フアナ・モリーナ インタビュー

最新アルバム『Wed 21(ウェンズデイ21)』を発表したばかりのフアナ・モリーナが来日公演を行なった。アルゼンチンを代表するミュージシャンで、代表作となった3枚目のアルバム『トレス・コーサス』(2002年)をリリースした時は某CDショップのキャッチコピーに"アルゼンチンのビョーク"と書かれていた記憶がある。ビョーク自体が毎回実験的かつ進化した作品を発表しているので、そのコピーから音楽性を推測するのは難しく、言ってみれば存在がそのような感じ、ということなのだと思う。興味を引くには十分なコピーだったし、フェルナンド・カブサッキ、アレハンドロ・フラノフといったアルゼンチン音響派の人々も参加した2枚目『セグンド』(2000年)での詩情溢れた作品と合わせ、有機的な音と無機的な音とを紡いで描く音情景は世界的に注目されていった。既に何度も来日し、日本のミュージシャンと共演するほど日本でも親しまれている。

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アルゼンチンの音楽家、フアナ・モリーナ。かつてはコメディアンとしてTVで人気者だったそう。

父はタンゴ歌手で作曲家でもあるオラシオ・モリーナ、母は女優のチュンチューナ・ヴィラファーネ。5歳から父にギターを習い、母親のレコードコレクションもフアナの音楽世界を広げるきっかけになったそう。1976年の軍事クーデターにより母国から追放されたため、家族と共に10代をパリで過ごし、ラジオから流れてくる世界中の音楽に熱中した。帰国後は「お小遣い稼ぎに」とコメディ番組に出演したところ、すぐに人気者になってしまい、多忙な日々を過ごす。しかし「本当にやりたかったのは音楽なのに!」と妊娠を機にTVの世界から離れ、音楽活動に専念し始めた。

今では娘が日本のアニメ「NARUTO」の大ファンといい、12月1日のHOSTESS CLUB WEEKENDERでのステージでは「NARUTO」と何度も叫び、12月3日のブルーノート東京のステージではホテルでぶつけた足の指のケガなどをユーモア交えて観客に語りかけ、もちろん2度目となる取材も気さくに応じてくれて、コメディアンだった頃の彼女を想像できるほど。とても52歳とは思えなかった。

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12月1日に恵比寿ガーデンホールで行なわれたHOSTESS CLUB WEEKENDERでのステージから。撮影:古渓一道


■ 新たなレシピで新しい食べ物を作った感覚

― 今回もアルバムは全部1人で制作していますが、ライヴでは3人で具現していて。ライヴの方が衝動的な面が演奏に出てくると思うのですが、どのくらい即興性を帯びているのでしょうか?

「どのようにしたらアルバムの音楽をライヴで展開できるか、ライヴの1ヶ月くらい前からみんなと綿密に打ち合わせをしているので、実はあまり衝動的な即興といったものはないの。特に始めた時は、どのタイミングでMIDIを繋げたり取ったり、といったメカニックな問題ですべてが決まっていたから。やっと今になってツアーに入って1ヶ月半くらい経つので、少しずつ自由が出てきて、少しインプロヴィゼーションはできるようになってきたけどね。基本的にはどう演奏するかは全部決まっているのよ」


― 過去の作品と比べると、今回のアルバムの音楽は不穏な感じというか、南米の小説から感じられるような呪術的な雰囲気というか、聴く側の気持ちをザワザワさせる感じがあって、ループがトランスのようでもあるし、もっと複雑な心情を表わしている気がしました。過去の作品よりはもっと内面に入った気がしたのですが、どういう気持ちで作っていったのでしょうか。

「唯一今までのアルバムと違ったことは、これまでの楽曲はある方程式を見つけたので、それに沿って作っていた感覚があって。なので、今回はそれとは全く違う方法で全く違ったものを作ろうと考えたの。今まであったレシピから離脱して、新しい食べ物を作ろうとした感じで、私としてはこのアルバムは爆発的でもっと輝いているような印象があるわ」


最新アルバム『Wed 21』の1曲目「Eras(あなたが)」のミュージックヴィデオ。


― きめ細やかさも増して。1つ1つのサウンドの選び方やビート感が、私には刺激的でした。そのレシピがどういうものなのですか?

「実は私自身もまだこのアルバムをどう説明したらいいかとか、どんなレシピで作ったかは説明できないの。自分にとっても気心が知れた音楽ではない感じで(笑)。でも、意図して違う音楽を作ろうとしたのは確か。今までのアルバムは全てただ単に弾けばいいという感じだったけど、今回はどういう違いに自分が行きたいのかわからないにしろ、とにかく今までとは違うものにしたいと思って作業していて、これは前にやったなと思ったらすぐにやめて、変化を求めるプロセスを積んできた。たとえば4曲目『Lo Decidí Yo(決めたのはわたし)』は他のアルバムに入っていてもいいような曲だけど、最後の部分だけはこのアルバムらしく、ちょっとトランスっぽい生々しい音が入っていると思う。それで今の私の気分では、この曲の最後の部分が一番気に入っているの」

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浮遊感あふれるヴォーカルだが、不協和音のフレーズと繰り返されることで神秘的かつ怪奇的な世界に誘引される気分にも。撮影:古渓一道


■ 理想は、みんなが何も考えずに自然と踊り出す音楽

― 私は4曲目も好きですが、何度も繰り返し聴きたくなるのが6曲目「Ay, No Se Ofendan(気を悪くしないで)」と8曲目「El Oso De La Guarda(彼女を守るクマ)」。物凄く好きです。8曲目以降はずっと浸っています。

「私も6曲目は凄く気に入ってきたわ(笑)。8曲目も好きだけど、まだライヴでどういうふうに弾けばいいか決まっていなくて演奏できないの。あと5曲目『Sin Guía, No(道しるべがないと)』はとても難しい曲なので、この2曲はライヴではなかなか難しい。しかも私は来る前に肋骨を折ってしまってリハーサルの時間がなかったし、しかもツアーに出る3日前にドラマーが変わったから、演習する時間がなくなってしまったのよ」


― 不思議感の強いスペイシーな音を使うなど、それぞれの音楽世界も歌詞の世界も独特ですが、フアナさんは自分をどこに運んで行きたくて音楽を作っているのですか? ここ最近の作品のビート感には興味深いものはありますが。

「本当は魔法の杖があればいいんだけど(笑)。自分は理想の音楽は、その音楽があるだけで身体が自然と立ち上がって踊り出すようなもの。難しいと思うけど、原始的で、ただ単に音楽があるだけで、みんなが何も考えずに自動的に踊り出す音楽。できるかどうかはわからないけど、その方向性を私は望んでいるわ」

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ギターやキーボード、サンプラーなどの機材を操りながら演奏。撮影:古渓一道


■ 今の年齢は、自分が経た全ての年齢を身に持っている

― 最後に、日本女性は年齢をとても気にしがちなのですが、フアナさんは50歳を過ぎているようにはとても見えないし、止まることなく精力的に曲を作っていますよね。そのモチベーションとなっているものは何なのでしょう?

「モチベーションが何かはちょっとわからないけど、音楽そのものだと思うわ。ただ確かに難しい状況ではあるけどね。いろんなところに行くと、私がもっと若い人だと想像されてることが多い。そういう理由から、9曲目の『Las Edades(年齢)』という歌を作った。ここで伝えていることは、人は今現在の年齢で"ラベル付け"をするけど、今のこの年齢は今までの15歳も25歳も35歳も経てきたもので、自分自身は"全ての年齢を身に持っている"というのを、みなさん忘れてしまう。そのメッセージを伝えているのよ」

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最新アルバム『Wed 21』は、聴けば聴くほど味わい音楽世界を堪能できる。(¥2,490/ホステス)

*To Be Continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
X:@natsumiitoh

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