幸福の絶頂から悲劇のヒロインへ~ジェニファー・ハドソン
Music Sketch 2008.10.28
10月25日、土曜日の朝に宅配物を開けていたらジェニファー・ハドソンのデビュー・アルバム『ジェニファー・ハドソン』の日本盤CDが届いていたので、早速聴きながら来週末に予定されているインタヴューの質問をそれとなく考えてメモしていました。輸入盤が発売になった時点から気に入っていて、というのも映画『ドリームガールズ』のエフィー役ではパワフルな歌唱力に時には圧倒されがちだったけれど、ソロ作ではもっとリラックスした、リズミックで軽快な彼女を感じられたからです。
オーディション番組『アメリカン・アイドル』(3rdシーズン)で彼女が7位だった時の優勝者ファンテイジアと競演するといったウィットに富んだ試みもあるし、ジェニファーの新たな魅力を引き出したブライアン・ケネディやNe-Yoのような若手の売れっ子から、ミッシー・エリオットやティンバランド、バラードで有名なソングライター、ダイアン・ウォーレンまで、とにかくこの上ないほどの豪華なスタッフが参加してアルバムを完成させています。
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ジェニファーといえば元々歌手志望で、母親に勧められて応募した『アメリカン・アイドル』で最後の12人まで残り、その後は映画『ドリームガールズ』の大役を射止め、第64回ゴールデングローブ賞助演女優賞、第79回アカデミー賞助演女優賞といった賞を総ナメ。今では劇場版『セックス・アンド・ザ・シティ』に出演した後も、続けて2本も映画に出演するなど人気女優になっています。そして念願のシンガー・デビューをこのCDで飾り、アメリカでは発売と同時に第2位にランクインする大ヒットとなって、まさに飛ぶ鳥を落とす勢い。日本にも今月末にプロモーション来日するというので、取材するのを楽しみにしていたのでした。
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お昼にTVをつけ、ちょうど映ったTBSニュースを見ていたら、突然、"ジェニファーの母親と兄が銃で殺され、7歳の甥が誘拐されている"という報道が流れ、ビックリ。慌てて、日本の担当ディレクターに連絡をしたところ、朝6時まで来日スケジュール調整をしていたという彼女は寝ていて知らず、あまりのショックに電話の向こう側で「身体が震えて止まらない......」と話して絶句していました。
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8月には婚約を発表し、全米で公開されたばかりの映画『The Secret Life of Bees』も好評だっただけに、まさに彼女は地獄にいきなり突き落とされたのも同然。犯人は姉の元夫だそうですが、きっとジェニファーの中には「私が有名にならなければ......」という思いがあるはずです。親や兄弟の死、しかも身近な人物が犯人という愕然とするほど悔しい思いは少なからず私にもわかりますが、でも彼女の心痛は計り知れません。10代の時に父親を亡くした彼女は、何よりも家族を大切に生きてきたのですから。そして28日になって、悲しいことに甥の死亡も確認されました。
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よく、女性シンガーは、"失恋や不幸に直面し、悲しみを乗り越えることで素晴らしい歌を歌えるようになる"と言われますが、誰だって人生を犠牲にし、大きな代償を払ってまでビッグ・シンガーになりたいと思うはずはなく、ましては最愛の家族を殺されてまで栄光のスポットライトを浴びたいとは思っていないはずです。もちろん絶対に立ち直って欲しいけれど、27歳の彼女は、母親に背中を押され、胸を躍らせて『アメリカン・アイドル』に応募した時には、まさかこんな将来が待っているとは全く予期していなかったでしょう。でも、宿命というか、きっと彼女は歌い続けることで心の痛みを解放していくしかないのではないでしょうか。
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デビュー作でジェニファーが唯一作詞に参加した曲は、最後に収録された「スタンド・アップ」。立ち上がって戻ってくる日を、今はゆっくりと待っていたいと思います。
*to be continued*
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音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
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