で目指した「未来」は"心地よくて、住みやすい街"で、今のLAなのだそう。


■ 毎日が新しい日で新しい経験だ

― 新しいことにチャレンジするモチベーションを、日々の生活のどこから得ていますか?

S:「自分が繋がりを感じられるもの全てさ。海にも自然にも繋がりを感じるし、昨晩友達と一緒に行ったカラオケもそう。その中で友達のひとりがシド・ヴィシャスの『マイ・ウェイ』を歌ったんだけど、それに合わせて皆で合唱して(笑)、そういうのにも繋がりを感じるしね。世界にも、自分自身にも、友達にもそう。生きているって感じるものだね。会話とかもそうさ」

― ではスパイクさんは、子供の頃はどんな少年だったのでしょうか?

S:「自分のことを話すのは苦手だから難しいんだよね。取材なのはわかっているけど、自然な流れを持つ会話形式の方が好き。基本的に聞かれるのは苦手なんだよね」

140703_music_07.jpg

撮影中のスパイク・ジョーンズ監督。今回、長編の脚本を初めてひとりで書き上げ、アカデミー賞脚本賞ほか、数多くの映画賞で脚本賞を受賞。ソフィア・コッポラと結婚していた時期も。

― ミュージック・ヴィデオから映画まで多数制作し、そして『ジャッカス』のようなTVシリーズも手掛けていますが、自分の中で次のレベルへ行ったと感じた、記念すべき作品はありますか?

S:「ないね。そういうふうに作品を見ていない。毎日が新しい日で新しい経験だし、一緒にいる人も違うから、違うものを生み出している。各作品は、その瞬間の自分が映っている写真みたいなもの。自分がその時どう世界を見ていたか、何を面白いと感じていたか、エキサイティングと感じていたか、自分がその時好きだと思ったことが反映されている。ビースティ・ボーイズのビデオは24歳の自分が作っていて、今僕は44歳だから同じ考え方を持っているわけがない。違う考え方を持っているから、その時その時で作品は変わる。僕は常に新しいものを探していて、昔を振り返らない。そうすることで自分が知らなかった領域に行けるんだ。なんて言っていっていいかわからないけど、ずーっと森を彷徨い続けているわけじゃない。同じ森の中にいては、迷ってしまうかもしれないし、死んでしまうかもしれない。熊に食べられてしまうかもしれないしね(笑)」

『her 世界でひとつの彼女』の予告編。


*****

私は映像監督としてビースティ・ボーイズやビョーク等を撮影している頃からスパイク・ジョーンズ監督の大ファンで、日本人女優と交際が噂された時には軽い目眩を覚えたほどで(笑)、ただこれまで来日記者会見で質問はしてきたものの、対面取材は初めてでした。印象としては、見た目はスマートでフレンドリーでも、自分なりのこだわりやスタイルが強く確立されていて、特に自分個人の話はしたがらなかったですね。でもこの程よい距離感が、カレンOと別れても仕事のパートナーとしてうまく保ててゆけたり、他にも繋がり続けていられる秘訣なのかな、と感じました。たった30分ほどのインタビューで何がわかるか、という感じでもありますが。

だからこそ、映画に盛り込まれた「恋に落ちるって、社会的に受容された狂気」「私たち一時停止を 抽象も処理出来るアップグレードで」といったインパクトの強いセリフのどこかに彼の恋愛観が含まれているようで、映画のストーリーや自分の経験と重ねつつ、スパイク・ジョーンズ監督が理想とするリレーションシップ(繋がり)の在り方を考えてしまいます。恋愛に留まらず、人間社会にいるかぎりリレーションシップとコミュニケーションは永遠の悩みですからね。そういう意味でも、しばらくしてまた観たくなるようなタイムレスな映画作品です。最後になりましたが、アーケイド・ファイアとオーウェン・パレットによる音楽も素敵です。

カレンOが書き下ろした楽曲「The Moon Song」(ゲストでヴァンパイア・ウィークエンドのエズラ・クーニグが参加)。劇中ではスカーレット・ヨハンソンが歌う。


『her/世界でひとつの彼女』
監督&脚本:スパイク・ジョーンズ
出演:ホアキン・フェニックス、エイミー・アダムス、ルーニー・マーラ、オリヴィア・ワイルド、スカーレット・ヨハンソン
新宿ピカデリーほか、全国公開中。
©Photo courtesy of Warner Bros. Pictures
http://her.asmik-ace.co.jp


*To Be Continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
Twitter:@natsumiitoh

Share:
  • Twitter
  • Facebook
  • Pinterest

フィガロワインクラブ
Business with Attitude
キーワード別、2024年春夏ストリートスナップまとめ。
連載-パリジェンヌファイル

BRAND SPECIAL

Ranking

Find More Stories