アラニス・モリセットの最新作『ハヴォック・アンド・ブライト・ライツ』を聴く
Music Sketch 2012.08.31
熱心な音楽ファンなら、いつも最新の音楽情報をチェックしているでしょうが、学生時代に比べて仕事や家事などに追われている身となると、大々的に宣伝しているアーティストの新作以外の情報が入って来ないことが多いもの。女性ロックシンガーとして90年代に大センセーションを巻き起こしたアラニス・モリセットが8月22日に4年ぶりにニュー・アルバムを発表したものの、ラジオの仕事をしている友人でさえ知らなかったので、あまり知られていないのかもしれないと思い、ちょっと紹介します。
今でこそ自身のアイデンティティや、強く生きようとする自分の姿勢を楽曲に打ち出す女性シンガーは珍しくないですが、アラニスがワールドデビューした1995年には、驚異と賞賛の両方の目で見られたほど希有な存在でした。とはいえ、その衝撃と影響力は絶大で、同郷のアヴリル・ラヴィーンをはじめ、ケイティー・ペリーやローレンス・アンド・ザ・マシーンのフローレンス・ウェルチも「アラニスがいなければ、今の自分はいなかった」と公言しているし、R&Bシンガーであるビヨンセも《アイ・アム...ワールドツアー》で、アラニスの「ユー・オウタ・ノウ」を、毎回本人さながらに髪を振り乱して熱唱していたほど。今活躍中の女性シンガーの多くは、何らかの形でアラニスと接点を持ってきたのだと思います。
デビュー前にLAで取材したのを最初に、それからアルバムがリリースされる度に彼女に取材する機会を得てきました。大自然に囲まれた家に育ち、大らかな性格の持ち主という教師である両親の下で、幼少時から家族と共に室内を裸で過ごしてきたそう。最初の頃はステージでもそうでしたが、とにかく走り回るので野生児的イメージがあり、また、「ライヴパフォーマンスは自分を清めるための儀式」と話していたのが印象的でした。
しかし一方でとても内省的な面があり、アラニスは双子座生まれということもあって早くから自分の二面性にこだわり(実際に双子の弟もいる)、自意識と無意識、憎悪と愛情といった両極を行き来し、不安感や苦痛に苛まれながらも、その混沌としたエキセントリックな自分を敢えて否定せずに、時には楽しみながら、自身のなかでバランスを取ることを課題としてきました。
歌を日記のようにして作りながら着実に成長を遂げ、『ジャグド・リトル・ピル』(1995年、21歳)を「これは白と黒のハッキリした作品」と説明していたアラニスは、2作目『サポーズド・フォーマー・インファチュエイション・ジャンキー』(1998年、24歳)ではインドなど旅して精神修行やヨガに傾倒し、相手を通して自分を見直すことで「灰色の気分の作品」と説明。3作目『アンダー・ラグ・スウェプト』(2002年、27歳)では、これまで避けてきた自分のネガティヴな部分を、相手を通してさらに考察した内容に進化し、「虹色の気分の作品」と明言。そして『ソー・コールド・カオス』(2004年、29歳)では、ようやく自分自身と直面でき、自分の長所も短所も素直に受け入れ、欠点さえも神からのギフトと思って良い面を導き出そうとする、成熟した内容のアルバムになった「地球上の色彩を集めた作品」と分析してきました。
5作目の『フレイヴァーズ・オブ・エンタングルメント』(2008年、33歳)は、2002年にドリュー・バリモアのバースデー・パーティで知り合った俳優ライアン・レイノルズと、その2年後に婚約を発表したものの、06年に破局を迎えたことが大きく影響している作品。自分を見つめ直した楽曲が多く並び、リリース当時、「自分自身を愛することができれば、自然と世界も変わってくるのよ。ガンジーは、"世界を変えたいなら、まず自分自身を変えなさい"と説いていた。だから、まず自分を見つめて、自分の内面に責任をもつことができれば、世界も変えることができるのよ。その逆ではなくてね」と、発言していました。
さて前置きが長くなりましたが、最新作『ハヴォック・アンド・ブライト・ライツ』は、メジャーレーベルを離れての初めてのアルバム。2010年5月にラッパーのソウルアイ(本名 マリオ・トレッドウェイ)と結婚して同年12月25日に息子を出産し、「子供のそばにずっといたかったから」と、自宅の1階に簡易スタジオを設置して、そこで制作しました。「母性とアーティスト性をブレンドさせながら」歌詞を書き、最終的には30曲近く書き進めたそうです。前作にも加わっていたガイ・シグスワース(タルヴィン・シン、ビョーク、マドンナ、元FRou FRouの仲間でもあるイモージェン・ヒープ等と仕事)がエレクトロニックな部分を、ロックなテイストはジョー・チッカレリ(ホワイト・ストライプス、マイ・モーニング・ジャケット、ザ・ストロークス等と仕事)が参加することで、加味されました。
最新シングル「ガーディアン」
アルバムのオープニングを飾るシングル曲「ガーディアン」は、アラニスらしいポップチューンで、「妻であること、母であることを続けていくためには、今までになかったくらい自分を大切にしなければならないということ」をテーマにしたそう。他には女性蔑視、性を巡る闘いをテーマにしたという「ウーマン・ダウン」、夫に向けての穏やかでスウィートな至極のラヴソング「ティル・ユー」、愛されることを渇望し、愛に囚われてしまった状態を歌った「ナム」、ポップソング仕立てながら、宗教や政治的信念の違いから生まれる深い溝について歌う「レンズ」など、幅広いテーマを扱った曲が続きます。
また、悲観的で自滅的な思考ゆえの悲しさを、逆に聴きやすくポップに仕上げた「スパイラル」、さまざまな依存症がもたらす結果を歌ったという、木管楽器の温かみ溢れるサウンドが美しい「ハヴォック」、"与えるのに必死で、でももう、私も手を引かなくちゃ。差し出して、捧げてきたけれど、そろそろ自分を認めてあげたいの"と歌う「レシーヴ」などは、女性のリスナーが共感するであろう作品になっています。私は音楽的にも、この「レシーヴ」が一番好きです。
日本盤はボーナストラックを含めて13曲収録されていますが、本編のラストを飾る 「エッジ・オブ・エヴォルーション」の中で、アラニスは「これからは限界なんか気にせずに、どこまでも意識をフルに覚醒させていく準備ができているわ」と、宣言しています。確かに、アルバムを聴き終えた時に、そういった気分に向かわせてくれる内容になっています。
*To Be Continued
今でこそ自身のアイデンティティや、強く生きようとする自分の姿勢を楽曲に打ち出す女性シンガーは珍しくないですが、アラニスがワールドデビューした1995年には、驚異と賞賛の両方の目で見られたほど希有な存在でした。とはいえ、その衝撃と影響力は絶大で、同郷のアヴリル・ラヴィーンをはじめ、ケイティー・ペリーやローレンス・アンド・ザ・マシーンのフローレンス・ウェルチも「アラニスがいなければ、今の自分はいなかった」と公言しているし、R&Bシンガーであるビヨンセも《アイ・アム...ワールドツアー》で、アラニスの「ユー・オウタ・ノウ」を、毎回本人さながらに髪を振り乱して熱唱していたほど。今活躍中の女性シンガーの多くは、何らかの形でアラニスと接点を持ってきたのだと思います。
一児の母になった、アラニス・モリセット、38歳。
デビュー前にLAで取材したのを最初に、それからアルバムがリリースされる度に彼女に取材する機会を得てきました。大自然に囲まれた家に育ち、大らかな性格の持ち主という教師である両親の下で、幼少時から家族と共に室内を裸で過ごしてきたそう。最初の頃はステージでもそうでしたが、とにかく走り回るので野生児的イメージがあり、また、「ライヴパフォーマンスは自分を清めるための儀式」と話していたのが印象的でした。
しかし一方でとても内省的な面があり、アラニスは双子座生まれということもあって早くから自分の二面性にこだわり(実際に双子の弟もいる)、自意識と無意識、憎悪と愛情といった両極を行き来し、不安感や苦痛に苛まれながらも、その混沌としたエキセントリックな自分を敢えて否定せずに、時には楽しみながら、自身のなかでバランスを取ることを課題としてきました。
歌を日記のようにして作りながら着実に成長を遂げ、『ジャグド・リトル・ピル』(1995年、21歳)を「これは白と黒のハッキリした作品」と説明していたアラニスは、2作目『サポーズド・フォーマー・インファチュエイション・ジャンキー』(1998年、24歳)ではインドなど旅して精神修行やヨガに傾倒し、相手を通して自分を見直すことで「灰色の気分の作品」と説明。3作目『アンダー・ラグ・スウェプト』(2002年、27歳)では、これまで避けてきた自分のネガティヴな部分を、相手を通してさらに考察した内容に進化し、「虹色の気分の作品」と明言。そして『ソー・コールド・カオス』(2004年、29歳)では、ようやく自分自身と直面でき、自分の長所も短所も素直に受け入れ、欠点さえも神からのギフトと思って良い面を導き出そうとする、成熟した内容のアルバムになった「地球上の色彩を集めた作品」と分析してきました。
5作目の『フレイヴァーズ・オブ・エンタングルメント』(2008年、33歳)は、2002年にドリュー・バリモアのバースデー・パーティで知り合った俳優ライアン・レイノルズと、その2年後に婚約を発表したものの、06年に破局を迎えたことが大きく影響している作品。自分を見つめ直した楽曲が多く並び、リリース当時、「自分自身を愛することができれば、自然と世界も変わってくるのよ。ガンジーは、"世界を変えたいなら、まず自分自身を変えなさい"と説いていた。だから、まず自分を見つめて、自分の内面に責任をもつことができれば、世界も変えることができるのよ。その逆ではなくてね」と、発言していました。
さて前置きが長くなりましたが、最新作『ハヴォック・アンド・ブライト・ライツ』は、メジャーレーベルを離れての初めてのアルバム。2010年5月にラッパーのソウルアイ(本名 マリオ・トレッドウェイ)と結婚して同年12月25日に息子を出産し、「子供のそばにずっといたかったから」と、自宅の1階に簡易スタジオを設置して、そこで制作しました。「母性とアーティスト性をブレンドさせながら」歌詞を書き、最終的には30曲近く書き進めたそうです。前作にも加わっていたガイ・シグスワース(タルヴィン・シン、ビョーク、マドンナ、元FRou FRouの仲間でもあるイモージェン・ヒープ等と仕事)がエレクトロニックな部分を、ロックなテイストはジョー・チッカレリ(ホワイト・ストライプス、マイ・モーニング・ジャケット、ザ・ストロークス等と仕事)が参加することで、加味されました。
最新シングル「ガーディアン」
アルバムのオープニングを飾るシングル曲「ガーディアン」は、アラニスらしいポップチューンで、「妻であること、母であることを続けていくためには、今までになかったくらい自分を大切にしなければならないということ」をテーマにしたそう。他には女性蔑視、性を巡る闘いをテーマにしたという「ウーマン・ダウン」、夫に向けての穏やかでスウィートな至極のラヴソング「ティル・ユー」、愛されることを渇望し、愛に囚われてしまった状態を歌った「ナム」、ポップソング仕立てながら、宗教や政治的信念の違いから生まれる深い溝について歌う「レンズ」など、幅広いテーマを扱った曲が続きます。
また、悲観的で自滅的な思考ゆえの悲しさを、逆に聴きやすくポップに仕上げた「スパイラル」、さまざまな依存症がもたらす結果を歌ったという、木管楽器の温かみ溢れるサウンドが美しい「ハヴォック」、"与えるのに必死で、でももう、私も手を引かなくちゃ。差し出して、捧げてきたけれど、そろそろ自分を認めてあげたいの"と歌う「レシーヴ」などは、女性のリスナーが共感するであろう作品になっています。私は音楽的にも、この「レシーヴ」が一番好きです。
日本盤はボーナストラックを含めて13曲収録されていますが、本編のラストを飾る 「エッジ・オブ・エヴォルーション」の中で、アラニスは「これからは限界なんか気にせずに、どこまでも意識をフルに覚醒させていく準備ができているわ」と、宣言しています。確かに、アルバムを聴き終えた時に、そういった気分に向かわせてくれる内容になっています。
アラニス・モリセットの最新作『ハヴォック・アンド・ブライト・ライツ』
*To Be Continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
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