エド・シーラン 来日インタビュー&ライヴレポート
Music Sketch 2014.08.14
アルバム『X(マルティプライ)』を発表したイギリスの国民的人気シンガー・ソングライター、エド・シーランが2年ぶりの来日。8日の東京公演前にライヴ会場で、Twitterで募集したファンからの質問も含め、リラックスした雰囲気の中で話を聞いた。

アコースティック・ギターの弾き語りで、たったひとりで大観衆を魅了するエド・シーラン。8月8日@新木場STUDIO COAST
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■ 「Sing」はテイラーとエルトン・ジョンに説得されて収録した
―『X』は聴くほどに深みの出る素晴らしいアルバムですが、このアルバムを制作するにあたって、自分が人間的に、またミュージシャンとして成長した部分があるとしたらどの辺りだと思いますか?
エド・シーラン(以下、E):「人間的には、特に去年たくさんのことを経験して成長したと思う。ツアーに3年間出て世界を見てきたし、いろいろな作業をしたことも成長のきっかけになった。音楽的には、やはり世界中を旅してたくさんのショウをしたことが大きいね。楽器に関しても歌に関してもたくさんのことを学んだし。とにかく多くの曲を作ってスキルを磨き、もっといい曲を書けるようになったと思う。この相互作用が効果的にアルバムに結びついた」
―たくさん書いた中でも、自分が凄く好きな曲=大ヒットした曲になっていますか?
E:「わからないけど、このアルバムで一番気に入っているのは『Thinking Out Loud』なんだ。......そうだね、好きな曲は反映されているね。『The A Team』は前のアルバムで凄く好きな曲だから」
―たとえば「Sing」を作った時に、こんなに大ヒットすると思いました?
E:「いや(苦笑)。最初はあの曲をこのアルバムに入れることに凄く抵抗があったんだ。別のプロジェクトとして実験的にやっていたからね。だからこんなにヒットするとは思わなかった。ヒットしたのは嬉しかったけどね」
―えっ、それはビックリ! どうして抵抗があったの?
E:「実はテイラー(・スウィフト)とエルトン・ジョンに説得されて入れることにしたんだ(笑)。僕は音楽的にこのアルバムの他の曲と違うから、フィットすると思わなかったからね。でもキャンペーンのきっかけになるような、こういう勢いのある曲は必要なのかなと思った」
―同じくファレルと作業した「Runaway」は抵抗なかったの?
E:「これはなかった。この曲はプレスする2日前に入れることに決めたんだ」

エミネムの大ファンとあってヒップホップも好きで、 演奏をルーパーに任せてラップするシーンも見応えあり。
■ 人前で歌ったら、僕の歌は誰かの曲、みんなの歌になるんだ
―どの曲も大好きですが、私は中でも「Bloodstream」が物凄く好き。エドの曲の特徴のひとつに、あるフレーズを繰り返すほどに曲が人の心に浸透していくスタイルがあると思いますが、それは自分でも気に入っている手法なの?
E:「偶然だね。特に『Bloodstream』はそうだけど、意識はしてないよ」
―逆に言えば、みんながシンガロングしやすいタイプの曲がエドには多い気がするけど。
E:「それも意識していない。書いている中でいい感じの曲をピックアップしているだけさ。でも、みんなが一緒に歌ってくれるのはもちろん嬉しいね」
―いい曲の基準という意味で、自分の曲に対し、リスナーとしてのジャッジメントと表現者としてのジャッジメントにはブレはない?
E:「同じだよ。聴くのが好きな曲はパフォームするのも好き。『I'm A Mess』も大好きな曲のひとつだし、『Bloodstream』も同じく大好きな曲のひとつさ」
「I'm A Mess」のスタジオライヴの映像
―「Afire Love」にとても感動した友人が、「この曲を聴くと今までに亡くなった家族のことを思い出してしまうけれど、哀しみを昇華してあんなに綺麗な曲を作ってしまうのが、アーティストの凄いところだと思います」と、エドに伝えてほしいと話していました。
E:「そう言ってもらえるのは嬉しい。ありがとう」
―状況は全く違うものの、トム・オデールは失恋して悲しみに沈んでいても、途中で「いい曲ができるかもしれない」と、突然アーティスト魂にスイッチが入ると話していましたが、エドの場合、これは既に取りかかっていた曲とはいえ、家族を失くした心の痛みを乗り越えてから曲を完成するのは大変だったのでは?
E:「僕の場合は時間がかかるな。悲しいことがあった瞬間には曲になるとは思わない。それがもうちょっと時間を経てから、あのことを書こうとは思うけれどもね」
―「Photograph」という歌がありますが、たとえばインタビュアーはその時の取材対象の心情を切り取る"心の写真家"だと私は思っていて。ソングライティングも音楽という"写真"に収めている部分があると思います。
E:「もちろんあるね。何かにインスパイアされて曲を書き出すけど、その出来事にはこだわらず、その時に感じたエモーションについて書き始めるとどんどん広がっていくことはあるよね」
―ただ、歌っていくうちに曲のイメージが変わることはありますよね? ちょうどファン(@Ayana_FTLOMさん)からいい質問が来ていて、「結構前に書いた曲について、今はどう思っていますか? その中で今も気に入っているものがあれば、どの曲か教えて下さい」という。
E:「残念ながら、今も思い入れのある歌はないね。僕が思うに、個人的なことを書いても一度発表してしまうと、自分と曲の繋がりがなくなってしまう。人前で歌ったら、僕の歌は誰かの曲、みんなの歌になるんだ。『Thinking Out Loud』はとてもパーソナルな曲だけど、みんながその曲をどう受け止めているかによって、ウェディング・ソングにもファースト・キスの歌にも、恋に落ちる歌にもどんどん変わってしまうからね」
―でも、昔の曲でもし今も気に入っているという曲があったら教えて。
E:「......あぁ、『Give Me Love』は自分にはとても大切な歌だね」
2年ほど前の「Give Me Love」のスタジオライヴ映像。
■ いつも音楽的に違うことにチャレンジしていきたい
―先日のTV出演時には番組上バンドのセッティングで出演していましたが、今後実際にバンドでやることはありますか?
E:「う〜ん、わからない。そういうタイミングがくる時があるかもしれないけど、このアルバムのライヴは僕ひとりでやるよ」
―アルバムでの楽曲とライヴで演じている音構成が違うのは気にしない?
E:「(ステージでは)エナジーでリプロデュースしているから。それが重要なんだ」
―「Nina」のピアノも好きなんですけどね。
E:「そうなんだよね~、できないんだよね。ピアノはできないから(苦笑)。いずれはそれもできるようにしたいけど」
―だからこそ、コンサートでエドひとりから発せられる音楽がスペシャルなんですよね。
E:「そうなんだよ。そう言ってくれてありがとう」
―エドのステージにはギターはもちろん、ルーパー(とルーパー用のマイク)も欠かせないですが、今後エレクトロニック面を含めて新しいことをやっていく予定はありますか?
E:「既にマーティン・ギャリックス(オランダ出身の18歳のEDM系DJ/プロデューサー)とコラボしたし、スクリレックスと一緒にアッシャーに曲を書いた。いい感じだよ」
―それは楽しみです! 音楽的に新しいことをやっていきたいという意欲は強い?
E:「音楽的に違うことにチャレンジしていきたいね」
―機材も日々進化していますが、最小限の機材でパフォーマンスする点で気をつけていることは?
E:「今のエフェクター(足元)は世界にひとつしかなくて、僕しか持っていないプロトタイプのもの。まだ4ヶ月しか使っていないんだ。新しいものに常に興味はあるよ。前はひとつしかペダルがなかったけど、今は4つある。だから一度にもっといろんなことができる。凄くいいんだ」
―では、今夜それが存分に発揮されるのを楽しみにしていますね。最後に、今ラヴライフが騒がれていますが、それは今後の曲作りに影響します?
E:「騒がれているの? いいね(笑)。ただ影響することはない。既にこのアルバムにその恋愛から生まれた曲もあるしね。『Thinking Out Loud』、好きな曲なんだ」
―自分の結婚式に使う予定?(笑)
E:「そうなったらいいね、......あっ違う(赤面)、僕の結婚式では使わないよ。自分の結婚式で自分の歌を使うのはちょっとヘンでしょ(笑)」

日本のエド・シーランのファン(@edsheeranjp)からのメッセージが書かれた日の丸を受け取り、ルーパー用のマイクスタンドに掛けていた。
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この他、Twitterから募集した質問はTwitterにアップしましたが、そのうちの幾つかをご紹介。
Q.16歳からロンドンにひとりで来て、シンガー・ソングライターになるための夢を追って諦めずに活動を続けて来れた秘訣、原動力を知りたいです‼(@guitar_riei さんから)
E:「ダメだった場合のプランBを持たないこと。戻れないと思って頑張るのが成功への道だと思う」
Q.好きな映画Best3を教えてください!(@BMAR2627 さんから)
E:「 『Goodfellas』『Once Upon a Time in America』『Cool Runnings』。あと、『Finding Nemo』も好き‼ 」
Q.つけている香水の種類を教えてください! (@glassgleekさんから)
E:「paco rabanneだよ。(女性の香水で好きなのは?)う~ん、MARC JACOBSかな」
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さて、細かくライヴレポートを書くスペースはないので、簡単に。本編13曲のうち前半のヤマ場は7曲目の「Bloodstream」で、最新エフェクターを駆使した(特にギターのボディを叩いた重低音と弦を搔き鳴らしたカッティング音の重層感が見事)アグレッシヴなロック・パフォーマンスを披露し、私がこの曲について熱く語る度にエドが嬉しそうに笑っていた理由がここで判明。そして本編の最後に「Give Me Love」を持ってきた理由も前述のように、大納得してしまった。
取材中に、日本の観客はとても静かだと何度も話していたが、この日は冒頭から大歓声で、2曲目「Lego House」が始まる前にエドはコール&レスポンスを求め、3曲目「Don't」でギターのボディを叩く音に合わせて手拍子が起こると、エドが歓喜の表情を見せるほど。6日の大阪公演で初披露した「Make It Rain」はさらにブルース色を増して入魂して歌い込み、「I See Fire」ではルーパーのリズムがずれてしまったものの、一気に歌い遂げてしまった。「Give Me Love」ではルーパー用のマイクの作用ほかに、通常のマイクにディレイをかけて、さらにレイヤーを美しく増殖させていく。
今年5月、アイルランドのダブリンで行なったショウの映像。日本公演と曲目は違います。
アンコールの1曲目は真骨頂の「You Need Me, I Don't Need You」でギターの弦が切れようとも動じず、マイクを手に取りラップするかと思えば、曲中にそのままポケットからiPhoneを取り出して観客を撮影。「Gold Rush」ではボビー・マクファーリンの「Don't Worry Be Happy」を挿入し、流れるままに自在に会場全体を自分のペースに巻き込んでいく。とはいえ、本人は自分の書いた曲が"みんなの歌"に染まっていく瞬間を心底楽しんでいるのだ。そして最後は"オーディエンスに参加してもらう目的で書いた"「Sing」で締めて壇上を去り、その余韻が心に響くのを受け止めながら観客それぞれが帰路についた。エドのマルティプライに多様化する天才ぶり、もはや誰も予測がつかない。さらに技を磨き、来年すぐに戻って来ることを期待していたい。
最新ミュージック・ヴィデオ「Don't」
Live Photo:HIROSHI NIREI
*To Be Continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
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