日本アカデミー賞で話題になった、『桐島、部活やめるってよ』の音楽裏話
Music Sketch 2013.03.15
先日3月8日に発表された第36回日本アカデミー賞、そこで優秀作品賞、優秀監督賞、優秀編集賞の3部門を受賞したのが、吉田大八監督作品『桐島、部活やめるってよ』。この作品の原作者は朝井リョウ氏。朝井氏は、今年発表された第148回直木賞を『何者』で受賞し、直木賞史上初の平成生まれの受賞者であり、最年少の男性受賞者としても話題を集めたが、このデビュー作である『桐島、部活やめるってよ』でも第22回小説すばる新人賞を受賞をしている。
しかし、この原作を読んでもらうとわかるのだが、小説と映画のストーリー展開はかなり変えてある。私は映画を観てから小説を読んだが、どちらも面白い。そして映画の場合、やはり音楽が重要な鍵を占めていると思う。この映画は2月15日にDVDとして発売したばかりだし、ネタバレは避けたいので明記しないけれど、挿入される音楽によって、高校を舞台とした群衆劇が最後に一気に収束する。このラストシーンが圧巻なのだ。
2月15日に発売になった『Pen』誌の特集「日本映画の楽しみ方、教えます」で、私は映画音楽について少し書かせていただいたが、その際に、映画『桐島、部活やめるってよ』の音楽担当の近藤達郎氏にインタビューすることができた。誌面にはスペース上ごく一部しか掲載できなかったので、この機会にもう少し詳しく紹介したい。
--映画『桐島、部活やめるってよ』の音楽を担当するにあたって、全体的に意識した点はありますか?
「僕の考えというよりは吉田大八監督の狙いだと思いますが、吹奏楽部の演奏以外のいわゆる"劇伴"は極力少なく、シンプルにして、吹奏楽部の演奏の時間を映画全体の頂点というか、集中点にもっていくということですね」
--なるほど。やはり、そういう意図が最初からあったんですよね。劇中ではエルガーの「愛の挨拶」がとても印象的に使われていました。これは近藤さんの選曲ですか?
「音楽プロデューサーの日下好明さんが出した候補曲の中から、吉田監督が選びました。候補曲を出す段階では、僕も意見を言っていたと思います。『愛の挨拶』は親しまれていますし、フルートとアルトサックスで表現しやすく、いいと思いました」
--最後のシーンでワーグナーのオペラ作品『ローエングリン』の楽曲を使ったのはどうしてですか?
「『ローエングリン』の曲も、日下さんが出した候補の中から監督が選びました。この過程にはぼくは関わっていませんが、ゆったりしたテンポで、静かな始まりからドラマチックなエンディングに向かう構成は、映画のクライマックスにピッタリだったと思います」
--本当にそう思います。ラストシーンで前田や宏樹の心象を描くにもあたり、『ローエングリン』はとても重要な曲になっていますが、編曲するにあたって気をつけた点はどのあたりですか?
「『ローエングリン』のあの曲は、吹奏楽のレパートリーとしてポピュラーなものだそうです。でも、よく演奏される編曲をそのまま使うわけにはいきませんでした。監督の撮影プランの下に、撮影の数ヶ月前から曲の構成をシーンに合わせて考え、一部変更してコンピュータ(いわゆる打ち込み)でデモ音源を作っていきました」
--準備は大変でした?
「監督の頭の中では、このカットが何秒で、音楽のこの部分にあたる、という詳細な計算があったようです。それとともに、実際に演奏してくれる、埼玉の蕨高校吹奏楽部の編成に合わせた編曲作業も進めていきました。この部分はもう少し長く、とか、この部分はもう少し盛り上げて、などの要求もありましたが、ワーグナーの書いたフレーズ以外は極力使わないようにしました。おかげでオリジナルな編曲とは認められなかったのですが(笑)」
--映画のシーンの長さに合わせて編曲していくのは、細かいし、フレーズも考えていかないとならないし、これも大変な作業ですね。
「エンディングは、吹奏楽で独立して演奏されるのに適したものに変えられています。大後寿々花さん演じる沢島がアップになるところでは、"アルトサックスのラインを入れる"などの、映像とリンクする注文もありました」
--そういった細かい調整も大変そうですね。でも、それがさらに映画に感情移入させていく大きなポイントになっていますよね。演奏シーンの撮影や、楽曲そのもののレコーディングはスムーズにいったのでしょうか。
「撮影時はそのデモに合わせて、ロケ地のひとつでもある高知西高校の吹奏楽部に演奏してもらって、撮影後、東京の録音スタジオで、蕨高校の演奏を録音しました。つまり、撮影と録音合わせて、2つの高校の吹奏楽部に参加していただいたわけです。録音とミキシングでは、実際の教室で演奏している臨場感と、神木隆之介さん演じる前田の、幻想のゾンビ映画のサウンドトラックとしてのドラマチックさ。前田に吹奏楽部の演奏が聞こえているわけではないのですが、両方が感じられるように気を配りました」
--それを知ってしまうと、またラストシーンを見たくなります(笑)。近藤さんご自身では、この映画のどこが好きでしたか?
「ほとんど全ての登場人物に感情移入できるというか、それぞれが、生きてるんだな、と思えるところですね」

『Pen』の記事の冒頭には、「音楽が特定のシーンに流れることで、そこに新たな感情を加えることができる。次の展開を暗示し、見る側を引っ張っていくこともできるし、作品全体のトーンを決めてしまうこともできる」と書いたが、まさに映画『桐島、部活やめるってよ』は、この近藤達郎氏による音楽が"見る側の心情をもコントロールしている"と言っても、過言ではないと思う。
さて、その近藤達郎さん、ミュージシャンとしてピアノやキーボードといった鍵盤楽器はもとより、クラリネットなどの木管楽器も演奏し、長きにわたって多才に活躍。映画音楽を含めるソロ活動、自身が所属するラブジョイ、先カンブリアクラリネット四重奏団、大友良英、原マスミ、小川美潮らとの共演、演劇では渡辺えり作品の音楽を担当するなど、その分野も内容も簡単に説明できないほど。これまでの経験値の高さと自在な発想に導かれた才能があらゆるものを音楽に具現化してきている。
映画音楽をきっかけに、新たな音楽に耳を傾けてみてはいかがでしょう。
近藤達郎さんのHP
http://www.kondotatsuo.com/
*To Be Continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
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