加藤和彦さん
Music Sketch 2009.12.25
今年亡くなられたミュージシャンの中でも、加藤和彦さんの死には、本当に驚き、今でも思い出すたび、涙腺が緩みます。私は原稿を書く時はいつも、そのミュージシャンの音楽を部屋に流しながら書くのですが、加藤さんのあの穏やかな話し方は今すぐに甦ってくるほど脳裏に残っているので、加藤さんのCDをかける気には、まだとてもなれません。歌声と共に悲しさが一気に流れ出してしまうのがわかっているからです。
約20年前に仕事で行ったバミューダ島での、加藤・安井ご夫妻の2ショット。
加藤和彦さんと安井かずみさんとは、私が編集者だった頃、仕事でバミューダ島へご一緒したのが最初の出会いでした。写真家は、当時新進気鋭のカメラマンとして注目されていた三好和義氏。本当に凄い顔ぶれで、しかも私にとって著名人を連れて海外での初仕事。とても緊張していて、任務を果たすだけで精一杯。加藤さんと安井さんは大人の素敵なカップルであり、恐れ多い存在で、そしてお二人が本当に仲睦まじくしていらっしゃったので、撮影の時以外はほとんどフリータイムで、私は食事の時しかお二人とお話をしなかったように思います。今思うと、もっと積極的にお話を伺えば良かったのですが。
現地の警官も公務員もバミューダパンツを着用。加藤さんも似合っています。
加藤さんが亡くなられて、大ヒット曲「帰ってきたヨッパライ」の誕生秘話や日本の音楽界のパイオニア的な存在だったプロデューサー等のお仕事が多く語られていましたが、私にとっての加藤さんは、日本のバンドとして初めて海外でツアーを行なった(ロキシー・ミュージックのオープニング・アクトとして全英ツアーに同行)、サディスティック・ミカ・バンドのリーダーであり、キャサリン・ハムネットなど、真っ先にイギリスの最先端ファッションを着こなした日本人離れした粋な男性という印象を持っています。
今思っても、貴重な旅に同行させていただきました。
当時も、海外取材に持ち込まれた大量のトランクはすべてルイ・ヴィトンで、しかも自前の服で撮影がすべて行なえるほどパーフェクト。食事やワインやラムなど、すべてに知識をお持ちで、そして噂のプロ並みの手料理は、帰国後にご自宅に遊びに伺った時にご馳走になりました。気品があり、知性に溢れ、スタイリッシュで、穏やかで......、人としてあまりに素晴らしく、やっぱり気軽に話しかけるにはもったいない雲の上の人のような存在でした。ご本人はとてもフランクで接しやすい方だったのですが。
その後、安井かずみさんが亡くなられたのもショックでしたが、その後すぐに再婚されたのもショックで、ずいぶんと長い間ご無沙汰してしまいました。その頃には私も音楽業界に身を置いていましたが、自分から積極的にご挨拶に伺うような性格ではなかったので・・・・・・。でも数年前に取材をさせていただく機会が偶然あり、それからはコンサートに呼んでいただいたり、音楽祭の審査員に誘っていただいたり、お話をする機会がとても増えました。加藤さんが気に掛けてくださっていたのだと思います。
木村カエラさんをヴォーカルに迎えたサディスティック・ミカ・バンド(2006年)。
気の遣われ方が、あまりに自然体なので、相手に気を遣っている、と感じさせないのが加藤さん流でした。日本経済新聞社が主催する「日経 大人のバンド大賞」の審査委員長を務められた時も、財界人の方も加わった審査の中でうまく意見をまとめて大賞を決めていらしたし、その後の懇談会でもスーツ姿の大勢の財界の方々と話題豊富に談笑していらして、そのスマートぶりに敬服したほどです。もちろん私が当日に身に着けていた服や時計についても薀蓄を聞かせて下さって有難かったです。
常に新しい音楽スタイルを追求し続けた加藤さんの新バンド、VITAMIN-Q featuring ANZA(2008年)。
最後に観たライヴは今年2月4日に観たVITAMIN-Q。このバンドについて以前から熱く語っていらしただけに、そして盟友小原礼さんに、イギリス組の屋敷豪太さん土屋昌巳さんといった豪華な顔ぶれが加わり、本当に本当に素晴らしいライヴでした。これもサディスティック・ミカ・バンドと同様に、加藤さんだからこそ、こういった凄いメンバーが集まったのだと思います。最後にお見かけしたのは、初夏の表参道駅のホーム。加藤さんを地下鉄の駅でお見かけするのが意外で、ちょっと驚き、そのままになってしまったのが悔やまれます。もっともっと伺いたいこと、お話したいことがたくさんあったのに、ご多忙そうに感じられたし、尊敬する年上の方だったので、私はそこまで踏み込めませんでした。
《KKミーティング》と題されたお別れ会で、加藤和彦さんを偲んで歌うミュージシャンの皆さん。
12月10日にKKミーティングと題されたお別れ会には、実に多くのミュージシャンや著名人方々が出席し、会場には加藤さんが懇意にされていた京都・イル・ギオットーネ、京都・祇園さ々き、岐阜・開化亭、東京・飯倉Chanti、東京・虎ノ門NOBU TOKYOといった名店12店が出店。一緒に行った編集者Yさんと全食制覇するつもりが、結局は久しぶりにお会いする方々とお話ばかりしていてそうはいかず......、でも、とても温かい時間を過ごすことができました。
会場に置かれた、ザ・フォーク・クルセダーズ時代の写真。
同じく会場に置かれた、若かりし加藤和彦さんの写真。
会場を出る際に偶然、小原礼さんとVITAMIN-Qのお話ができたのは有難かったし、最後のサディスティック・ミカ・バンドのヴォーカリストを務めた木村カエラさんとは何度も会っていますが、以前加藤さんのお話をしたことがあるせいか、瞳をじっと合わせて手を握り合っただけで、何か気持ちを交わせた気分になりました。
参加者全員がいただいた、『加藤和彦 ラスト・メッセージ』。遺書も掲載されています。
止め処なく、書いてしまいました。未だ全く気持ちの整理ができていなくて......。『加藤和彦 ラスト・メッセージ』(文藝春秋刊)は、加藤さんのお人柄を知ることができる、貴重なインタヴュー集だと思います。雲の上の人だと思っていた加藤さんが、本当に雲の上に行かれてしまう前に、せめて「私も同じブルゴーニュ派です」とだけでも伝えておけばよかった、と思いました。
*to be continued

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
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