スラムドッグ$ミリオネア

最近、取材した中で特に興味深かったのは、現在発売中のフィガロジャポン(5月5日号)のアクチュアリテに掲載した、ヴィカス・スワラップ氏のインタヴュー。インドという、文化や環境といった背景の全く違う人から話を聞くのが初めてだったからだと思います。

彼は、現在日本で公開中の映画『スラムドッグ$ミリオネア』の原作者。ただ、基となった小説『Q&A(邦題:ぼくと1ルピーの神様)』は書き終えていたものの、映画化のオファーが来たのが出版前だったので、映画に関しては脚本家のサイモン・ビューフォイがスワラップのアイディアを基に独自にストーリーを構成しています。そのため、主人公の名前やストーリー展開もかなり違いますが、双方ともに楽しめます。

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スワラップは外交官ゆえに、21世紀を中国とともにリードするといわれているインドの現在の姿を、IT産業といった光の部分よりも、影の部分を実際に知ってほしいと小説にふんだんに盛り込み、インド人としての生き方を説いています。インド人らしさとして"luck of sentimentality"を挙げ、みな、人生に起きた辛いこと、悲しいことに執着せず、未練を持たずに、"やるしかない"というCan Do精神で生きているそう。持って生まれた宗教やカースト制度をそのまま受け入れ、そこから如何に向上していくか、という思いが、彼らの背中を熱く押しているそうです。

世界最大の民主主義国といわれ、どんな宗教であろうと互いをリスペクトして共存することを重んじている国。最近のインド国家では、カーストの地位が低くても優秀ならば政治家として活躍できる人が増えている様子です。スワラップも、インドが目指しているのは世界一ではなく、「大切なのはGNP(Gross National Product=国民総生産量)より、GNH(Gross National Happiness=国民総幸福量)だから、2億人いる貧民層を幸せにできなければ、インドは成功したとはいえない」と話していました。

ito2.jpg『スラムドッグ$ミリオネア』(C)2008 Celador Films and Channel 4 Television Corporation

人種も宗教も貧富の差もあるのに、そのゴッタ煮の混合主義の中でひたすら前へ前へ進んでいこうとするパワーは、どこか具をたくさん入れれば入れるほど美味しくなるカレーに共通点を感じます。話は変わりますが、イチロー選手の毎日の朝食としても知られるように、カレーは集中力を高めるのに良いといわれ、聞いたところによると香りを高めるカルダモンとディルシードというスパイスは、特に脳の活性化にいいとのこと。

私は無塩バターでみじん切りのにんにくとしょうが、赤とうがらしを炒めるところからはじめて、次はみじん切りの大量たまねぎ、ピーマン・・・・・、と順に具を炒め、スパイス群やバルサミコ、赤ワイン等を入れて......と、料理は好きな方で、いつからか原稿の追い込み時期はカレーが定番になっています。ただ、実際に効果が出ているかどうかはわかりません。

ito3.jpg『スラムドッグ$ミリオネア』TOHOシネマズシャンテほか全国上映中 (C)2008 Celador Films and Channel 4 Television Corporation

それにしても、どうしてインドの音楽を流しているとカレーを食べたくなってしまうのでしょうか。『スラムドッグ$ミリオネア』がアカデミー賞で受賞した8部門の中には作曲賞、主題歌賞も含まれていて、ドメスティクなビートやオリエンタルなメロディにクラブ・ミュージックを導入したこのサウンドトラックからも、映画から感じたままの疾走感や興奮が伝わってきます。作曲家のA.R.ラフマーンは"インドのモーツァルト"と呼ばれる天才肌のアーティスト。ちなみに18世紀のモーツァルトは、当時ある意味ロックンローラー的な衝撃的な存在。そういう意味もこの言葉には込められているのでしょう。

この他、ダニー・ボイル監督のお気に入りというM.I.A.をフューチャーした歌からスザンヌが歌う優美なバラードまで、スクリーン同様カラフルな色彩を放つ音楽をたっぷり堪能できます。最後に収録されているのは最優秀主題歌賞を受賞し、ボリウッド映画おなじみのラスト・シーンである、キャスト全員が踊りだす「ジャイ・ホー」。モダンなアレンジのこの曲を聴いていると、今日はトロピカル・フルーツを使ったカレーを食べたくなります。

ito4.jpgヴィカス・スワラップ『ぼくと1ルピーの神様』

ito5.jpgサントラ『スラムドッグ$ミリオネア』


                 

*to be continued*

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
X:@natsumiitoh

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